自由民主党 柏市議会議員・円谷のりひと 公式ブログ

千葉県柏市議会議員 円谷のりひとの議会・活動報告、政策提言など。記事には政治活動以外の内容(雑記)も含まれます。

よみがえる記憶 東洋大、全日本選手権2連覇

2011年06月12日 21時48分19秒 | 野球(ライター時代の記事)
 12日、第60回全日本大学野球選手権が幕を閉じた。結果は、わが母校・東洋大が史上5校目の2連覇を達成。慶大に延長10回、小田裕也のサヨナラ2ランで3-1での勝利と東洋大らしい劇的な幕切れだった。

 小田といえば一昨年の春、東都リーグ・立正大2回戦の記憶が鮮明によみがえる。当時2年生だった小田は、途中出場。2対2の延長12回、満塁の場面で放ったどん詰まりのサードゴロがサヨナラ内野安打となった。あの時は本人も「運がよかった」と照れ笑い。しかし、今度は胸を張っていい。なんといってもフェンスオーバーだ。

 エース・藤岡貴裕は、同じく2年生の春シーズンを花粉症による不振で苦しんでいた。それが昨年は大学日本代表の先発の一角を担い、いまやアマチュアナンバー1左腕の呼び声高い。主将・鈴木大地も同様に、1年生のときから勝負強さに磨きをかけ、小柄ながら東都屈指の強打者と呼ばれるようになった。

 私が大野奨太(現北海道日本ハム)の取材で神宮球場に通っていたころ、彼らは大学に入りたてのグリーンボーイだった。だが、いまは最上級生として先輩たちが残した“常勝”の伝統を守った。いつも「大学野球はやっぱり4年生」と語っていた高橋昭雄監督も、きっと彼らの成長に目を細めていることだろう。
 
かくいう私も、思わず「取材に行きたかったな」ともらしてしまった。後輩たちの活躍に感動と刺激をもらった。そして、硬い神宮のいすの感触、ブラスバンドの音色、スコアブックのインクのにおい、そして魂を込めてキーボードをたたいた日々――。いろいろなことを思い出した1日だった。

暑い夏の記憶 日本、藤岡の好投で銅メダル=世界大学野球選手権3位決定戦・vs韓国

2010年08月07日 19時54分28秒 | 野球(ライター時代の記事)
【日本 9-0 韓国】

 第5回世界大学野球選手権の3位決定戦が7日、神宮球場で行われ、日本は韓国に9対0で勝利した。日本は先発の藤岡貴裕(東洋大3年)から4投手につなぐリレーで韓国打線を0封。打っては初回に伊藤隼太(慶応大3年)の2ランで先制すると、2回にも1点、4回には打者11人の猛攻で6点を奪い試合を決め、銅メダルを獲得した。

 日本の攻撃より、藤岡の投球をもっと見たい――。そう思うほどの快投だった。
 面白いようにコーナーに決まる直球。マウンドで跳ねるような躍動感。背番号17が負けられない戦いで輝いた。「ストレートが走っていたので、真っすぐで押せて良かったです」と藤岡が振り返ったとおり、切れのある直球に韓国打線のバットが次々と空を切った。「本当に素晴らしい。コーナーワーク、特に外角でストライクを取れるところがいい。われわれの投手もそういう力をつけないといけない」と韓国の李淵守監督をうならせる投球で5回を被安打1、無四球。完ぺきな投球だった。

 これには榎本保監督も「真っすぐ一本で抑えられると思った。変に変化球でコントロールを乱さなければ、大丈夫だと。5回、6回くらいまではいけると確信していました」と大船に乗ったつもりでマウンドを任せた。センターを守る主将・伊志嶺翔太(東海大4年)も「外野にはなかなか飛んでこないだろうな、と思ってました。先制点さえ取れればそのまま勝てると思いました」。抜群の投球内容に、本人は「80点くらいはあげられるかな」と笑った。

