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黛信彦の時事ブログ

浜矩子語録(174) ユーロ危機の妖魔は通貨ユーロ

2012年10月14日 | 浜矩子語録

以下は、同志社大学大学院教授・浜矩子が10日、公益財団法人・新聞通信調査会主催の招きで特別講演した、演題『メルトダウンへ向かうEU~報道の役割』の語録で、前篇の続きである。

(前篇に続く)~・~ ユーロのメルトダウンを防ぐ手立てとして『打出の小槌』か『銀の弾丸』のどちらが良いかと考えれば当然、『銀の弾丸』が宜しいでしょう、ということになるわけでございますが、『銀の弾丸』であれば何でも良いというわけにはまいりません。 どこをターゲットにして、どんな性格の弾を撃ち込むことでメルトダウンの悪魔をやっつけられるかということになってくる訳でございます。

私は、端的に申し上げればユーロ圏、ユーロという通貨そのものに照準を合わせるのが妥当だというふうに考えます。

今ユーロ圏をこんなに揺り動かしている悪魔、妖魔の正体は実を言えばユーロという通貨そのものであると思うところでございます。

歴史的に見れば、もともと、明らかに存続の可能性が無いと思われるユーロという通貨を無理やりに導入してしまった。 それは通貨統合という魔術、妖術にヨーロッパの人たちが負けたということでございますが、どう考えても継続が不能な単一通貨を(今では)17カ国が共有していること自体に無理があるから、今あるような危機に陥っているのでございます。 危機の張本人がユーロという通貨であるのにユーロという通貨を守るために次々と打出の小槌を振って行くと、振る方が疲れ果ててしまって、結局のところ万事窮す。 その時にユーロが消滅するのであると、そのことの痛みは計り知れない事になる。 主体的にユーロに止めを刺すことを彼らは考えるべきであると私は考えております。

それでは、なぜ止めを刺さなければならないか、どういう止めの刺し方があるのか。 まず、なぜ止めを刺さなければならないのか、なぜユーロは維持不能なのかということについて考えて行きたいと思います。

私は、どう考えても今のままの姿であれば遠からず消滅すると考えております。 それは、単一通貨が成り立つ条件を考えれば理解できることでございます。

一つの経済圏の中で多数の国々が存在しているとしても、その経済圏の中では一つの通貨を人々が共有する、これが単一通貨圏ということになりますが、これには2つの条件が満たされる必要がございます。 と言いましても、2つの条件のうちどちらかが成り立っていれば、その経済圏に単一通貨を導入することが成功するであろうということでございます。

その条件1、その経済圏において経済自体の収斂度が完璧であること。 その経済圏の中で地域格差が一切存在しないということでございます。 更に言いかえればその経済圏の中であればどこに行っても物価水準は完璧に同じ、賃金水準も完全に横並び、失業率も横並びということでございます。 このように経済状況の基礎的な事柄が横並びであるがゆえに、その結果として金利もその経済圏の中であれば同じである。 こういう条件が満たされた時、その経済圏には自ずと単一通貨圏が成り立つと言って宜しゅうございましょう。 

その2、経済収斂度は完ぺきではなく地域経済格差がある経済圏にどうしても単一通貨を導入したい、それを可能にする方策は無いのかというとそれは実はある。 それが第2条件ですが、それは、存在する地域経済格差を埋めるための中央所得再分配装置とでも名付けるべきものであるような仕組みを用意すれば良い、ということでございます。 中央所得再分配装置というのは、平たく言えば、金持ちエリアからカネを分捕って貧乏エリアに恵んであげる、補助金を出すとか事業を行い衰退地域の活性化を図るというような、突出したところをある意味押さえつけて落ち込んでいるものを引っ張り上げる、という格好で、その経済圏津々浦々を均(なら)して行く、こういうこと行うための所得移転装置、所得再分配装置を用意しておけば地域経済格差が存在する状態でも単一通貨を導入することが可能という事になるわけでございます。

ここまで申し上げればすぐおわかりのとおりでございますが、今のユーロ圏にはこの単一通貨圏を成り立たせる条件のどちらも存在しないわけでございます。

経済実態の収斂度は完璧どころかギリシャとドイツの経済パフォーマンスに格差のある国々が一つの通貨を共有しているから問題が起きてしまったわけでありますし、だからと言って自らギリシャに所得を移転するための所得再分配装置が用意されている訳でもないのでありまして、そういうものを作るという事に対しては、ドイツは絶対にイエスと言わない。 かくして、ユーロ圏にはそもそも単一通貨圏がいぜれにせよ成り立っていない訳ですから、したがって単一通貨圏として長続きできるはずがない、ということでございます。

