長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

歌舞伎座

2010年03月17日 02時33分58秒 | 歌舞伎三昧
 昭和の終わりごろから平成の12年ごろまで、私はなにかというと歌舞伎座の周りをうろうろしていた。歌舞伎も好きだったが歌舞伎座も好きだった。
 世の中は、バブル全盛から弾けて、でもまだ、昨日よりよりよい明日が来るという、日本経済の不死鳥性を信じていた。日本の伝統芸能にうつつを抜かしている人なんて、よっぽどの物好きと思われていた狭間のような時期だった。
 同じ芝居を月に7回ぐらい観ていた時もあったから、客席スペースは無論のこと、仕事の関係で地下の吉田千秋さんの仕事部屋に伺ったり、お世話になった長唄の先生や、後援会に入っていた役者の楽屋にお邪魔したり、その頃『歌舞伎座百年史』を編纂していた4階の幕見席の奥の小部屋を訪ねたり、とにかく、やたらとうろうろしていたのだ。
 ある時、昭和通りを東武ホテルのほうから、歌舞伎座に向かって歩いていた。歩道から、あの歌舞伎座の唐破風が少しずつ見えてきて、もうそれだけで私は、その姿の美しさにうっとりして、何となく笑みを浮かべた。
 その時、斜め前から今は亡き松助さんが歩いてらして、ハッと気がついたときには、私のデレデレとほうけた顔を見られてしまって、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
 私は歌舞伎座に惚れていたんである。籠釣瓶の見初めさながらに。
 今の歌舞伎座のもともとの設計は、帝大の教授だった岡田信一郎の手になるものである。昔読んだ本に、まり奴という芸者を落籍して奥さんにしたという、明治の偉人らしいエピソードが載っていて、何となくシンパシィを感じるお人柄だ。
 今は建て替わってしまったが、琵琶湖ホテルという、桃山式唐破風のそれはそれはすてきなホテルが琵琶湖畔、膳所城址の近くにあった。
 これも岡田信一郎の設計で、平成の初年頃、一度だけ滞在したことがあったが、その時、歌舞伎座との瓜二つぶりに驚嘆して、後日調べてみてそれとわかったのである。
 一階のティールームから春の海のように穏やかな湖面が見えて、これは、行ったことはないけれど、黒海のほとりの保養地のソチとかこんな雰囲気なんじゃないかしら、と思えるぐらい、1910年代の革命前夜のロシア貴族社会のイメージだった。
 その後、タイトルを失念してしまったが、2002年ごろCSで放送された1960年代の東宝の、加山雄三と司葉子が主演の映画に琵琶湖ホテルが出てきた。
 1990年に観た景色を、1960年代に撮影された映画の中で懐かしむという、なんだか不思議な体験をした。
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柴田是真

2010年03月17日 00時12分01秒 | 美しきもの
 初めて柴田是眞という絵師の存在を知ったのは、13年ほど前のこと。山種美術館所蔵の『墨林筆哥』に出会ったとき、その筆致のあまりにも流麗かつ情愛にあふれていること、画題の洒脱さ・軽妙さに心が打ち震えた。
 それから是眞を追い求めてアンテナを張り巡らせていたのだが、浮世絵のように量産されたものとは違い、現存する作品が少なかったのだろうか、この十年余りの間、天井絵や調度品などを集めた企画展が、藝大美術館で一度、開催されたぐらいだった。
 収録作品の少なさに物足りなさを覚えたが、大部の画集も躊躇せず手に入れた。とにかく彼の残影は、それほど見当たらなかったのである。
 ところが昨年の11月、偶然にも日本橋の三越の前を通りかかったとき、お隣の三井記念美術館開催の柴田是真展覧会のポスターを発見! がび~~~んと心の臓にショックが走るとともに、私は雀躍した。雑事に追われ、やっと憬れの是眞の本格的な作品群にめぐり会えたのは、会期終了の前日だった。
 なんと、コレクションのほとんどは、テキサス在住のアメリカ人夫妻が所蔵するものだった。幕末から明治にかけて日本文化の粋を凝らした文物の数々は、そのほとんどが海外に流出しているが、是眞も例外ではなかったのだ。
 柴田是眞の技術、発想、おのが仕事に対する凝り性ぶり…目の前に広がる作品の一つ一つが、是眞が創造した宇宙だった。あまりの素晴らしさに私は無言で、ただ眼をしばたたかせるだけだった。
 近くにいた若い観覧者のアベックが、何度も「すごいね、すごいね」とずっと言い続けて、ちょっとうるさかったのだが、私はなんだか自分が是眞の身内になったような誇らしげな気分で、嬉しくもあった。
 そこでふと、このような素晴らしいものを生み出した百数十年前の日本人の作品を、海外から借り、そしてただ「すごいね、すごいね」と言って観ているしかない現代のわれわれ日本人って、いったいなんだろう…と思ったのだった。
 
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