 準決勝で米国に敗れ、世界一にはまたも届かなかった。だが、悔しさがチームにより一層の団結力を生み出した。
「いろんなチームを見てきたが、チームワークは一番だと思う。結束力で勝ったと思っている」(榎本監督)
 選手たちも、「最後は笑って終わろう、銅メダルを取ろう」と言い合った。ナインがひとつになってつかんだメダルの色は、「金と同じ」(榎本監督)。勝利の余韻に皆が皆、飛びきりの笑顔を見せた。
 戦いは、終わった。しかし、暑い夏の記憶とともに、彼らの野球人生は続いていく――。
 
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これも野球、1球の怖さ 斎藤、満塁弾に散る=世界大学野球選手権準決勝vs.米国

2010年08月06日 15時27分18秒 | 野球(ライター時代の記事)
 第5回世界大学野球選手権の準決勝が5日、横浜スタジアムで行われ、日本は米国に2対4で敗れた。日本は初回、1点を先制したが、その裏に先発の斎藤佑樹(早稲田大4年)がヒットと2つの四死球で1死満塁のピンチを作ると、5番のスプリンガーに初球の緩い変化球をたたかれ、決勝のグランドスラムを浴びた。
 打線も初回に相手の暴投で1点、2回に内野ゴロの間に1点と計2点を挙げるのが精一杯。相手先発のグレー、後を継いだノア・ラミレスをつかまえることができず、わずか3安打と抑え込まれた。過去4大会で6戦全敗の米国にまたも敗れ、悲願の金メダルにはまたも届かず。日本は7日、韓国と3位決定戦を戦うことになった。

 失投だった。左中間スタンドに消える白球を見送った斎藤を尻目に、アメリカナインがまるで勝ったかのような雄たけびをあげ、歓喜の輪を作る。1対0とリードした初回に浴びた、まさかの逆転グランドスラムだった。
 打ったスプリンガーは、「フォークが抜けて落ちなかったんだと思う」と振り返る。2回以降の斎藤は持ち前の低めに変化球を集める投球で粘りを見せた。味方の野選が絡んで背負った5回1死一、二塁の場面では、逆転本塁打を打たれたスプリンガーを143キロの直球で空振り三振。続くニック・ラミレスからも空振り三振でピンチを脱する意地も見せた。だが、取れられた点は戻ってこない。
「1球の怖さ。初回はマウンドが合わなかったこともあって、自分のフォームじゃなかった」(榎本監督)
 
「斎藤はストレート、フォーク、スライダー。どれも自分が必要なときに、狙ったところに投げられる。彼ほど秀でたピッチャーはなかなかいない」
 スプリンガーが斎藤の印象を語る。
「でもこういうことが起こるのが野球。それがたまたま自分の打席だったのさ」
 そう、スプリンガーの言葉どおり、これが野球なのであろう。

 試合後の記者会見に斎藤は姿を見せたなった。「出せる状態じゃないと判断した」という榎本監督の配慮だった。
「彼が4年間ジャパンでやってきて、どれほどこの試合に懸けていたかを感じていた。野球人の先輩として斎藤の気持ちが分かるから、どうか勘弁してください」
 涙ぐみながら指揮官はそう説明した。斎藤の日本代表には、これで一区切りがついた。だが、榎本ジャパンの戦いは、まだ終わっていない。
「韓国に勝って、メダルを死守したい」
 有終の美、そしてこれからも続く野球人生に向かって。敗戦を糧に、榎本監督と選手たちは、新たなスタートを切る。

立ちはだかる米国の壁 悲願の世界一ならず=世界大学野球選手権準決勝vs.米国

2010年08月06日 01時25分50秒 | 野球(ライター時代の記事)
 またしても、米国の壁に跳ね返された。第5回世界大学野球選手権の準決勝が5日、横浜スタジアムで行われ、日本は米国に2対4で敗れた。日本は初回、1点を先制したが、その裏に先発の斎藤佑樹(早稲田大4年)がヒットと2つの四死球で1死満塁のピンチを作ると、5番のスプリンガーに初球の緩い変化球をたたかれ、決勝のグランドスラムを浴びた。
 打線も初回に相手の暴投で1点、2回に内野ゴロの間に1点と計2点を挙げるのが精一杯。相手先発のグレー、後を継いだノア・ラミレスをつかまえることができず、わずか3安打と抑え込まれた。過去4大会で6戦全敗の米国にまたも敗れ、悲願の金メダルにはまたも届かず。日本は7日、韓国と3位決定戦を戦うことになった。

