詩集「2N世代」

詩作品、短編、評論、エッセイ他: Blogタイトルと内容がこの数年異なってきた。タイトルを変えたほうがいいかもしれない。

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「黒いセーターの少女」 (1)

2008年04月12日 11時57分30秒 | 2N世代

 ジャズ批評で初対面した白石かずこは白いコートのグラビアを食べていたっけ、夏だと言うのにネェ。いや冬だったかナ。
 ところで昨夜から誤解されて階段を昇り続けている私は一体どこへ行き着くのか。初恋は死刑台の黒い幕に似て、ホラ蜘蛛の巣のようにあんなところに。ゆうべの一時間前に行った地下街の地下ルームでは、男と女がアウフヘーベンしていたので、わたしはヒッチコックに連れられて、1960年のパパの部屋に行った。消しゴムと針ピンの軍艦がいっぱいあって、ゴシゴシヤスリの音がしていたナ。ご主人の留守に黒い着物の軍人の妻を誘拐しようと思っただけだったのに、私はとっても小さなときに、自分のおはじきのすべてをぶっちゃけてしまった。左近、右近も、菊谷、早坂もタンスの陰に死んで行った。死んだもん入れ、というエアーポケットは、その時も確かにあった気がする。
  私が男の靴音に安らぎを覚え始めた季節には、潮風の思い出の中の黒いセーターしか抱きしめることはできなくなっていた。思い出のセーターの足は長く、私の耳に息づいていた。だしジャコを干すゴザを見下ろした真っ暗なベランダに燃えるようなサーチライトを照らしたのは、台風あとの黒いセーターの少女だった。お骨を拾いながらキャンプファイアーした時「ライオンは寝ている」を奪い合ったワンチケットのフレンドは二年後にガリガリ死にした。そして黒いセーターの少女を悲しませた戯れのHちゃんは執拗に私のお薬を意識しながら、同じく二年後に、叫び死にした。お薬がほしい、ほしいって。そう言えば、世の中は効かない薬ばっかりだ。(つづく)

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「黒いセーターの少女」は詩集「2N世代」の巻頭詩である。書く前の自分と書いた後の自分をこれだけ変えた詩作品は無い。この一編で私は過去を払拭し生まれ変わった。Automatismが100%機能した作品だと思っている。

オレンジ色の紙に黒字でタイピングしてあった。表紙は黒い紙に白の墨汁?で毛筆書き。翻訳者自らが手作り製本してプレゼントしてくれた。保存癖の無い私が保存してあったのは驚くべきことだが、今まで一度も読まなかったというのも、もっと驚くべきことだ。文の構造や品詞の働きを完全に度外視して書いたものを翻訳できる筈は無いと端から思っていたからだ。

毎回新鮮に感動し、なるほどこう訳すのかと心底感心している。
翻訳者のJoeは翻訳時20歳、その数ヵ月後に日仏学館の留学生試験に合格して、最初の渡仏を果たしている。

30数年間土に埋もれていた宝物を、私の文責の元、発掘解明するに等しい喜びを感じている。後年世界的プルースト学者になった故
吉田城、弱冠20歳の貴重なエチュードの発掘発見である。
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