では、なぜ、そのような代物を彼らは作ったか?が問題になるわけでございますが、ここが悪魔に見入られる怖いところでございます。

実は、経済の世界は全く関係ない理由が突然出現してきたからでございます。 経済的力学から見れば、あの時点で単一通貨を導入することには大いなる無理があったわけでございます。 多くの人が百も承知で、そのことを無視して政治がユーロという通貨の導入に向かって1990年代末に突っ走った。 この政治の思惑にけしかけられてユーロという通貨が誕生してしまったというのが今日に至る経緯であると思います。

皆さま、政治は思惑でございますが、経済は力学でございます。 経済の力学を政治の思惑でひん曲げることは本当はできない(やってはいけない)ことでございまして、それをやってしまう事が凄く危険だということが今の惨状に表れていると思うところでございます。

ではなぜ、あの時そうなったかと言えば、これはひとえに1990年に誕生した統一ドイツという存在の一人歩き、統一ドイツがヨーロッパの中で主導権を握ることを避けたいという欧州政治の強い危機感がああいう展開をもたらしてしまったという側面がございました。 ベルリンの壁が崩壊したことをヨーロッパ人たちは、喜びはしましたが、喜びながらも同時並行的に非常に多くの国々が心配になった。 東ドイツを人質に取られている西ドイツではなくて、統一ドイツとなった西ドイツはヨーロッパの中でどんな振る舞いをするであろうか? かつてのドイツのように「物言わぬ経済大国」として大人しく「カネは出すけれども口は出さない」というふうにやって行くであろうか? 統一ドイツの通貨であるマルクが、西ドイツマルクと同じようにヨーロッパの中で存在感を持ち続けて良いのだろうか?というような危機意識を多くのヨーロッパ人たちが持ったわけでございます。

この危機意識で物凄い表現をしたのがイギリスのかのサッチャー元首相。 相手はミッテラン独大統領だったと思いますが、「東西ドイツの統一という歴史的出来事はナチス・ドイツの誕生に匹敵する最悪の展開である」というように言ったわけで、実にサッチャーさんらしい言い方でありますが、多くのヨーロッパ人がそこまで露骨に言わないまでも、どこかにそういう感情を持っていたようなことがあって、その統一ドイツの力を封じ込めてしまえと、その器として欧州単一通貨を使おうではないかという発想に従って動き出したのがユーロ構想であると言えると思います。 そういう国々の驚異・懸念というものには、新生統一ドイツも、これに従わなければ自分たちのヨーロッパにおける位置づけもないかもしれない、ドイツもそういう危機感を持って、ドイツは決して反対するわけにはいかないなというところに行ってしまった。 ドイツ連銀は「採算が合わないから今の状況で踏み切ることはないだろう」と言っていたのですが、そういうことを貫徹することはある意味ヨーロッパにおけるドイツの立場を悪くすると認識していたので、むしろドイツが積極的にユーロ構想をフランスと共に推進する姿を見せることによって国々の不安を払しょくするという姿勢を取らざるを無いという中で、経済合理性の面を全部棚上げした中でユーロ圏が発足したという事情があるわけでございます。

ところがところが、なんと皮肉。 ユーロ圏というのはドイツの力を封じ込めるために作られたものであるにも関わらず結局のところユーロ圏を救わなければならないという中で、誰が『打出の小槌』を振るわなければならなくなるかと言えば、その力を持っているのは結局ドイツしかない、『打出の小槌』と言ったって、結局それはドイツの懐のことでなないか、ということになって来ているわけでございます。 何とも皮肉なことに、ドイツを封じ込めるために作ったユーロ圏がドイツの力を前面に顕在化させる道具として作用してしまっている。

ユーロという通貨はそのようにたちの悪い妖魔であるわけで、これに『銀の弾丸』をもってやっつけるべきものは、ユーロという通貨そのものであるわけでございます。

ところで計画的に皆の合意のもとにユーロ圏の解体をするのであればそれなりに整然としたプロセスを考えることができるかも知れませんが、そうではなく、『打出の小槌』を振りながら結局力及ばず、ということになって空中分解という事になると、非常にグローバルな衝撃も大きいですし、ドイツとその他諸国との関係も何とも言えない状況になってしまいます。

いみじくも、メルケル首相がギリシャを訪問しております。 「ドイツは決してユーロ圏からギリシャを追い出そうとはしていない」と言う事を示すために。

今ギリシャで一番嫌われているのがメルケル首相ですが、ドイツ無かりせばギリシャは当然国家破綻している、ドイツのカネで助かっているのに、そうであればあるほどドイツが憎いということで、この訪問に合わせてヒトラー・ドイツの再来を模した仮想デモがギリシャで行われたりしております。 そういう出来事にも耐えてメルケルさんは「皆で仲良くやりましょう」と言っているのですが、そういうパフォーマンスの一方で、『打出の小槌』から振られて出たカネではないもの、それが欧州銀行同盟というのを作るという構想で、これはユーロ圏を中心として銀行は全部一つの傘に入る。 スペインの銀行とかドイツの銀行というのは無くなり、EUワイドな銀行体制を作ろうという構想が『打出の小槌』の中から出てまいりました。 こういう格好で統合欧州全体で金融行政を行う事で、とんでもない金融暴走が起こらないようにしようという構想でございますが、もしこの銀行が実現したときその銀行監督の為の最高意思決定機関の中においてドイツはその国力に応じた投票権をもらうべきだという事をメルケルさんは主張しております。

