蝉しぐれが殊の外こころにしみる令和三年の夏、それにつけてもよくもまあ行方知れずになった我が子の旅立ちにめぐり合えたものだ…能や歌舞伎の「隅田川」(長唄で言えば『賤機帯~しずはたおび』)に申し訳ない…桜川であった有難さよ…と廻り合わせの不思議さに、今朝も物語を紡ぎだしてくれる植木たちに水を遣りながら、
ベランダから目を移すと、疫病か熱中症か見分けもつかず、入院も出来ない人々が巷に放り出されるという、とても西暦を二千年以上数えた、この日本の現実のこととも思えない世相が展開されているのである。黒澤明の羅生門の1シーンが目に浮かぶ。
植木鉢に小さいハエが湧くのを防ぐのは、培養土の上2センチぐらいをゴッソリ取り除くといいですよ…と花の好きなお弟子さんが教えてくれたのを、思い付きでコバエ除けを目論んで鹿沼土を薄く敷いてみたが…映画ファンタスティック・プラネットを連想してしまう旺盛な生命力を持つ細かい生き物への、無情な対処も徹底できぬまま、
…ふむ、この土壌ではワラジムシは棲息できないものであろうか、酷暑の夏は死滅したかと思われたが、昨年、白露の秋を迎えてから水を差すと再び、吃驚したようにわらわらと蠢き出してきて可愛かったのに…線が細く蚊にも似た蠅は、相変わらず薄黄の土粒上空をちょこまかと飛ぶ。
そんなふうに、しげしげと植木鉢の植生を眺めていたら、何年目かの檸檬の、幹から生えてきた下枝の葉っぱが、改めて気に懸かる。
…あら、新しくこんなところから生えてくる葉っぱは、形が違うものなのね…と深く考えずにやり過ごしてきたが、どうもおかしい。
本稿一枚目の写真をご覧ください。
葉の形が違いましょう、疑惑の主は三つ葉である。同じ株の上の方の新芽と比べてみても、明らかである。
この異形の枝は、ひょっとすると、ヤドリギなのではないか…?
という、今まで芽生えたことのない疑念が私の胸を支配した。
しかし、檸檬らしい棘も生えてはいる。
さっそく調べてみたが、寄宿する植物…寄生樹の資料が少ないのである。
折悪しくオリンピックの特別番組とかで、夏休みの子供電話相談室はお休みとのこと。
目下のところ自助で調査中である。
夏は夕暮れ。
スダチを薄い輪切りにして夏蕎麦。
檸檬の花から実が生ずるまで。
台風が来るというので、植木たちの心配をして、ベランダの片付けをしていたら、あにはからんや…
植木鉢をどけてみたら、思い掛けないところに、この間からの、「一体みどり丸たちはどこで蛹になっていたのだろう…???」という、もっとも知りたかった答えが出現した。
みどりご達が埴生の宿たるレモンの鉢から一間半ほども離れた、お隣との国ざかい…境界間際のスチールの柱、床上20センチ程の静謐とした物陰に、脱け殻はあった。
薄暗い空間に、サナギを支え固定する糸が、太く白く光っていた。
天下は麻の如く乱れていたが、我がベランダでは快刀乱麻、昆虫観察の一部始終が解決、完結したのであった。
台風一過とはいかなかった大暑のあした。
【追記 2022.01.12】
レモンの鉢の土にそこはかとなく繁殖している、蚊に似た、しかし蠅ではない感じもする小さい羽のある虫がとても気にかかっておりました。
思い立っていろいろ調べたところ、コバエという種類の蝿は学術的にはおらず、ショウジョウバエ、チョウバエ等を総称して、慣用的にそう呼ぶとのこと。
その中に、私が探していた虫の正体を発見、クロバネキノコバエ(黒羽茸蠅)という虫でした。
植木鉢の粘菌などを食す模様でありますが、生態は殆ど知られていないとのこと。
私が子供の頃の昭和40年前後まで、猩々蝿は割と身近な研究素材で、吉村公三郎監督1956年大映「夜の河」でヒロイン山本富士子に惚れられる大学教授の上原謙が研究していたのも、ショウジョウバエでした。
生物学研究をこころざす若人よ、これからはキノコバエが狙い目かも。