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黛信彦の時事ブログ

勝浦漁協の寛容 福田首相は涙

2008年03月02日 | 政治・政局
  人は、恨みを、それが生命に関わったとき、どのようにすれば寛容なれるのであろうか?


  新勝浦市川津漁協の漁師達は、江戸時代から伝わるという浜の儀式で、イージス艦「あたご」との衝突事故で、行方不明となった漁船『清徳丸』の吉清治夫さんと長男哲大さんに別れを告げ、2日、事故から12日ぶりにマグロはえ縄漁を再開した。

《以下、2日NHKニュース9要旨》
  2日、海洋調査船『なつしま』は、『清徳丸』と、手書きで書かれた赤い色の旗を、イージス艦『あたご』との衝突現場から、南に200m・水深1842mの海底から発見。
新勝浦市漁協の外記栄太郎組合長は、「これは、清徳の旗だ!」と断言した。この他にも長靴・ござ・スクリューなど『清徳丸』のものと見られるものが見つかり、『なつしま』は今後も調査を続ける。

  福田康夫首相は、2日午前9時過ぎ、海上保安庁のヘリコプターで千葉県勝浦市に降り立ち、6台の黒塗りの車列を組んで、事故で行方不明の吉清さん親子の家族らとの面会のために吉清さん宅に向かった。

  治夫さんの叔母・板橋よし子さんは、報道マイクに向かって「泣いて泣いて涙が枯れきったところですよ。それだって涙はどこからか出てくるから。だけど今時分(福田首相が)来るっつうのは遅いよ!」と。

  福田総理と吉清さんの家族との面談は30分近くに及ぶ。
福田総理は「もう少し早く来ることができればよかった。事故を起こし、このような大変な事態を招いてしまって非常に申し訳ない」と謝罪した。
  これに対し吉清さんの家族らは「事故が繰り返されることがないよう、しっかり取り組んでほしい」と要望した。

  治夫さんのいとこ、中ノ谷義敬さんは「首相も涙ぐんでくれた。「大変なことをしてしまった」と。で、親と子の写真の前で手を合わせて、それこそ涙ぐみながらも俺なんかに言ってくれました「こういうことは二度としないように頑張りますから」」と。
  家族らは福田首相との別れ際に、中ノ谷さんから、「家族の気持ちを全部書いてありますので、官邸のほうに行ったら、ぜひ目を通してください。」と、家族らの気持ちを綴った手紙を手渡した。手紙には事故後の、国の対応への感謝の気持ちが書かれていたという。
  報道記者の質問に中ノ谷さんは「家族一人ずつの意見を聞いて、それをまとめて総理に渡したのだ。これ以上のことは迷惑かけられない。どうもありがとうございました。という気持ちで総理に手紙を出した」と答えた。

  
  一方、官邸に戻った福田首相は「いろいろお話を伺いました。お父さんは一家の大黒柱だから当然ですけれども、哲大さんはまだ23歳、一生懸命お父さんを手伝って仕事をしていたと聞いた。石破防衛相はじめ艦長さんも、そう簡単に辞めて、それだけということではなく、そういうことが起こらないように皆を指導してほしいと、言っていた。本当に国民から信頼される防衛省・自衛隊になって欲しい。そのために改革をしなければいけない。」と述べた。

  2日の日没をもって海上保安庁の吉清さん親子の捜索は打ち切られた。海上自衛隊の捜索は引き続き継続される。
  外記組合長は「地元としては十分にやっていただいたと考えていますから、大変ご苦労様さまでしたということを申し上げたいと考えています。」と。

  人は、恨みを、それが生命に関わったとき、どのようにすれば寛容なれるのであろうか?

海保、捜索打ち切り 海自は当面継続 イージス艦事故(朝日新聞) - goo ニュース
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