長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

逢着

2019年10月19日 09時19分39秒 | キラめく言葉
 列島を蹂躙して台風が去っていった翌朝、目張りをした玄関を恐る恐る開けてみたら、よく知った懐かしい香りが私の鼻先をくすぐった。
 今年初めての金木犀であった。

 季節はめぐる。時もめぐる。

 先頃ノーベル化学賞を受賞された吉野彰博士が、インタビューの中で座右の銘を「ざう の めい」とおっしゃっていた。
 おお!! と私はとてもうれしくなった。
 小学6年生の時の国語の先生が、「昔は“ざう”の銘といったのだけれど、この頃違ってきたのかしら…」と、おっしゃっていたのを、子供心に刻み付け、何かしらのインタビューのたび、マスコミの方々の「ざゆうのめい」という言葉が、ずーーーーーーーーーーーっと気になっていたからだ。「ざゆう」と聞くたび、その違和感に悩んでいたのだ。

 秘かに始めたい ♯座右の銘をざうのめいと呼ぶ運動。

 昭和の学生というものは、語彙が豊富な人に憧れていて、ボキャブラリーを増やすのに日々腐心していた。
 一国の文化度を測るに、専門書が数多く自国の言葉で刊行されている、というのが20世紀に言われていた指標であった。
 21世紀の今日、我が国の趨勢をかんがみるに………かなしいですね。

 さて、言葉の知識を増やすのに、友人に教わったのが、毎晩、夜寝る前に辞書を適当なところで開けてみる、という方法。
 マジシャンの先生方が、無作為にトランプを開いてみる、のと同じ行動(少し違う?)。
 そして、開いた見開きの全頁を(2ページ分)読み、知らない語はノートに書きだして覚える。
 …ということでした。

 毎日はできなくとも、朝のランニングを三日坊主どころか1日でやめてしまう私には珍しく、ずいぶん長いこと、それは習慣化されて、今でも夜更けに辞書をあてずっぽうに開いて読んだりしております。
 なかなか楽しい。知らないことは世の中にいくらでもあって、新鮮な驚きに廻り合えます。

 夕べ、明日のキーワードにめぐり逢うべく、ぱっと国語辞典を開いてみましたところ、知らない言葉がありました。
 【ぼうぞく】
 矢印が、【ばうぞく】を引け、と指示しています。いかにも歴史的仮名遣いっぽい……
 ワクワクドキドキして、さらに引いてみると……古語にて、「下品な様子、無遠慮なさま」とありました。

 これでは今一つ納得できないので、さらに古語辞典へ。
 「放俗」また「凡俗」の転訛らしいことが判明。
 用例として源氏物語の蜻蛉が引かれておりました。
   …人多く見る時なむ、透きたる物着たるは、はうぞくにおぼゆる…

 古語なのに、21世紀の現代、街なかで日々そう譬えたい目に遇うのは不思議です。死語ではなかった。


 二次元の世界から戻りまして、家元の唄稽古、新シーズンのお知らせです。
 ご好評いただいております全くの初歩の方々向けの、
  本日13時より下北沢稽古場にて、「宝船」コースが始まります。
  ♪長き夜の 遠の眠りのみな目覚め…波乗り舟の 音の良きかな
 回文が読み込まれている歌詞の、本稿でもしばしばご紹介している曲です。

 お正月の余興に一つ、和モノの芸を…と目論んでみるのもいかがでしょう。
 たのしいですょ♪

 中級以上の方には、同日17時よりの「秋の色種(あきのいろくさ)」コースが始まります。


 話は戻りますが、同じアトランダムに引いたそもそものページに、逢着(ほうちゃく)、という言葉がありました。
 出会うこと、出くわすこと、行き着くこと、というような意味ですね。

 長唄との出会いが、皆さまにとっての宝鐸(ほうちゃく)ともなりますことを祈りつつ………
 
 
 
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思索する富士山…(邦楽大会ダョ!)

2019年09月28日 11時03分03秒 | お知らせ
 お彼岸の富士山をフリサケミレバ…なにやら漫画の…我思うフキダシ状の雲が生まれ出でております。

 さてさて、お知らせの季節がやって参りました。

 今週末、9月29日、日曜日。
 開演13時。
 吉祥寺南口徒歩2分の、武蔵野公会堂にて、邦楽大会がございます。

 入場無料にて、箏や三味線、尺八の楽曲をお楽しみただけます。(もちろん長唄も!!)
 番組は全13番、

 特別企画として、2時半ごろ
 「不完全楽器の愉しみ」お話と演奏を、杵屋徳衛が相勤めます。
 日本独自の文化・発想から誕生した楽器・三味線のこと、日本固有の音楽の魅力についてお話しいたします。

 上演中17時まで、会場はお出入り自由ですので、お好きな演奏をおたのしみくださいませ。
 
 詳しい番組内容につきましては、杵屋徳衛のホームページをご覧下さいませ。
 よろしくお願い申し上げます。
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寄せては返す波の鼓