「斎藤を立てて、必勝態勢で臨んだんですが、1球の怖さ、甘さ。打線も彼を救えなかった。チーム全体が責任を感じています」
 記者会見に臨んだ榎本保監督が声を震わせた。初回にエースが満塁弾を浴び、それが決勝点。2回以降は立ち直った斎藤が6回まで、その後も乾真大(東洋大4年)、大石達也(早稲田大4年)とつなぎ無失点。キンナバーグ監督が「今日出てきた日本の3投手はみんな、磨きをかければメジャーでも通用すると思う。素晴らしい投手戦だった」とたたえるなど、ピッチャー陣は、力を発揮した。だが、打線は不発だった。
「1点取れば流れが変わる。ボールがゆれているので、ストレート系でも変化球のつもりで対応するように、狙い球を絞るようにと指示をしたけど、さすがアメリカです」と榎本監督。主将の伊志嶺翔太(東海大4年)も「4点取られても粘って抑えてくれていたので、何とか取り返したかったんですけど……。斎藤に申し訳ない気持ちでいっぱいです」とエースの粘投に応えられなかったことに無念の表情を浮かべた。

指揮官の采配ズバリ!=世界大学野球選手権・準々決勝vs.台湾

2010年08月05日 01時09分29秒 | 野球(ライター時代の記事)
【日本 13-0 台湾(7回コールド)】

 期待通りの大活躍だった。第5回世界大学野球選手権の準々決勝が4日、横浜スタジアムで行われ、日本が台湾(チャイニーズ・タイペイ)に7回コールド13対0で圧勝した。日本は初回、伊藤隼太(慶応大3年)のタイムリーで先制すると、その後も得点を重ね台湾を寄せ付けなかった。投げては先発の菅野智之(東海大3年)が5回無失点と試合を作り、6回からは野村祐輔(明治大3年)、大石達也(早稲田大4年)とつなぎ、完封リレーで逃げ切った。日本は5日、米国と準決勝を戦う。

 指揮官の思惑が、ズバリ的中した。日本代表の榎本保監督は、ここまでは1番で起用してきた鈴木大地(東洋大3年)と3番だった伊志嶺翔太(東海大4年)の打順を入れ替えた。榎本監督は、この打順変更について「(伊志嶺は)予選ラウンドでは得点力が欲しいから、僕のわがままで3番で使った。ここという勝負の時は、1番(で起用する)と決めていた」という。なぜなら「伊志嶺が出塁するとチームが活気付く」からだ。

 本人も自分に与えられた仕事は十分に理解している。
「1番のときはどんな形でも塁に出ること。初回に1番が出るのと出ないのとではぜんぜん違う」
 その言葉どおり、初回の第1打席では右方向への逆らわない打撃で二塁打。その後、先制のホームを踏んだ。第2打席以降も勢いはとまらず、3本のタイムリーを含む5打数5安打、3打点、1盗塁、3得点。主将の打棒がチームを勝利に導いた。「5安打は運がよかった。1打席1打席、1球1球を大切にしている。集中して打席に立ったのが結果につながった」と謙虚に振り返った伊志嶺。榎本監督は、今後も1番で起用する方針だ。
「自分の売りは足なので、足でかき回したい」
 指揮官の信頼篤いリードオフマンが、日本を勝利に導く。

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 下級生だって、やるときはやる。この日5番に入った松本幸一郎(立教大2年)が気を吐いた。初回、1点を先取したものの、先制打の伊藤が続く松本の打席で牽制死。流れが止まりかけたが、松本は勝負強くセンターへはじき返し、嫌なムードを振り払うタイムリーを放った。さらに第3打席でも1死2点三塁打で2安打3打点。「度胸があるから、2年生でも十分5番の役割を果たしてくれると思った」という榎本監督の期待に応えた。
「2年生という立場なで、声を出して明るくやるように心がけている」と松本。林崎遼(東洋大4年)の負傷離脱で急きょ代表に加わった元気者が、横浜スタジアムで躍動した。

