長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

雨やどり

2022年04月19日 02時23分52秒 | 稽古の横道
 居残り組の"いのどん"が羽化したのは、雨の日の月曜日、未だ1970年代を棄てられない庵主は決まってカーペンターズの歌を口ずさむ。

  空く蛹 残るサナギも開くサナギ

 花鳥風月に思い致せば、誰でもが俳人だったり歌人だったり。
 オリジナリティが生じるほど修業をしていない日曜歌人は、いつかどこかで聞いたような句のもじりで茶を濁す。
 一頭だけ残った蝶はチョウではなくて半だわね、などと昔聞いた古しえ人の噂話を想い出しつつ。



 瑞々しい緑色の外殻がハトロン紙状に変わって三日、愈々油紙ほどに透けてきて今日か明日かと待っていたが、四段目の由良さまか、中々姿を顕さない。



 庵主は塩谷判官になったり、寝所に忍び込む五右衛門のようにサナギの呼吸を計ってみたり…揚羽蝶のうしろの百太郎であったかと思えるほどに、その数日、サナギの背後の空間に潜んでいた。

 その後ろ蔭の明子姉ちゃんが、月曜午前中の雑多な諸事に気を取られている隙に、飛雄馬は独りでgrowing up していたのだった。



 羽化後、翅を延ばすアゲハチョウの映像はこちらに…☟

https://youtu.be/ovADPUWwdAs

 くるりん、と巻いていた下羽の裳裾も気がつけばピンと伸びて、翅だけではなく口吻も巻いたり伸ばしたりして可愛いのである。赤子がおしゃぶりを咥えてバブーなどと発する様か、口先三寸どころか、三厘ほど二股に分かれているところも恐ろしい。







  …チョウチョなりけり またトンボなり
   羽化に弱みは見せまじと ピンと拗ねては背を向けて くねれる翅と出て見れば…



 外気の湿気が旅立ちを躊躇わすのか、降られて居残る遣らずの雨。
 朝の六つから日の暮るるまで…とは堪忍え、と庵主は一足お先に、ちゃっとゆこやれ、用足しに。
 道すがら、彼の今宵の宿りはあの方か…





 二刻後、思い差しなら武蔵野でなりと…もぬけの殻と思いきや、
 かいどりしゃんと、シャンシャンともしおらしく、すっかり雄々しいアゲハの成虫に。
 




 …なれど、雨にけぶる雑木林に、街燈のほの見えて
 井の頭の里の黄昏に、迷いの色は捨てしかど、濡るる春雨に忍びかね…
 賤の軒端に佇みて…一樹の蔭の雨宿り。



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たそ、かれ…

2022年04月12日 10時47分17秒 | 近況
黄昏時に至るにはまだ早きこと十時間余り。
急速なる初夏の陽を浴びる、檸檬樹見舞いをせむ…とお水を遣り、さて、今日も稽古に勤しまねばと、明るきベランダより室内を振り返ったときのことでございます。



ガラス戸と網戸の隙間で、ごにょごにょアタフタと蠢く、見慣れた模様の虫が一匹。
はぁあ??
さてはお主はアゲハよな…
こんなところで羽化しちゃったとは、吃驚するなぁ、もう。
羽が曲がったら大変、と、慌ててガタピシ! と網戸を外しました。



一瞬、はて、まだと思っていた最後の一頭がこんなところまで出張って羽化ちゃったのかしらん、いやいや、ワープじゃあるまいし、やだねぇ、子どもの頃SFチックに育っちゃった昭和の子は…と、今朝様子伺いしたばかりの、お隣との国境近い柱の陰の越冬サナギを確認。





まだ大人しく眠っておられます。
どうやら、昨秋、終齢幼虫にて旅立ち、そのまま行方知れずになっていた隠れサナギが、この陽気に誘われ、無事羽化したと思われ…



…そは、たれびとのこなるぞや…
不思議すぎて脱け殻の在り処を探してみようかと、隙間を覗きましたが、はてさて一向に見当たらず…





鶯のホーホケキョ、四十雀のツピツピツピ、名を知らぬ鳥の地鳴きのような囀ずり、そして、思いがけず近くで啼いた鴉の声の時は流石に私も彼もビクッとしましたが、警戒して様子をみているのか微動だにせず、じっと軒(のき:のきのした、という言葉が漢字変換出来なかったのでルビを振ります…( ω-、))の下で翅の伸びるのを待っています。

15分も過ぎたでしょうか、パタパタと翅を上下させ更に上を目指して動き始めたので、すかさずスマフォのシャッターを切ろうと左手を伸ばした、私のその人差し指に、ハタリ、と、彼がとまりました。
思いがけない展開に、そうか、では私が外界への扉へお連れしましょう…と、手乗り文鳥よろしく向きを変えたところ、瞬間、光をとらえたのでしょう、するりと、檸檬の繁みの隙間から抜けて中空へ…



彼の脚が触れた、柔らかい感触がまだ指の関節に残るうちに。

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待っていたお嬢~青空のソーシャルディスタンス

2022年04月11日 22時57分37秒 | 折々の情景
 三月の月ずえに突然暖かい日和が訪れ、慌しく前年度中に卒業していった揚羽蝶のゆくえを案じていた、春疾風に凍える新年度早々も、四月馬鹿、旧暦上巳、花まつり、ことごとくが朧夜のうちに過ぎ…

 ベランダの先に初夏が立っていた。
 しきりと囀る鶯が闇夜を押し開き、早朝六時にそっと居残り組を覗きみると…

 

 真っすぐな光線が陽気の烈しさを呼び、三時間後の九時。



 急激に羽化の支度が進むサナギに心を残して、日曜日の朝。私は稽古に出掛けた。


 かのものは今シーズン、我が家で一番最初の越冬サナギであった。



 ある九月の朝、棲み慣れたレモンの樹に別れを告げ、彼は旅立った。
 ゼブラ模様の弟妹を残し、まだ青かった檸檬の実が彼を見送った。







 いったいこの子はサナギになる気があるのかしら…
 想定外の場所でサンダルの下敷きにするを恐れた庵主は、彼の行方を見守った。
 しかし彼は旅を愉しみ、なかなか腰(?)を落ち着けなかった。





 彼の道行は三日に及んだ。



 白露も過ぎた九月十八日の朝、雨に濡れて前蛹化した彼を見つけた。
 翌十九日、彼は楚々としたサナギに変貌していた。







 月と星々は天を廻り、空を風が走った。










 
 生者必滅、会者定離。
 人間界でさえ、ここ二年ほどのコロナ禍で切実であったが、小さきもの共の日常、気紛れな気候に体温を左右される彼らの運命は、更に酷薄なものであった。
 であるから、外出中にさらぬ別れのあるもの…と覚悟していたのだが、倖かな四月十日。
 彼は私を待っていた。







 帰宅してベランダに直進したいつもの場所で、彼女は静かに翅を拡げていた。

 見つめると間もなく、網の上部へ伝い始めたが、手摺りのスチールで脚のツメが滑り、もがくように落ちた…しかし餅は餅屋、墜ちずにハタハタと羽ばたくと浮上して、そのまま私の目の先、前庭の中空で、三たび漂うように旋回すると、ふいと屋根の上に消えた。

 伝書バトかいなぁ…戻ってくるのかしら……



 正午過ぎの光の中で、抜け殻は静かにほほ笑む。


【追記】
翌11日午前中、彼女は確かに戻ってきました。
お隣のビルの蔭へ、ひらひらと飛んで行く彼女の黒い影が見えました。
国家推奨のソーシャルディスタンスを遵守してか、四、五間先の彼方ではありましたが…

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