2019年08月27日 11時33分41秒 | 近況


 所用まで時間があったので、ふと、九十九里の砂浜に降り立つ。
 夏の終わりの遅い午後の海岸…というものは、どうしてこうも1970年代の記憶を呼び覚ますのだろうか。
(♪砂山を…指で掘ってたら~~……はもっと古い記憶……)
 寄せる波、引く波、時折生じる三角波…悠久変わることなく繰り返される海の営み。



 ♪寄せては返す波の鼓…長唄『岸の柳』の一節。
(岸の柳の前半の一節 ♪緑の髪に風薫る~~→エメロン♪振り向かないで~~につながるのが、ジャスト昭和な世代……)
 岸の柳は初夏の風物を描くすがすがしい唄だけれど、もう晩夏の初秋で、見上げる空の雲は鱗。



 ……てなことがあった翌日の午前中、先週までは植木に水を遣るほか、寸時の滞在も躊躇するようなありさまだった日向のベランダに出てみたら、虫よけ網の向こうでブンブンと緑葉に取り掛かろうとするつわものがいた。
 あらあらと、そのけたたましさに度肝を抜かれて、ただぼんやりと傍観していたら、枝に近寄れないまでも、網のクロス目に尻尾をつけて、卵を産んだ。極々小さい、透明な翡翠色の一粒。

 ぁーーー………。

 オオスカシバか、くちなしか。
 またもやもたらされた、究極の二択。
 
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夏の体験会承ります。

2019年08月09日 10時45分55秒 | お知らせ
 旧暦の七夕も過ぎまして、いよいよ秋ですね…
 酷暑に喘ぎつつ見上げる空は、そこはかとなく憂いを含んだ…そう、秋の色をしています。

 しかし、21世紀市民としてはその前に、夏休みの宿題を仕上げなくてはなりません。
 今年も、夏休みの自由研究のお助け番といたしまして、親子三味線体験会を行います。




  ※photoはこの初夏、芝増上寺御門跡のご門前を撮影させていただいたもので、記事内容とは直接関係なきものにて候。

 親子でなくても、お一人でも、学生さんでなくても、構いません。

 ……三味線を弾いてみたい、長唄をうたってみたい

 合言葉はかくの如し、思い立ったが吉日。

 日程は
 下北沢教室:8月13日(火)、17(土)、24(土)、27(火)、28(水)
 池袋教室:8月15(木)、29(木)、31(土)
 お時間は10時~20時の間、完全予約制です。
 お電話は0334680330 または♪三味っちゃおうホームページより、
 ご希望時間を3つぐらいご記入の上、お申し込みください。
 調整いたしますので、よろしくお願いいたします。


 
 費用は無料です。
  愛するものができた時、勇気をもって人生に立ち向かうべし…
 …とはどなたのお言葉だったやら、
 愛するものがないときは、何かしら愛着が持てるものを探しにお出かけになってくださいまし。
 お待ちしております。

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白昼のゆかたまつり

2019年08月08日 08時00分23秒 | お知らせ
 残暑お見舞い申し上げます。
 本日、Waライブ両国亭がございます。
 今回は、浴衣まつりと題しまして、大井町の芸者衆のお座敷の愉しみ、着物を裁断しないでドレスとして着付けた折り紙ドレス着用の舞によるファッションショーを、これまた笛や太鼓、三味線で賑々しくお届けします。
 杵屋正邦作品の「太鼓の曲」もお聞きいただけます。

 酷暑の夏も涼やかに、ぜひお越しくださいませ。
 お待ちしております。
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ハートに唄もて

2019年07月14日 12時02分30秒 | お知らせ
 本気で観光立国を目論んでいるのなら、日本人はもっと自国の文化を知らなきゃなりません。
 わざわざ外国から、この極東の小さい島国を訪れるからには、プチ西洋文化だったり、イエローモンキー的人真似エセ文化だったりするような文物を観たい…どうしても見たい!!……なぞと思うはずがありません。

 日本のよいところは、この過酷な自然環境(地震、カミナリ、火事…etc.)で生命の存続に脅かされながらも、朗らかに前向きに生きることを忘れない、心根の明るさとあっさりした達観、それにより長い年月積み上げてきた、文化的文物および技術の素晴らしさです。

 昨日今日、近代化した圧倒的物量に支配された横文字の発想でない、こまごまとした日常からあふれ出す情緒豊かな文物の数々。
 人間の細やかな神経、精神力から生み出された美しいものたち。
 だって、人間って、どんなに文明が進んでも、人間自身を生かし育てるのは、結局、口から摂取する食物によるエネルギーであって、その食べ物は、仮想世界ではぐくまれたものじゃなくて、一つ一つ人力で賄っているわけですからね。
 いかにコンピュータで制御されようとも、一個の人間が日々営む細かい作業あってこその、わたくしたちなんですね。

 巨大なものを形作るのは、小さい細胞なのです。

 さて、横に逸れましたが、そんなわけで、日本文化の奥深く豊饒なことと言ったら、付け焼刃で身につくものではありません。
 日本の歴史丸ごとが、能・狂言、歌舞伎、文楽、美術、音楽etc.に生かされて、今日の日本文化が出来上がっているわけですから、日本の藝術を理解したいなぁ…と思ったら、日本の歴史を知ればいいわけですから、そんな難しいことじゃないのです。
 