キューバに衝撃を与えた菅野の才能=世界大学野球選手権vs.キューバ

2010年08月02日 17時09分34秒 | 野球(ライター時代の記事)
 第5回世界大学野球選手権の予選ラウンド第3戦が1日、神宮球場で行われ日本はキューバに7対12で敗れた。先発の藤岡貴裕(東洋大3年)が2被弾で3点を先制されると、その後も菅野智之(東海大3年)ら4投手をつぎ込んだものの、キューバ打線を止められず。16安打4本塁打を浴び12失点と打ち込まれた。
 打線は2回、鈴木大地(東洋大3年)の3ランなどで4点を奪い一時は勝ち越し。9回にも相手エラーと4本のヒットで3点を返す粘りを見せたが、反撃も及ばなかった。
 日本は予選ラウンドを2勝1敗で終え、B組2位が確定。準々決勝の相手と日程は、2日に決定する。

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悪い流れを止められなかった。7回、5番手でマウンドに上がった菅野だったが、先頭のディアスにいきなりバックスクリーン左に放り込まれた。続く8回にも、アブレウに2ランを浴びた。完全に詰まらせた当たり、しかも逆方向の打球だったにもかかわらず、打球はスタンドに飛び込んだ。
「キューバは球の勢いだけじゃ抑えられないと分かった」
 3イニングを投げ被安打3・被本塁打2・失点3。全日本選手権以降、飛ぶ鳥を落とす勢いだった右腕に、世界の壁が立ちはだかった。

 しかし、能力のいったんは垣間見せた。8回、相手4番のA・デスパイネの5球目だった。思い切りリリースされたボールが捕手のミットに収まると、電光掲示板には「157」の文字が浮かび上がった。今春、澤村拓一(中央大4年)が計測した神宮大学生最速に並ぶスピードボールに、スタンドからはどよめきが上がる。そして、衝撃を受けたのはキューバチームも同じだった。
「スガノ? スガノに関する質問か?」(と言っていたんだと思う)
 そう言って興奮気味に話しだしたのは、サウラ監督だ。記者会見で菅野の印象を聞かれたのは、同席した選手たちだったが、通訳が「スガノ」と口にするや、勝手にマイクを持ってしゃべりだした。
「彼はものすごい才能を持っている。ただ、才能には人それぞれ熟するタイミングというのがある。彼はまだその時期ではなく、時間がかかるだろうが、将来はものすごい大物になると思う」
 通訳の話をさえぎってまでそう語っただけに、その衝撃の大きさがうかがえる。
 選手たちも指揮官の見立てに同調した。この日本塁打を含む3安打のセスペデスは、「彼はまだ大学生で若いし(セスペデスは1985年10月生まれの24歳)、経験をつめばすごい選手になると思う」。先制アーチのオリベラも「菅野の才能は感じた。監督やセスペデスが言うように、経験はもっと必要だけど、投手として大切なものはすでに持っていると思う」。WBCにも出場した両選手が、その潜在能力を認めたのである。

「最後の回にフォークを試したら、『見えてないな』と感じた。次に生かせると思う」
 菅野は3者凡退に抑えた9回に手応えを感じた様子。“次”というのは、もちろん決勝トーナメントでの再戦だ。予選ラウンドの結果、再びキューバと当たるのは決勝となる。果たして世界一を懸けた大舞台で、その才能が輝かすことができるか。

強豪相手に鈴木大地が大活躍 藤岡はキューバのパワーに苦笑い=世界大学野球選手権vs.キューバ

2010年08月01日 19時55分02秒 | 野球(ライター時代の記事)
【日本 7-12 キューバ】

 第5回世界大学野球選手権の予選ラウンド第3戦、日本はキューバに7対12で敗れた。先発の藤岡貴裕(東洋大3年)が2被弾で3点を先制されると、その後も菅野智之(東海大3年)ら4投手をつぎ込んだものの、キューバ打線を止められず。16安打4本塁打を浴び12失点と打ち込まれた。
 打線は2回、鈴木大地(東洋大3年)の3ランなどで4点を奪い一時は勝ち越し。9回にも相手エラーと4本のヒットで3点を返す粘りを見せたが、反撃も及ばなかった。
 日本は予選ラウンドを2勝1敗で終え、B組2位が確定。準々決勝の相手と日程は、明日2日に決定する。

