国際医療について考える

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ジフテリア・百日咳・破傷風 三種混合ワクチン [DPT Vaccine]

2010-04-08 | Vaccine 各論

1988年から1994年にかけて米国の調査でジフテリアの抗体価保有率は6歳以上で61%、20歳以上で47%、70歳で30%と低下していた[McQuillan GM, Ann Intern Med 2002]。1955年におけるロンドンでの同様の調査では長期予防効果のある抗体価保有者は31%、予防効果のある抗体価保有者は31%であった[Maple PA, Lancet 1995]。1980年から1996年にかけては抗体価低下に関わらず、実際にジフテリアに罹患する患者は45症例のみと少なかった[CDC, 2005]が、十分に免疫を保有していない人の流行地域への渡航ではジフテリア罹患の危険性がある。

免疫の減弱に対して10年毎にジフテリアを減量したTdの定期接種が推奨されるようになり[CDC, 2007]、続いてACIPが成人における百日咳の増加から10(11)歳から64歳に対してTdap(ADACEL™, Boostrix™)の接種を推奨した。抗原量による副反応の問題からTd追加接種から2年はあける必要あり、DTaPとは区別する必要あり。


日本にTdapが認可されていないことから、DPT(トリビック®)0.2mlを22-50歳の164名に接種した研究結果では(1)、接種前後での抗体陽性率は破傷風抗毒素抗体で67%→92%、ジフテリア抗毒素抗体で94%→96%, 抗PT抗体で53%→99%抗FHA抗体で85%→99%であった。

ジフテリアに関する接種前の抗体陽性率は20代, 30代, 40代それぞれにおいて、抗PT抗体で59%, 43%, 22%、抗FHA抗体において88%, 80%, 67%であった。また接種後に抗体陽性とならなかった症例はジフテリア抗原含有ワクチンの接種歴がない8人のうちの2人であった。

副反応に関して、重篤な反応尾を認めず、発赤が6.7%、腫脹が6.1%と乳幼児に0.5mlを接種した場合のそれぞれ40.3%, 20.7%よりも発現頻度が低い結果となった。

よって、成人に対するDPT0.2ml追加接種は、安全性について大きな問題は認められず、大多数で抗体価が優位に上昇しているため、成人に対するジフテリア予防策として有用であるとされた。

日本でのジフテリア及び破傷風の第2期(定期接種)予防接種については、11歳以上13歳未満の者(11歳に達した時から12歳に達するまでの期間を標準的な接種期間とする)に、通常、DT0.1mLを1回皮下に注射する


それぞれの含有量[各添付文書+(1)、小児感染免疫2006 18;2:203-11]



・国内
DPT0.2ml(阪大微研®)=T1Lf, D6Lf, PT9.4μg, FHA9.4μg
*日本での臨床試験あり(1)

DPT0.5ml(阪大微研®)==T2.5Lf, D15Lf, PT23.4μg, FHA23.4μg (追加接種の一変に関する審査結果報告書

DPT0.2ml(北里®)=T1Lf, D6Lf, PT2.44μg, FHA20.64μg
*日本での臨床試験あり(2)

DPT0.2ml(タケダ®)=T1Lf, D6Lf, PT1.28μg, FHA13.76μg

DPT0.2ml(デンカ®)=T1Lf, D6Lf, PT3.6μg, FHA12.8μg

DPT0.2ml(化血研®)=T1Lf, D6Lf, PT3.2μg, FHA12.8μg

DT0.5ml=T5Lf, D25Lf

DT0.2ml=T2Lf, D10Lf

DT0.1ml=T1Lf, D5Lf

T0.5ml=T5Lf


・海外(0.5ml)
dT(sanofi pasteur)=T5Lf, D2Lf

Tdap(GSK)=T5Lf, D2.5Lf, PT2.5μg, FHA5μg

Tdap(sanofi pasteur)=T5Lf, D2Lf, PT8μg, FHA8μg

DT(sanofi pasteur)=T5Lf, D6.7Lf

DTaP(sanofi pasteur: DAPTACEL®)=T5Lf, D15Lf, PT10μg, FHA5μg

DTaP(GSK: Infanrix®)=T10Lf, D25Lf, PT24μg, FHA25μg


解釈:ジフテリア、百日咳をカバーするワクチンを渡航外来において自費で打つことを推奨するかどうかは別の話かもしれないが、社会的なメリットはあるので、意識の高い人は勧めても良いだろう。