 サブカルで出来ているような私でさえ、昭和の学校でスタンダードな日本文化を教わってきたから、古文・古典で出来ている、伝統芸能にすぐスライドできたのです。
(いや、学校ばかりでなく、じいさんばあさん、叔父叔母、町内会や子供会…今のようにスカスカな人間関係ではなく、うっとおしいことも多々ありましたが、日常展開する人間関係のあやというものが、子どもの知識と経験を育てていったのではなかろうかと思います)
 
 令和となって、万葉集ブームが一時あったようですが、なんで今更…といぶかしく思ったのが、昭和の小学校に行っていた者たちでした。だって教科書で、習ったもん。基本中の基本です。万葉集だの、古今和歌集だの。源氏物語だの枕草子だの、土佐日記だの伊勢物語だの。方丈記だの、平家物語だの。古事記だの日本書紀だの。

 ですから、改めて、子供の時から自然と分かるように、日本の歴史をよくよく教え伝えたほうがよいのです。
 それぞれの自分が育った時代の政治的思惑からの、世代のバイアスは取り除いて、負の歴史ばかりとらえることなく…自虐的になることなく、普通の歴史をコンスタントに、客観的に教えなくちゃ、偏ります。
 偏っていた立脚点であったことも、両サイドの視点から教えないと、永遠に偏ったままで、外国からああだこうだと非難されたときに、論破できなくなります。
 両サイドからの観点を知るのと同時に、では自分はどういうことに拠って立つのか、ということも考え学ばないと、ただの物見高い野次馬になってしまいます。

 子どもの時から知っていれば、日本の文化はそんなに遠いものであるはずがありません。
 ブレイクダンスを必修にするよりは、仕舞を必修にするべきなのです。
 古典の美しい言葉を、意味が分からずとも音から身に着ければ(だいたい英語の音楽だって意味が分からずとも音から歌ったりしているではありませんか)、立派に観光立国の独自の余興となりましょう。

 さて、そんなわけで、歌唱法というと欧米の歌い方ばかり学校で教えるので、ミュージカルやオペラしか思い浮かばない方もいらっしゃるのかもしれませんが、
 日本には、日本の歌唱法があります。
 それを学ぶには、お謡いもありましょうが、わたくしは誰?

 …というわけで、長唄の唄い方をぜひ、体験、習得なさってくださいませ。
 ただいま、杵徳会で家元の唄稽古、新シーズンのプロジェクト、受講生募集中です。
 7月第3土曜日、20日13時より、下北沢稽古場にて始まります。
(中級以上の方には、同日17時よりの「汐汲」講座がおススメです)
 
 西洋式では、眉間の間から声を出す、ということをよく聞きますが、日本は真逆でお腹から出します。
 日本列島の宿命として、いつ襲われるか分からない天変地異、というものがございます。
 自分が踏みとどまる大地がいかようになろうとも、本質を見失うことなく、心安らぐ落ち着きの文化、というものが日本にははぐくまれたのです。

 女性が高い音を出せるのは当然で、低音部を出せるのが女声としての自慢、また、男声は、美しく伸びやかな高音部を出せるのが自慢。
 …というのが、長唄における美学でもあったのです。
 
 
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もっとjaponaisを!〈君影草の植え替え〉

2019年06月19日 19時56分10秒 | 近況
 日曜の朝にちらと園芸番組をのぞいてみたら、どうやら百日草の特集のようなのだけれど、主役の名前が私の知ってるのと違う。
 カタカナ三文字ぐらいの聴いたことのない名称なので、もう忘れてしまったが、日本語イコール漢字表記の名称があるものはできればそれで表現したほうが、一目瞭然で簡潔ではなかろうか。

 表音文字である、カタカナや、アルファベット系の言語は、一目で物事の意味と全体像を把握できる漢字に劣るところがある、と私は常々思っている。私のように深く物事を考えず直感で生きている人間には、命綱とも思えるツールなのである。
 そのような、極々優秀で奇特な表記方法を編み出した日本語というツールを持っているのに、もったいない。

 …と思っている人間の数が多分、2020年頃には逆転して少数派になっているのだろう…と実感する今日この頃。
 5月の第二週に、スズランの花を探して、私は近隣の花屋を5軒回った。
 五月一日に鈴蘭の花をプレゼントされた人は、幸せになれる…という西洋の言い伝えを想い出し、令和婚をしたお弟子さんにプレゼントしたかったからだが、
 …いや、実はもっと前に、出立する列車の時間調整のために売店をひやかしていた東京駅構内の花屋さんで、スズランの生花のかわいらしい花束を見つけて…ぉぉ!なんて美しくかわゆくめずらしい…!!五月生れのмさんに贈ってあげたいものである、毎年私の誕生日に唯一人贈り物してくださる律義な優しいお心遣りに応えられるものをいまだ見つけられないのだけれども、
 これはそんなささやかな我が感謝の気持ちを託すにぴったりのものではなかろうか…と思いながらも、これから旅立つ身としてはかなわず…という残念な思いをしたことがあったので、スズランの花の時季に時機の見極めをしていたのだが、
 どういうわけだか、それ以来、スズランの生花の花束を商っている花屋に巡り会えたことがなかった。
 