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 175センチ、75キロ。決して大きな体ではないが、秘めたパンチ力は本物だ。3点リードを許した2回、1点を返しなおも2死一、二塁。打席に立った鈴木大地(東洋大3年)が初球を狙い打ってフルスイングする。次の瞬間、鋭いライナーがライトスタンドに突き刺さった。初回の3失点で意気消沈するムードを吹き飛ばす、逆転3ランだった。

「球の速いピッチャーを予想していたけど、思ったほどではなかったです。相手がキューバというのは意識していませんでした」
 打ったサンチェスは昨年のWBCメンバーだ。“格上”ともいえる投手を打ち砕き、マウンドから引きずり下ろした。鈴木はこの日、第1打席でセンター前ヒット、第5打席でもライト線に二塁打を放つ大当たり。4打数3安打・1四球・3打点・1本塁打の大活躍だった。しかし、チームは敗れただけに、会見では終始渋い表情。「日本は3四球で満塁のチャンスをもらったときに生かせなかった。ここ一番の集中力で相手が上だったと思う」と敗因を分析した。

 東洋大では入学以来、5シーズンで東都リーグ4度の優勝、3度の日本一に輝いた。その常勝軍団において、勝負強さを買われ4番を務める。その持ち味は、時に中軸よりも頼りになるポイントゲッターになる。準々決勝からは負けられない戦いが続くトーナメント戦。何度となく訪れるであろう“ここ一番”で大地の勝負強さが力を発揮する。

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 圧倒的パワーに、ただ苦笑いを浮かべるほかなかった。厳しく内角を突いたつもりが、白球はレフトスタンド中段に突き刺さっていた。
マウンド上の藤岡の表情からは「あれを持っていくかあ」という諦めとも、感嘆ともつかない気持ちが読み取れた。

 決して調子が悪いようには見えなかった。直球は最速147キロを計測し、変化球のキレもいつも通り。だが、キューバ打線の破壊力は、一段も二段も上だった。「日本では通用する真っすぐが通用しなかった」と藤岡は悔しがる。榎本監督も「指示通り内角を攻めたが、中途半端になった。その分だけファウルにならなかった」と悔やんだ。
 
 榎本監督は「次はケンカ野球。もっと厳しく内角を攻めさせます」と再戦に意欲を見せた。この日の敗戦で日本はB組2位、キューバは同1位が確定し、再び対戦するには両チームともに決勝まで進出しなくてはならない。筆者は今後の投手起用は、準々決勝を野村裕輔(明治大3年)、準決勝をエース斎藤佑樹(早稲田大4年)の先発と予想する。そして決勝は、再び藤岡に先発マウンドを託しての総力戦になるだろう。藤岡は2回以降、キューバの強力打線が相手でもある程度試合を作れることを予感させた。カーブをうまく使ってタイミングをずらす場面もが見られたからだ。もし、筆者の思惑通りに事が進んだとしたら、藤岡はこの日の反省を生かし、しっかりと役割を果たしてくれるはずだ。

“代役先発”がもたらした圧勝 明大・野村が好投=世界大学野球選手権vs.中国

2010年08月01日 00時04分37秒 | 野球(ライター時代の記事)
【中国 0-15 日本】
(規定により6回コールド)

“代役”が日本の圧勝劇を演出した。第5回世界大学野球選手権の予選ラウンドで日本が中国に圧勝した。日本は初回、伊藤隼太(慶応大3年)のタイムリーで先制すると、3回には2本の三塁打などで3点を追加。4回には2死から8連打を浴びせ7得点を挙げ、突き放した。さらに6回にも4点を加え、コールドゲームを成立させた。