カリフォルニア州で百日咳のアウトブレイクがあった時期を含む期間の、PCR確定例発生予防におけるTdap接種の有効性は中等度(53-64%)で、その利益は乳幼児期に受けた百日咳ワクチンの種類にかかわらず同様。一方、乳幼児期に百日咳ワクチンの接種を受けていなかった高齢者の集団では、Tdapによる百日咳罹患率の低減の利益は、接種歴のある集団に比べて小さい。
(BMJ, 2013: PMID23873919)

PT:百日咳毒素, PHA: 繊維状赤血球凝集素
acellular vaccine: 精製により菌体を除去して副作用を低減したワクチン

References:
(1) 伊藤宏明ら, 日本小児学会雑誌2010;114(3)
(2) 柳澤如樹ら, 感染症学会2008;83(1)
(3) 日本ワクチン学会 ワクチン推進ワーキンググループ 沈降精製百日せきジフテリア破傷風ワクチン(DTaP)の追加接種臨床試験 

その後の日本国内での対応
DPT製剤は、DPT-IPV製剤が定期接種化された影響等から2014年12月に販売中止となったが、2016年2月24日、PMDAによる審査報告書が公表され、阪大微研が製造する沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン(トリビック)について、11-13 歳の DT2 期における接種が可能となる、用法・用量の変更が承認された(ワクチン評価に関する小委員会 資料)。2017年12月に阪大微研が再販売を発表。

用法用量に関する主な改訂内容

百日咳は2016年10月19日にLAMP法による検査が保険適用検査として収載され、2018年1月より全数把握疾患となる(審議会資料通知)等、国内のサーベイランスシステムが大きく変更されている。

 

百日咳に対する追加接種間隔の検討:N Engl J Med 2012; 367:1012-1019
4~12 歳で百日咳 PCR 陽性の小児 277 例を,PCR 陰性の対照 3,318 例と、マッチさせた対照 6,086 例と比較
PCR 陽性児は PCR 陰性対照(P<0.001)やマッチさせた対照(P=0.005)と比較して,5 回目の DTaP を早期に接種していた確率が高かった
PCR 陰性対照との比較では,オッズ比は 1.42(95%CI: 1.21~1.66)で、DTaP の 5 回目の接種後に,百日咳に罹患するオッズは 1 年あたり平均 42%増加する
百日咳に対する防御能は,DTaP の 5 回目の接種後 5 年間で減弱した(COI: カイザーパーマネンテから研究助成あり)

米国での状況
ACIP 2011年に乳児死亡を減少させるため、接種歴がない場合には、出産後ではなくて妊娠中にTdapを接種することを推奨。
2012/12/06には、過去の接種間隔と無関係に妊娠27-36週でTdapを接種することを推奨。
Tdapを接種した母から生まれた新生児の方が、百日咳に対する抗体価が高い。

2011年11月から2013年2月までにミシガン州Medicaidを受けた第一子を妊娠中にTdapを接種した18歳以上の妊婦は、14.3%のみであった。
人種間によって6.8%-21.9%まで接種率には幅があった。
Vaccination with Tetanus, Diphtheria, and Acellular Pertussis Vaccine of Pregnant Women Enrolled in Medicaid — Michigan, 2011–2013
September 26, 2014 / 63(38);839-842

 


各国のDPTワクチン及びHib, HBVワクチンの接種スケジュール(2014.05 厚生労働省審議会資料)
  

Eurosurveillance, Volume 19, Issue 5, 06 February 2014
A COCOON IMMUNISATION STRATEGY AGAINST PERTUSSIS FOR INFANTS: DOES IT MAKE SENSE FOR ONTARIO?
要旨:
百日咳による乳児死亡は予防接種が完了していない乳児に生じるため、カナダのオンタリオでは、成人のブースター接種が近年予防接種プログラムに追加された。
コクーン戦略(注1)が実施された場合に、乳児における百日咳の罹患、入院、死亡を予防するため、予防接種を必要とする成人の数を推計したNNV解析を実施。
報告されない百日咳で補正を行った、百日咳による発症、入院、死亡を予防するために必要な予防接種者数は、それぞれ500-6,400人、12,000-63,000人、110万人-128万人であった。 
補正を行わない場合には、それぞれ5,000-60,000人、55,000-297,000人、250万-3020万人となる。 
これらの解析の結果、比較的高い接種率で定期接種が実施されており、百日咳の罹患率が低いオンタリオではコクーン戦略はあまり効率的ではないことが示された。
コクーン戦略を検討する際には、その地域の疫学情報を十分に考慮する必要がある。