 吉祥寺の西側の駅ビル入り口にあった花屋さんは、この春閉店してしまっていた。
 量販のチェーン展開をしている花屋さんには置いてなさそうだし、比較的珍しいものを置いている水泳教室の隣の花屋さんを一軒目として、商店街の老舗などを尋ね歩き…
 …やっぱりもうないかなぁ、スズランといえば可憐さでもって初夏を彩るリリカルな花の代表格で、昭和のある時期には♪金銀パールプレゼント…という、万民が知っている(はず)のコマーシャルソングでもって、スズランの香り…という高貴で清廉な雰囲気からしても当時の時代の志向を感じさせる、国民的洗剤メーカーの宣伝があったのだ。
(そして昭和のお昼時は、奥様劇場などという、ソープオペラの全盛でした。)
 そしてまたスズランを冠する場所、スズラン通りと言ったら、どこの都市の目抜き通りの商店街にもあって、本の街・神田の神保町にも、そのむかし、東京堂書店、銭形平次最中、スーパー富士屋やスヰートポーヅ屋さんで忘れ得ぬ、有名なスズラン通りがあったし(街灯の柱がスズランのモチーフでしゃれていたのだ)、すずらんといやぁ…あーた……
 オーマイケセィラセラ、という萩尾望都のしゃれたラブコメもあったのだ。

 そういえば…フラワーアレンジメントをしている旧友が、あそこの花屋さんは近在では一番種類が豊富でお手頃価格であると、スーパーマーケットのSの花屋さんを推奨していた。
 なんと! 蛇の道は蛇、餅は餅屋、あったんですょ、スズランの鉢植えが。

 実は、その花屋さんを訪ったとき、もう鈴蘭を見つけることは半ばあきらめていて、スズランの付いた何かをプレゼントしようと(フローリスのシリーズにリリーオブザバレーという天花粉やらボディーソープがあったはずなんだけど…と思い立ってさらにお店を放浪する羽目になるのだったが…私の脳内の商品群の基本情報はすでに10年がとこ古い)、作戦変更に舵を切りつつあったときだったのですが……
 同じ白い花でももう店頭で咲き初めていた、くちなしの花の匂いにうっとりとして、一鉢500円という値段にも気をよくして、レジに持って行ったついでに(そもそもが何を探して花屋さんをハシゴして歩いたのかがもはや謎の購買状況になっておりますが)、お店の方に、スズランてもうありませんよね、遅いのかなぁ…と伺ってみたところが、
「あるけどさー、もう終わっちゃったのよ、この間まで咲いてたんだけどねー……」
 と、お店の蔭に隠すように置いてあった数個の鉢を指したのである。
 …あった!! しかしもう確かに可憐な花はしぼんで立ち枯れて、商品としては店先に出せない態であった。
「持ってく? 二つで500円でいいけど」

 これを育てれば、来年、見頃の花を逃がさずプレゼントできるかもしれない…という後付けの言い訳にもなるけれど、行き掛かり上、2つのすずらんの鉢主になった私は、そんなわけで、今朝、スズランの植え替えをした。

 写真だけは撮ってあっても、まだまとめられない風葉記シリーズに心が向いて気がせくのだが、戦のあと…という風情のレモン樹に、飛べない揚羽蝶をとまらせて、ウィンドサーフィンをさせながら、蝶によろこぶ母に手伝わせながら、せわしなくも、植木の世話という作業に、ひと時の心の安らぎを覚えながら。


【追記】 

今日までに羽化した12頭目が羽化不全とやらで、左右の翅がいびつで飛べずにおりました。
不憫なのでガムシロップを薄めたものを吸わせたりして、そのままベランダに棲まわせております。


指を差し出すと、脚萎えで素早くは動けませんが、とまるので、
それから生まれ育ったレモンの木にとまらせると、風が気持ちよいのか翅をはばたかせたりしております。
その答えは、風だけさ……替え歌、♪風が吹いてるだけさー、だったり、
♪ただ風が吹いてたー、だったり。
やはり蝶は、風に吹かれるのが好きな様子。


20匹あまりの青虫に喰い尽くされ、しまいには尺取虫までいたりして、
こちらも不憫なレモン樹でしたが、戦い済んで日が暮れて…新芽若葉が芽生えてきました。(表題写真)


静かになった枝の、鳥除けの網の向こうに、ささがにの蜘蛛が営み。
網目は2.5センチ四方なので、とても小さいクモの赤ちゃんです。

 
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梅雨時の和楽器ライブ(ディスカバリー伝統邦楽)

2019年06月15日 07時00分14秒 | お知らせ
 この極東の地の自然の摂理として、梅雨時に雨が降るのは本寸法。
 …ですが、21世紀になってから気候も欧米化したのか、激烈な振幅度で、ひ弱な人間としては体に堪えます。

