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デング熱 チクングニア熱等の名前の語源・日本における過去のデング熱の流行

2012-05-12 | Dengue fever

デングウイルスの語源
タンザニアのザンジバルで使われていたスワヒリ語で”Ki-dinga pepo” 「よろめく」とか「ふらつく」という意味
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20746649

チクングニアウイルスの語源
タンザニア南部に住む部族のMakondeによる現地語で”kungunyala”で「前かがみになって歩く」という意味
http://www.ias.ac.in/jbiosci/nov2008/443.pdf
http://www.icmr.nic.in/ijmr/2006/november/editorial2.pdf

ジカウイルス
1947年に最初に同定された場所であるウガンダの森林の名前 
 First case of Zika virus reported in Puerto Rico

日本における過去のデング熱の流行事情
1942年(昭和17年)7月4日、13例のデング熱患者を含む75名の乗組員が乗った軍用船が長崎に入港した後(全乗組員が上陸)、7月11日に長崎市で2名の熱病患者が発生し、7月末までに合計9名の熱病患者が発生した
8月には同様の患者が急激に増加し、患者数は2259名に達し、長崎医科大学によりデング熱と診断された
10月初旬までに累計13,323名のデング熱が公式機関によって報告された
デング熱が発生、時を経ずして、佐世保、広島、呉、神戸、大阪などにも波及した
この流行はその後も1944年(昭和20年)まで毎夏連続発生し、その間の患者数は確定診断でないにしても少なくとも20万人に及んだとされている
1945年にもデング熱の発生が観察されたが、原子爆弾被害を含め、多くの都市が九州による爆撃にさらされたため、詳細な調査は実施されていない
1946年以降、国内におけるデング熱の流行は記録されていない 

戦時中のデング熱の流行の原因としては、防火水槽による蚊の大量発生、効率的にデングウイルスを媒介するネッタイシマカが一時的に軍用船などにより運ばれ、日本国内に生息したためなどと考えられる 

流行が3年間、継年発生した原因としては、稀(最小感染率1:4500)であるがヒトスジシマカによりデングウイルスが経卵伝達しうることが証明されており(Rosen, 1983 1984 1987)
 、影響は否定できない

参考文献
デング熱媒介蚊に関する一考察 Med. Entomol. Zool. 49(4):267-274, 1998 
輸入感染症としてのデング熱The Topic of This Month Vol.21No.6(No.244)
大分感染症研究会海外感染症話題 平成16年11月第5巻第4号
デング熱・デング出血熱と最近の知見 モダンメディア 53 巻 6 号 2007 


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