エッセイでも小説でもルポでも嘘でもなんでも書きます
無名藝人



もうかなり以前になるが、マジシャンのMr. マリックが「空中浮遊」しているのをテレビで見たときから確信を抱くようになった。
彼らのしていることはマジックでもなんでもない。
彼らはみずからを「マジシャン」と呼び、ショーのタイトルも「○○イリュージョン」などといかにもトリックがあるかのように偽装しているが、トリックなど始めっからない。あんなものは、どれもこれもみんな超能力だ。
デビッド・カッパーフィールドが、万里の長城の壁を通り抜けたり、オリエント急行や自由の女神を消したりするところをテレビで見たが、あんなことがトリックなんかでできるはずがない。そんなトリックがあったら、ぜひ見せてもらいたいものである。

とまあ、そんな考えがこの数年間頭を離れず、夜も眠られない日が続いてノイローゼになりそうだったので、たまりきれず先週、世界中のマジシャンたちが所属している大阪手品師協会の事務所がある千林商店街に出かけた。Mr. マリックやカッパーフィールドたちも、仕事がないときは、ここの事務所でたむろしているそうだ。
事務所の前にくると、ちょうど事務服を着た中年らしい女性が大きなゴミ袋を両手に持って、ドアが閉まらないように足で押さえながら出てきたので、迷惑とは思ったが、その場でいろいろ聞いてみた。

彼女によると、世界中のマジシャンたちは、みな一族だということだ。
Mr. マリックはマギー司郎の孫にあたり、Mr. マリックと引田天功との間にできた息子が、「タネも仕掛けもチョトアルヨ」のゼンジー北京なのだそうだ。そしてカッパーフィールドはゼンジー北京の叔父にあたり、彼の義父のナポレオンズは引田天功のいとこになるらしいが、ということは、Mr. マリックにとってカッパーフィールドは異母兄弟の兄ということになり、その実弟のアダチ龍光はインド大魔術団の姉婿ということになる。

そしてやはり思った通り「マジック」はカムフラージュだった。
江戸時代、奇術が「手妻」「品玉」と呼ばれていたころ、この一族は、超能者であることが世間に知られて「伴天連妖術」と排斥されることを恐れ、自分たちを「手妻師」と呼んで周囲に溶け込みながら生きながらえてきたらしい。
そして現代ではそれが「マジシャン」「イリュージョニスト」という名に変わったが、今でも正体を知られて一族が皆殺しにされる恐怖におののきながら暮らしているという。

また一族には極秘に進めている計画があるそうだ。
それは非超能力者と交合をくり返して、超能力を発揮する遺伝子をもった子供を増やし、2009年までに全ての日本人を超能力者にするというのである。
「マジシャン」としてではなく「超能力者」として誰もが燃えさかるジェットコースターから決死の脱出をし、オリエント急行を消し、万里の長城の壁を通り抜る。日本がそんな自由な国になることを彼らは望んでいるのだという。
そして、これらのことは代々伝わる一族だけの秘密であり、口外した者は死をもって償わなければならないという。
事務員はゴミ袋を下げているのがだんだん辛くなってきたらしく、表情が険しく、言葉遣いもぞんざいになってきたので、私もそれに気おされて、その袋を下に置いたらどうですかとも言えず、もうけっこうです、ありがとうございましたと言って、さっさと立ち去った。
しかし惜しいことをした、私は非超能力者だから、もうしばらくあそこにいたら、美人の超能力者と交合させてもらえたかもしれないのに、という心残りをいつまでも引きずっていた。

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