 皆さま、お体を大切になさって、日本列島ならではの気候・風土のもと、無理なく発生した古来の文化に親しみ、英気を養ってくださいませ。

 きたる6月16日日曜日(今週末です)、
 小田急線・成城学園前駅 北側徒歩2分 の、
 成城ホールにて、無料公演です。
 午後1時開演です。

 長唄(三味線と唄と囃子)、箏曲(13絃の琴)、小唄(三味線と唄)、
 清元(三味線と浄瑠璃)、新内(三味線と浄瑠璃)、常磐津(三味線と浄瑠璃)、
 笛(能管、篠笛etc.)
 …などをお聞きいただけます。

今公演では、世田谷邦楽研究会企画番組として、
「調絃と口三味線のお話」お話と実演を、杵屋徳衛がいたします。
(午後3時前後の番組です)

 我が杵徳社中は、
 初番の「水仙丹前」:初演は、江戸時代中頃の寛延~宝暦年間(1750頃:文献により1749と1755説あり)
         江戸(文献により中村座と市村座あり)で、
         上方の歌舞伎役者・中村粂太郎が、江戸下りの折に京土産の舞踊番組「京人形五変化」
         (丹前・花笠踊・傾城・槍踊・猩々)で大当たりをとりました。
         その五変化中の丹前と槍踊りを一つの曲にした舞踊曲です。
    元禄風のおおどかで、春風駘蕩とした味が面白い曲です。
    繰り返し遊び風の歌詞も、耳について離れません(助けて…!)

 そしてラストの「勝三郎連獅子」にて御目文字仕ります。

 今公演に出曲いたします長唄曲本来の、すべてにお囃子がついております本寸法、理想的な演奏形態でおとどけいたします。
 ハツラツ、颯爽とした愉快痛快な長唄の醍醐味をご堪能いただけますよう頑張ります。

 終演は午後6時を予定しております。
 お待ちしております。
 どうぞよろしくお願い申し上げます。

 
 
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雨宿り、風待ち(風葉記のうち)

2019年06月11日 09時54分14秒 | 近況
  ……幼虫の行方は杳として知れない…
 雪之丞変化かっ!?と独り突っ込みをする5月末の状況から、はや十日余りがたち、それでも蛹化を目撃・所在を把握しているサナギのうちから気の早いものが羽化し、また旅立ち、日曜日の午後、三頭目の羽化に立ち会えなかった何となくしょんぼり気味の月曜日。
 ベランダの鉢周りを、前蛹化が近く彷徨う青虫の様子を見ておりましたら、鈴蘭の鉢の裏からひょこひょこっと蠢くものがあります。
 
 
 呼ばれず飛び出て、ジャジャジャジャーン!
 くしゃみはなけれど大魔王のようにひょっこり飛び出す、揚羽蝶の成虫が一羽。

 なんとなんと、ベランダのキャビネットの裏にもぬけの殻になった蛹を発見しました。
 こんなところで秘かに羽化していたのか……(\(^o^)/)

 しかし、外は雨。土砂降りの雨。
 何度も翅を羽ばたたかせ、飛ぶ稽古をしていたようでしたが、気温が低い。
  ※窓ガラスの線は5センチ幅です



 そのまま夜を迎え、早朝。



 いつ飛び立つのか、心配しながら見守っておりましたら、外気温が上がった7時半を過ぎたころ、ベランダの鳥除けの網目につかまってバタバタしております。
 網をひょいと持ち上げる親心にも気づかず、網目をくぐろうと躍起になっております。
 あらまー………

 どうしたものかと見ておりましたら、やっこさん、するりと網目を抜け、外界へ旅立っていきました。
 お前さんは引田天功かぃ……
  ※網目は2.5センチ四方です

 雨上がりの朝、旅立つアゲハチョウが一匹。

 それから小一時間経ち、旅立った後の空の様子が見たくて、またまたベランダに出てみましたところ、鉢と鉢の間の網の辺りでバタバタ蠢いているものがおります。



 なんとなんと。これまた把握していなかった隠れ蛹が羽化した模様。
 


 小刻みに羽ばたいて、網目の上部へ。



 風に吹かれて心地よさげ。
 網の下を捲って出られる空間をつくったのですが、気がつかないかなぁ……

 空が青いうちに早よぅ、旅立ちなされや…
 (先ほど様子を見に行ったら、まだ居ました)

 
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7回オモテの光芒@和ライブ両国亭

2019年06月02日 10時38分16秒 | お知らせ
 おはようございます!
 明日が代休であらせられるでありましょう、本日、運動会の皆さま、
 今日のお疲れを明日の邦楽寄席で、ぜひ、お癒しくださいませ。

 理論ではなく情緒で、皆さまの右脳にしみる日本の音楽は、
 筋肉ばかりでなく、心のコリをほぐします。
 
 明日月曜日、両国は永谷ビルのお江戸両国亭で、
 第7回Waライブ両国亭が、開催されます。
 開演はヒル12時15分、午後2時までのコンパクトな興行です。

  ~演奏とトークで味わう和の響き
 とのキャッチにたがうことなき、充実のラインナップでおおくりいたします。

 番組は、
  一、違いの分かる男シリーズで昭和の皆さまにはおなじみ、箏曲家・沢井忠夫作曲の
   箏・尺八二重奏「風の歌」

  一、ドロップ イン ナガウタ
洋楽と邦楽の立脚点、演奏手法、考え方、味わい方…などなどの違いを、
   トークと実演でお聞かせします。
   初心者だけでなく、プロの方々必聴の心得もきけるかも?