これに忠実に従えばドイツはユーロ圏の半分、統合欧州の三分の二の経済規模を持っている訳ですから、もし彼女の言う事を聞くのであれば統合欧州としての銀行監督はドイツが一義的にコントロールを持つことになるわけです。

段々、そっちの方面に行っている側面があることの思いを彼女が表明していることも事実でございます。

一方で、前述のようにメルケルさんは「他意はありめせんよ」とギリシャを訪問したりしている訳ですが複雑な底流が段々表に出てきている、それが統合欧州の今日このごろでございます。

結束を強めるため、そしてその結束の中でドイツが突出しないようにするために作られたユーロなのでございますが、そのユーロの存在のおかげで結束は歪み、ドイツの突出ぶりは目立つ一方である。 

こんなふうになってしまっている訳ですから、そんなユーロはそのまま維持するという事は、私は百害あって一利なしだと思います。

どうしても、ユーロを存続させたいなら、設計を全く変えなければいけません。 たとえばユーロ圏を二リーグ制にもって行くなども一案だと思いますが、そのような第設計変更をも含めて、『銀の弾丸』の中には二リーグ制ユーロという構想が込められていてもおかしくないと思いますが、いずれにしても今のままのユーロ圏を『打出の小槌』を振り続けることで存続させようとすれば、結局のところ自分で自分の首を絞めることになるということで、今の段階は『銀の弾丸』が発射されるべきときである、と思う次第でございます。

このように私はユーロとユーロ圏を見ている訳でございますが、そこでこれに対して(演題のタイトルの)取ってつけたような「報道の役割」というものを加味して行かなければならないわけですが、取ってつけたと言いながら報道の役割はとても重要だと思っております。 ユーロ圏問題に関してことのほか、そしてグローバル経済社会の津々浦々で起こる全ゆることを報道するメディアの皆様において、今から申し上げることを頭の片隅に置いて頂けると嬉しいな、というふうに思います2つの言葉がございますが、この言葉に生きていたある人の発言でございます。 その人の名は、ジョーン・ロビンソン(女性)という経済学者で、この人は1903年から1983年くらいまで生きていた人でございまして、イギリスのケンブリッジ大学で研究をしていた経済学者であります。 この人は大いなる研究成果も残しているのですがなかなかの毒舌家でもありまして、辛口の面白い言葉をたくさん残しております。

これから申し上げる彼女が残した2つの言葉はいずれも、あたかも今日の報道陣の皆さまに対して、時を超えて発せられた言葉と申し上げても良いというふうに思います。 

その一は、「どんな馬鹿でも質問に答えることはできる。 重要なことは質問をはっすることである」ということでございます。 然るべき質問を発することで事実は暴かれて行くわけでございます。 シャーロック・ホームズでも、質問が良いから人々が隠したい事実が顕わになるわけでございまして、正に今のユーロ圏のメルケルさんをはじめ皆さんは実態と違う事を言っている、それを質問によって本当の事を言わざるを得ないところにもっていく、それがメディアの力であり仕事だと思います。

その二は、「経済学を学ぶ目的は経済上の諸問題に対して出来合いの解答を手に入れるためではなく、経済学者に騙されないようになるためである」。 やはりこれもメディアに対しても言えると思います。 ユーロ圏の報道をされる皆さまは、ユーロ圏の問題の出来合いの回答を一刻も早く手に入れる為にやっているのではなくて、ユーロ圏の政策責任者たち、『打出の小槌』を振っている人たちに騙されないようになるために色々なユーロ圏の情勢をウオッチされているということになるわけでございます。

答えの『質』は質問の『質』に物凄く影響されます。 私も、色んな質問に苦し紛れに答えるわけでございますが、やはり質問が馬鹿だと私の答えも実に馬鹿になってしまいます。 鋭い切り口の素晴らしい質問を投げかけていただくと、「何で私はこんなに頭が良いのだろう」というような素晴らしい答えが出てまいります。

ユーロ情勢は何とでも答えようがある、というところに怖さがありますから、部外者を煙に巻くことは容易なことでございます。 その煙幕の向こう側にあるユーロ圏の真相を決して、騙されないで見抜くことをお願いしたいと思います。

ことのほかユーロ圏の役人さん、中央の銀行さん、それから政治家も、彼らが一様に得意とすることは何か、如何に嘘をつかずに本当の事を言わないか、ということでございます。 この芸当に物凄く長けた人たちを相手に欧州情勢を報道してくださるわけですので、鋭い切り込みで真相を我々に伝えていただきたいと思います。 (了)


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