 前日30日の韓国戦は、2本の2ランによる4点と打線につながりを欠いた。しかし、この日は文字通り打って変わって次から次へと連打が飛び出した。そんな打線のつながりを生んだのは、澤村拓一(中央大4年)の負傷離脱で急きょ先発に回った野村祐輔(明治大3年)のピッチングだった。
「本来は澤村さんが先発するはずの試合だったので、『澤村さんの分まで』という気持ちは持っていた」と言う野村は、最速148キロの直球を中心に、中国打線をテンポ良く打ち取り、3回をパーフェクト。そして、「初回から飛ばして行きました。思い切り投げて抑えられたので良かった」と満足げな表情を浮かべた。
 これには 「彼はスピードガンに出ないキレを持っている。チームの8人の中で菅野に次ぐ球威があって、低めの制球力もある。澤村の代わり(の先発)は野村と決めていた」という榎本保監督も笑顔。思惑通りの活躍に、「完ぺきに試合を作ってくれて、攻撃陣に勇気を与えてくれた。“野村効果”が出た」と賛辞を惜しまなかった。

 また、この日は2番手の加賀美希昇(法大4年)、3番手の中後悠平(近大3年)も無失点。3戦目以降に備え温存したい菅野智之(東海大3年)こそ未だ出番がないものの、韓国戦でマウンドに上がった乾真大(東洋大4年)、大石達也(早稲田大4年)を含めたリリーフ陣全員が登板を果たした。3戦目のキューバ戦からは負けられない戦いが続く。その前に世界大会のマウンドを経験したことが、後々役に立つことだろう。
 31日は、昨年のWBCメンバー6人を擁するキューバとの対戦。優勝候補を相手に、日本の投手陣がどこまで踏ん張れるか、注目だ。

王子がサムライになった夜 斎藤祐樹、エースの仕事=世界大学野球選手権・予選リーグvs.韓国

2010年07月31日 01時55分17秒 | 野球(ライター時代の記事)
【日本 4-0 韓国】

 エースの背中には、いつだって大きく重いものがのしかかる。それが日の丸の入ったユニホームを着るチームであったのなら、なおさらだ。斎藤佑樹(早稲田大4年)は、そのプレッシャーをチーム結成時から背負い続けてきた。榎本保監督は、「投手陣の柱は斎藤しかいない」とことあるごとに口にし続け、地元開催の世界選手権の開幕戦いう大事なマウンドに、斎藤を送った。

「大学最後のジャパン(日本代表)なので、なんとしても勝ちたい、優勝したいという気持ちがあった」という斎藤は、きっちりとゲームをつくった。6回を投げ111球、被安打5、与四死球1、奪三振9。3者凡退は3回の1度だけ、得点圏に3度走者を進めるなど内容はいまひとつだったが、無失点で勝利投手と結果を出した。
 がまんの投球を可能にしたのは、斎藤の生命線、低めの制球力だった。145キロ前後の直球にたくみにチェンジアップ、フォークを織り交ぜ要所を締めた。なかでも、「社会人とのオープン戦で効果的だったので使った」というチェンジアップは抜群の効果を発揮。東京六大学のリーグ戦ではあまり使わないという“秘密兵器”だが、「空振りも見逃しも取れて、自信になった」と新たな武器に手ごたえを口にする。韓国の李淵守監督も「がまんできずに難しい変化球に手を出してしまった」と舌を巻く、老かいともいえる投球で開幕戦での勝利という大きな1勝を引き寄せた。重圧のかかる大事なゲームで、しっかり仕事を果たしたのだ。
 これには榎本監督も「(大会の)初戦は厳しいけど、よく投げてくれた。さすが斎藤という感じ。斎藤のがまん強さが勝因です」と賛辞を惜しまない。斎藤自身も、「どんな形でもいいから抑えたかったので、6回無失点という結果を出せてほっとしています」とプレッシャーから開放され、安どの表情を浮かべた。