  一、江戸浄瑠璃の粋、清元の「幻椀久」

  一、皆さまのお財布の中にも眠っていらっしゃる、日本で最初の女性職業小説家・樋口一葉の世界を、
   語りでお聞かせする、明治二十五(1892)年作「別れ霜」

 以上、四番を、新暦6月の風に乗せて、さわやかかつ軽妙に、はたまたしっとりとおおくりいたします。

 ぜひぜひご来場くださいませ。
 木戸は500円です。
 よろしくお願い申し上げます。

 
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ヒトの ナサケの サカヅキ

2019年05月23日 12時41分41秒 | お稽古
 先週の唄稽古のとき、マイ譜本が手元になかったので、稽古に使ったことがない唄本を取り出してみた。
 20世紀のうちに、大正生れの姉弟子から、頂戴したものである。
 和綴じで、日常使いするには憚られる美しさだったので、本棚に仕舞ってあったものだ。
 装丁や、文字の美しさを時折出して眺めるぐらいだったので、中身を吟味する、ということがなかった。

 唄っているうちに、勧進帳のひとふし、♪士卒を引き連れ 関守は 門のうちへと…の箇所に、「かどのうち」という歌詞に「もんのうち」とルビがふってあることに気がついた。あれっ? あれあれっ???

 不思議に思いながらも、唄い進めていくと、なんと、あの二上りの有名なうたいどころ、
 ♪…人の情けの盃を……が、♪人の情け「を」盃「に」と記述されている。


 奥付は、その本にはなかったので、同じ装丁の兄弟本の二冊を取り出して調べてみた。
(といっても、この手の唄本の和綴じ本は、一曲づつの唄本を個人がまとめて綴ったものであるので、本当にその年のものかは不明なのではあるが、参考にはなるだろう、と思いまして…)
 大正12年刊のものであった。


 これは、ひょっとすると、版元の校正の方が、日本語の文法に合わない歌詞である…と思い、詞章を直してしまったのだろうか、と思いめぐらせた。

 ちょっと気になるので、ほかの和綴じ本の勧進帳を探してみた。

 これは明治41年のもの。


 ポピュラーな歌扇録の、我が家で一番古い大正15年刊のものもご参考までに。




 表題の写真の奥付は安宅勧進帳のもので、本文はこちらです↓


 さて、そんなわけで……
 正しいことが必ずしも正しくないことは、世の中にたくさんある。
 
 
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風葉記・正

2019年05月19日 11時55分55秒 | 折々の情景
 新暦五月の尚武の勢いを駆ってか、光陰の一矢の恐ろしき事。
 今朝初めて気がついたのだが、食糧棚に寝かせていた長葱にネギボウズが生えていた。
 しかも既に開花していた。
 私はよく植物にトウを立てがちな性分なのだった。(本稿:塔が立つをご参照くださいませ)一昨年も切り取った大根のヘタから花を咲かせたのだが、写真をアップする間もなく時は流れた。建設的日々なのだ、と前向きに解釈しよう。
 こうなったらネギの種を採取するまで育てるしかあるまい。


 話のハナから余談になってしまった。
 令和元年五月一日。



 日が暮れ、また明けて、草木がすこやかに伸びゆく季節。








 わが庵のけなげな檸檬花に、なぜ蝶は訪うてはくれぬのかと気をもんで数日。 
 檸檬の新芽に、2ミリ程の、小さく細い黒い筋が付いているのを発見。

 ぉぉ、これは、ひょっとすると、蝶の幼虫ではあるまいか…!!
 鳥、昆虫、天然の生きとし生けるもの、人間の心なき振る舞いにて消失してゆく不憫なものどもの動向に、一喜一憂していたこの身の、雀躍すまいことか…!!!





 欣びが、確信となった、令和元年5月11日の、揚羽junior近影。

 三日見ぬ間の幼虫、という言葉をご存じありませんか?
 倍の大きさに育っておりました。

 さらに三日経った5月15日。

 3倍ほどにもなっておりましょうか。
 そして、別の葉にも育っているjunior、花を添えて…


 日々、発見する個体数が増え、ラグビーチームができそうな勢い。
 後姿が伸びやかな2~3齢のおちびちゃん。
 
 
 黒地の背に白いV字の紋章、揚羽蝶牧場と化した、わが檸檬の樹。
 朝、水をやると、彼らも目覚めたのでしょう、檸檬の花香が匂い立つのです。
 さて、食欲旺盛な食客を抱えて、当家の檸檬は主の酔狂をいかに感じているのでしょうか。

 終齢になったら昨年の悲劇の轍は踏まず、防御ネットを再び…と思いめぐらす、現代の今様堤中納言物語でした。

 
 