結論:
予防接種プログラムを実行した場合の推計や効果を考慮し、百日咳ワクチンのプログラムの目的によって、コクーン戦略は好ましいとも好ましくないとも考えられる。
目的が一般人口における死亡率を減らすことであれば、可能な選択肢の中で定期接種は最も有効な方法かもしれない。
高い予防接種率においても百日咳が増加している地域で、また一般人口を対象とするよりも子どもの両親に介入しやすい地域で、現在の疫学的状況下では、コクーニングは最も実効性のある戦略であり、乳児を守るための唯一の戦略だろう。
どの想定でも
比較的多数の対象者に予防接種を行う方法における非効率性は、NNV解析において明らかである。
また集団免疫、接種の方法に関わらず、長期間の予防効果により集団免疫を高め、効果的に乳児をまもることができる、より良いワクチンが必要とされる。 

注1)  コクーン戦略(Cocoon Strategy): 新生児・乳児に接触する(近くで世話をすることで感染症をうつしてしまう可能性のある)母親や家族が、事前に百日咳の予防接種を受けて免疫を獲得することで、予防接種を完了するまでに新生児・乳児が百日咳に感染から守るための戦略。 

英国での状況(2016年)

英国での流行を2012年に宣言、一時的に2012年10月から妊婦への予防接種を実施した。
2014年6月にJCVIが更に5年間、妊婦への接種を継続することを推奨
2016年4月からは予防接種の対象時期の推奨が妊娠28週からであったものが、妊娠20週前後に実施される胎児の解剖学的評価時に提案できるよう16週から可能に変更され、同年8月から実施。
接種率はGPからの報告率が100%ではなく93%程度であるため、過大評価する可能性もある。
また、冬季にはインフルエンザワクチンの同時接種者が増えること等により接種率が上昇する傾向がみられる。
乳児死亡は流行ピーク2012年時に14人だったが、10月に妊婦へのTdapを推奨後は2016年末までに累計18人となっている。

 

Laboratory confirmed cases of pertussis reported to the enhanced pertussis surveillance programme in England: annual report for 2016

Pertussis vaccination programme for pregnant women update: vaccine coverage in England, October to December 2016

Pertussis Vaccination Programme for Pregnant Women: vaccine coverage estimates in England, October 2013 to March 2014 

 

世界のDPT接種率 (Source: WHO/UNICEF coverage estimates

 

 

減量接種による健康被害の法的対応(日本医事新報 NO.4719 2014.10.4 p68)
医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、「医薬品副作用被害救済制度」と「生物由来製品感染等被害救済制度」を持ち、病院・診療所で投薬された医薬品、薬局などで購入した医薬品を適正に使用したにも関わらず発生した副作用による入院が必要な程度の疾病や障害などの健康被害について救済給付を行う。
「法廷予防接種(定期接種)」による健康被害は、別に「予防接種健康被害救済制度」という公的救済制度があるが、任意接種に対してはPMDAが持つ救済制度が対象となる。
ただし「医薬品・生物由来製品の製造販売業者などの損害賠償責任が明らかな場合」、「救命のためにやむをえず通常の使用量を超えて医薬品を使用し、健康被害の発生があらかじめ認識されていたなどの場合」、「医薬品の副作用、生物由来製品を介する感染などにおいて、その健康被害が軽度な場合や請求期限が経過した場合」、「医薬品・生物由来製品を適正に使用していなかった場合」は「医薬品副作用被害救済制度」と「生物由来製品感染等被害救済制度」の救済給付の対象とはならず、対象外医薬品による健康被害の場合は、「医薬品副作用被害救済制度」のみが適用されうるという制度設計になっている。
任意の予防接種は医薬品を適正に使用していたと認定される必要があり、この点は医療訴訟などで議論される「当時の医療水準」を満たしていたかどうかというような発想で認定作業が行われることになると考えられる。
いずれにしても、インフォームドコンセントの形成は、予防接種の施行に限らず必要かつ十分になされなければならず、施行時の医療水準としてしっかりとした評価がなされている医療介入であること、また万一の場合は、このような救済制度もあることなどを説明しておくことが妥当。
ただし、具体的なインフォームドコンセントの形成方法や程度は、事後的にこのような救済制度や医療訴訟の審理の中で吟味されることであるので、事前に類型化することは困難である。
責任を問われたときも今までの臨床経験に基づいて、自らこのような形でインフォームドコンセントの形成をしておけば必要十分でないか、「なぜか、なぜならば」と説明が可能な程度に行っておくべきである


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