 しかし、目標はこの1勝ではない。今夏の甲子園出場を決めた早稲田実高の後輩は、「斎藤さんが世界一になってから、自分たちも(甲子園での)優勝を目指します」と話したと聞き、「後輩たちが世界一を取れというエールをくれるのなら、取りたいですね。自分が2006年に甲子園を制覇したときも、王(貞治)先輩がWBCで世界一になった。今度は自分が(OBが世界一を取って早稲田実高が日本一になる)流れをつくりたいですね」と決意を新たにした。
 さらに、ベンチに飾られた2着のユニホームについて報道陣に問われ、「林崎(遼=東洋大4年)も澤村(拓一=中大4年)も去年から一緒に世界一を目指した仲間。能力のある2人を(負傷で)失ったのは本当に残念ですけど、その分チームが団結して勝っていきたい」と志半ばでの離脱を余儀なくされた2選手を慮った。
 後輩たちのため、仲間のため。斎藤の双肩には、また新たに重いものがのしかかる。それでも斎藤は、大事なマウンドに上がるだろう。“ハンカチ王子”と呼ばれたのは過去のこと。今の彼は、日の丸を背負うエース、立派な“サムライ”なのだから。
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“奪回”なる=東洋大、東都大学野球リーグ制覇

2010年05月19日 22時54分08秒 | 野球(ライター時代の記事)
【東洋大 9-8 国士舘大】

 いままでの優勝とは、すべてが違っていた。東洋大は19日、東都大学野球の春季リーグ戦第7週・国士舘大2回戦に9対8で勝利、勝ち点「4」の9勝3敗と星を伸ばし、2季ぶり15度目のリーグ制覇を決めた。

 昨秋、連覇が5で途切れ、“奪回”をテーマに臨んだシーズンを一言で表せば、苦しかった。第5週、中央大との天王山を落とし自力優勝がなくなった。「中央は強い。“もしかして”なんてないよ」(高橋昭雄監督)といつも強気な指揮官が白旗を揚げた。しかし、翌第6週、亜細亜大が中央大から勝ち点を奪う。しかも、2勝1敗と星をつぶし合い、消えた自力優勝が復活。ありえないと思っていた“もしかして”が現実となった。

 そして迎えた18日の国士舘大1回戦。連勝すれば優勝が決まるという状況で、高橋監督は今季初めて藤岡貴裕(3年=桐生第一高)を先発させた。今季、3連続完封を含む4連続完投勝利など大車輪の活躍を見せた左腕に負けられない一戦でも8回1失点と好投し、チームを勝利に導いた。

 舞台は整った。勝てば優勝。必勝を期して臨んだ試合だったが、初回に先発の乾真大(4年=東洋大姫路高)、2番手の藤田純基(2年=浜田高)が国士舘大の「目の前での胴上げは阻止したかった」(永田昌弘監督)という意地の前に計4失点。その裏、佐藤貴穂(4年=春日部共栄高)の3ランで1点差と追い上げたが、3回にも鹿沼圭佑(4年=桐生第一高)が2点を失う。再び1点差に追い上げた6回には、頼みの藤岡までもが2ランを浴び、3点差と突き放された。
 それでも、ナインの気持ちは切れなかった。「何点取られても、ベンチは暗くなったりしなっかった。いつもはピッチャーに頼っていたので、今日は『野手で勝とう』とみんな思っていました」と佐藤が振り返ったとおり、「今日で決めてやる!」という思いがバットに乗り移った。7回、2死から4安打2四球を集中させ、一挙4点で試合をひっくり返した。

「4年生が勝ち方を知っていた」(高橋監督)
 彼ら入学した直後の2007年春からの5連覇。その偉業の中で、「勝つためのすべ」は培われていた。そして、5位に沈んだ昨秋、負けることも知った。
 初めて“追う立場”で迎えたシーズン。「連覇を続けていた頃より、勝ちにこだわる野球ができた」(鹿沼)。その勝ちへのこだわりが、
積み重ねたひとつひとつの勝ち星が、優勝を引き寄せた。
 奇しくも、最後まで優勝争いを演じた中央大・高橋善正監督は言う。
「うちの選手が東洋に行って、何人レギュラーになれる? (直接対決で)1試合2試合勝てたって、リーグ戦では勝てないってことだよ」

 9回2死。マウンドの藤岡の目に、熱いものがこみ上げてきた。
「これまでの優勝とは、全然違います」
 この言葉に、今回の優勝の重みがぎっしりと詰まっている。
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