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これまでの風葉記

2019年05月18日 10時30分45秒 | 折々の情景
 トクオウは気が気ではなかった。
 今年も賤が家の軒下を彩るべく、忠義な檸檬が馥郁たる五弁の白花を咲かせたというのに、なんということであろう、蝶が来ないのだ。
 平成31年の晩春、百花はことごとくが早く開花し、藤でさえ4月中旬には花房を垂らしていたのに、令和元年を迎えた初夏、どういうわけかひらひらひらと、花に戯れ舞い遊ぶべき、胡蝶の姿が見当たらないのだった。
 シジミチョウが数羽、クロアゲハ一頭、モンシロチョウ二羽ほど…それがこの春以来、トクオウが見かけた蝶たちであった。



 去る平成31年の3月18日、いまだ檸檬の摘果を躊躇していたトクオウは、いつの間にか、実の付け根の枝に、ツンツンと尖った棘が育っていたのに気がついた。
 ぉぉ、母は強し、といにしへにも言うけれど、万物が、自分が守るべきものの生じたとき、何らかの防御策を講じ、頑強な物体へと変化していくものなのである…感慨に打たれた。
 それを観察日記にまとめようと考えていたのであるが、それも時の波に紛れ……


 「棘のある樹」という表題が果たせなかった、一葉の写真を添えて……

 そうこうしているうちの平成31年4月19日、摘果せぬまま、檸檬が蕾をもった。
 トクオウは焦った。1町ほども西へ行った庭園に、毎年たわわに実を成す、大きな柑橘の樹があるのだが(種類不明・夏蜜柑の様にもハッサクの様にも見える黄色い丸い実がなるので、散歩の都度羨ましげに眺めていたのであった)、鷹揚なのであろう、かの樹の主は、まだ摘果せぬのを指標として、トクオウも檸檬の収穫を計りかねていたのだった。
 採るなら今。



 そうして、やっと、檸檬花の開き初めた匂い、姿かたちをいつくしみ、心が安らいだのであるが…なんたること、蝶が来ないのである。
 鳥から実を守る防御ネットも取り外したというのに……



 令和元年5月1日。
 花は咲けどもてふてふの、身の一つだになきぞ、悲しき。

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サブカル懺悔1

2019年05月09日 22時33分44秒 | やたらと映画
 「もうそっちのほうに行くのはおよしなさいね」
 と、母が私に釘を刺したのは、入学式が済んで各種サークル勧誘のチラシが舞うキャンパスでのことだった。
 
 昭和50年代中頃中学生だった私は、高校受験間近いある年の共通テストで、全国で第3位という国語の成績を修めたのだったが、あまりにも神妙に受験勉強に勤しんだがゆえ、その反動で高校時代の三年間というもの、漫画研究からアニメーションや声優…という分野の藪に入れ込み、古文の先生を落胆させた。折しもテレビ版だった宇宙戦艦ヤマトがはじめて映画化され、小学生に交じって封切り館内売店のスチール写真グッズコーナーに並んだ私は、絵葉書のここからここまで、全カットくださいな、という大胆な行動に打って出た。初めての大人買いであった。
 同人誌や贔屓声優のファンクラブにも入り、声優が所属する劇団の芝居見物や、結成されたロックバンドのライブにも出かけた。学園祭で友人とコピーして歌った。コミックマーケットの前身の即売会にも出品したが、コスプレはやらなかった。当時上井草にあったスタジオサンライズへ見学に伺い、三文字のお名前になる前の富野喜幸氏にお目にかかった。急逝した長浜忠夫氏がとても紳士的で親切に案内してくださったことを覚えている。残念ながら、大学受験のための塾通いで、ガンダム一作目は1クールも見ていない。

 とはいうものの、冤罪事件に触発された多感な女子高生でもあった私は、無辜の民を悪官憲から救う弁護士になるべく法学部に進学し、当初は母の助言を守り、就活の助けともなる手に職を…ということで速記の通信教育や、社会悪を叩く新聞記者になるべく勉強を始めようと新聞学会なるサークルに入ったのだが、思惑が違った。その学会の主な活動は、当時まだ存在していた学生運動だった。一時の安保闘争からかなり下火になってはいたが、セクト争いで死者も出た時代だった。入会早々、軍靴の響き…という反戦の社説を書かせていただいたが、すぐに退部した。

 そんなわけで、五月病になる暇もなく、途方に暮れた私はつい、古巣に立ち寄ってしまった。
 アニメ研には、すでに漫画家に弟子入りしセミプロとして活躍している者や、制作会社でバイトしている者もいた。
 活動は当然、アニメーションの製作である。
 原始的なものではあるが、パラパラ漫画の延長線上にある企画で、各部員が同秒分を分担し、リレー方式で繋いでいくのだが、担当する頭のカットから全く別の物体であるお尻のカットまで、各自のアイデアのもとにメタモルフォーゼさせていくのだ。トレーシングペーパーに単色マジックで一枚ずつ動画を書き、一枚ずつ白黒の8ミリフィルムで撮影していく。
 …いや、エルモの16ミリだったろうか、渋谷区の16ミリ映写機操作講習会に私も参加し、資格を取った。
 
 そのアニメ研に特撮班なるものもあり、私はそこで戦隊ものの企画に誘われた。
 当時(アクリル絵の具が出回り始めたころだった)大人気イラストレーターだった生頼範義の筆致をまねるのが大層上手なМ君が、絵コンテを描きながら説明してくれた。どうやら私はトルネードクイーン(柏木たつみ)というヒロインのお役を頂戴できるらしい。
 やはり、当時カルト的人気を誇った、ジョン・カーペンター監督のザ・フォッグに似た恐怖映画テイストミックスの、若干のキッチュさを狙った特撮自主映画企画だった。

 昭和40年代を小学生で過ごした者たちにとって、円谷プロダクションは心の友…いや、なんと言ったらよいのだろう、友以上の、一種の信仰の対象ともいえるような存在であった。(小学生時代の私のイチ押しは何といってもセブンであった)
 М君の御父君のツテを最大限に活用し、さっそく、当時ウルトラマン❜80を撮影していた世田谷大蔵の東宝ビルトへ見学に行った。
 私は、特殊撮影の技法、という特集記事を父の本棚のカメラ雑誌から見つけ出し、レポートにまとめ、勉強会を開いた。

 しかし、その特撮映画も準備段階のまま、そうこうしているうちに、サークルの分派騒ぎというものが起き、1年足らずで私はアニメ研を退会し、大衆読み物研究会なるサークルへ移った。私のアニメ熱も1980年で終わり、フィルム映画…映像製作に対する情熱もついえた。
 その大衆読み物研究会・SF分会で出会ったのが、我が整いました、の心の友である。そこで子供時代のお笑い志向が本格再発し、大人の落語熱へと重症化していくのであるが、それはまた、のちの話。

 ここまでがざっと、長唄に出会う前の…長唄以前のこと、なのですが…

 …そんなことを想い出したのが、林家しん平師匠が4年半にわたる歳月を費やし、ほぼ一人で特撮部分を作成・完成させたという監督作「深海獣雷牙対溶岩獣王牙」の発表試写会でのことだった。
 昭和の終わりごろ寄席通いをしていた私は、一ツ木通りに在った今は亡きTBSホールの落語研究会にも行ったりして、当時新進気鋭だったしん平師匠のシュールな新作落語が好きだった。三角定規を頭に刺して自殺しようとして死にきれない男の噺とか、SF小説のショートショートのような趣きがあった。
 それから時代は下って21世紀になってから…10年ちょっと前でしたか、文化放送のかもめ寄席だったかで、新作の「鬼の面」を聴いたとき、その噺の完成度合いといい、独自性といい、高座っぷりといい、すごい技巧派になってらしたんだ…と感心したものだった。

 そんなこんな、あれやこれやで、終盤は怪獣同士の鉄火場の閃光と爆裂でよく分からなかったものの、映画作品が完パケに至るまでのなんと困難なことであることか、と、しん平監督の執念と情熱と不屈の魂をたたえるゲストの特撮界の巨匠お二方の監督のお話もあって、40年余りの長期的スパンで、林家しん平という落語家の来し方を、楳図かずおのおろちのようにそっと傍観してきた私も、不思議と何やら清々しい心持ちになった。
 人影もまばらな宵の冨士見町のアスファルト道路の真ん中で、旅笠道中を歌いながら、飛び跳ねて踵を打ち合わせたい…ふと、そんな気がした。


附:写真は、踊りの会の打合せのため、四十年ぶりで伺った西武新宿線・上井草駅頭(かつてサンライズを訪問したことは全く失念していた)にて遭遇した銅像。ガンダムは初放映時、4月から6月初旬までのみ視聴。
昭和の女子高生としては、前年度のダイターン3の、軽妙でコミカルなオシャレ感が好きでした。
銅像にたすき掛けをしてしまうという、モニュメントに対する侮辱的行為に対して苦情は出ないのでしょうか…
それとも……。
 
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初夏の和楽器ライブ

2019年05月05日 16時48分50秒 | お知らせ
 時移りまして、令和元年五月六日(明日です!)。
 なんとまぁ、明日は立夏でございます。

 例年、世間的にはゴールデンウィークなる連休の最終日に、東京は武蔵野市の吉祥寺駅南口にて、邦楽の演奏会を開催しております。
 駅のそばのマルイ百貨店(昔そう言っていました)、路地を挟んで東隣の武蔵野公会堂(パープルホール)。
 筝、三味線、尺八など、日本の伝統音楽を代表する和楽器の演奏を、無料でお楽しみいただけます。

 開演は午後1時。古典曲、現代邦楽とりまぜて、バラエティに富んだ番組仕立てとなっております。
 今回は、企画番組として、尺八の魅力についての講演(午後2時半ごろ)もございます。

 当杵徳社中は、朗読三絃「さるとかにのおはなし」、ご存知長唄「勧進帳」で御目文字仕ります。
 終演は午後4時40分ごろを予定しております(明日の今頃です!!)。

 5月といえば、歌舞伎座では團菊祭。今年は平成の三之助揃い踏みの「勧進帳」とか。
 お芝居の勧進帳と、素の演奏の勧進帳が、1か月のうちに愉しめるという、うれしい機会です。
 
 お時間叶いましたら、ぜひお運びくださいませ。
 公演時間内はお出入り自由です。
 


 
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