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橿原市北部地域 万葉故地廻りサイクリング

2015年03月30日 | 旅行

         <橿原市北部地域マップ クリックで拡大>

 早朝の新幹線にのり、京都経由で、近鉄「橿原神宮前」駅下車。駅構内で昼食用の好物”柿の葉ずし”を購入。
青空で気温も高め、上々の日和だ。
近鉄「橿原神宮前」駅にて、レンタルサイクルを調達し、自分で作った万葉故地を廻る8ポイントのプラン。
いざ出発 12時10分。


近鉄「橿原神宮前」駅、スタート
「橿原神宮前」駅には若いころから何度も来ている。だいたい知り尽くしているが・・・。


橿原神宮前を横に見て、走る。


神武天皇陵で小休止。


神武天皇陵を過ぎ、畝傍山がだんだんと遠ざかる。

最初のポイント、河俣神社に到着。12時35分。
ここは初めて。

1.橿原市雲梯町 河俣神社
 皇室の守護として宮都近くに鎮座した神で、万葉集に「卯名手の社」と詠まれたようだ。河俣神社のある雲梯町は、畝傍山の北西3㌔くらいのところにあり、神社からも畝傍山が一望できる。


曽我川沿いに建つ河俣神社。
思はぬを 思ふと言はば 真鳥住む 雲梯の杜の 神し知らさむ  巻12-1300
今では真鳥(鷲)が住むようにみえないが、かっては大きな森に囲まれていたのだろう。


曽我川と満開の桜。真鳥ではなく、花を好む野鳥がみられる。

2つ目のポイント、今井町。12時54分。

2.今井町
 戦国時代の寺内町が原型となり、今も江戸時代以前の建物が多数存在する。近世以前の町並みがこれだけまとまって残っている場所は日本では他に無いといわれ、重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。


道の奥に、突然と古民家が現れた。今井町。今回初めての訪問場所だ。


今井町の町並






今井まちなみ交流センター華甍
明治36年(1903)高市郡教育博物館として建設され、昭和4年より今井町役場にも使用されていました建物で、現在は今井町の歴史を紹介する施設になっている。


華甍の休憩処のわきに立つ、万葉歌碑と見事な桜。
櫻を愛でながら、好物の柿の葉ずしの昼食をとる。遅めの昼食だったので、一息に食す。

JR桜井線ガードをくぐり、北上すると、3つ目のポイント人丸神社に着く。13時31分。

3.小綱町 入鹿(いるか)神社と地黄町 人丸神社


入鹿神社
乙巳の変で討たれた入鹿の首が飛んできたのを祀ったといわれる。一般に逆臣とされる蘇我入鹿を祀る全国でも唯一の神社だとか。
そして「鶏の声を合図に首をはねられたので昔は小綱町では鶏を飼わなかった」


大日堂
同じ敷地に建つ正連寺大日堂
元は普賢寺(今は廃寺となっている)の本堂。兵火に焼かれ、再建し、他勢力により衰退し宗派も変わり、明治の廃仏毀釈により廃絶。
仏体は隣接する正連寺に合祀。大日堂は明治初期に13円なにがしで売却され村の管理になるが大正8年正連寺の管理に戻した。・・と波乱にとんだ歴史を持つ。


人丸神社
万葉歌人柿本人麿を祀る。新庄町の柿本神社から分祀されたと伝わる。
江戸時代以降は人丸大明神社と呼ばれ、数多くの人々の崇敬を集めましたようだ。

4つ目のポイント、磐余神社 13時54分。
20年前に来た時はもっと古刹の感じだった。

4.中曽司町 磐余(いわれ)神社
 曽我川の東側に鎮座する磐余神社は平成10年に鳥居や灯篭などが改修されたため境内は真新しい雰囲気。また、桜の美しい神社でもある。祭神は「神日本磐余比古命」、神武天皇である。
曽我川は御所市重坂峠に発し、橿原市中曽司町で桧隈川を合わせ、東の飛鳥川、西の葛城川と並んで北流し、大和川に注ぐ。
曽我町は蘇我氏の本拠ともいわれる。


磐余神社


社殿

ここから、中和幹線を東に進み、常磐町 春日神社を目指す。
途中、飛鳥川を渡る。


飛鳥川

5ポイントに到着、14時28分。

5.常磐町 春日神社
 昔からの伝えによると、古来この場所で耳成山(天神山)を拝んだ場所だという。祓戸大神の依代か、あるいは里から耳成山山頂を拝んだ原始的山岳信仰の名残ではないかと考えられている。この辺りからは、大和三山のひとつ、お椀をひっくり返したような耳成山の姿がきれいにみえる。


春日神社


神々しい歌碑
大伴家持の歌で、
「玉桙(たまほこ)の 道は遠けど はしきやし 妹(いも)をあひ見に 出でてそ わが来し」
あなたの家までの道は遠いけれど、私は愛しいあなたに逢うために、はるばるやって来ました・・・という意味。

6ポイント到着、14時36分。

6.東竹田町 竹田神社


竹田神社
東竹田集落の西北隅に鎮座し、境内は集落の家々に囲まれている。
仁徳天皇の御代、竹田氏が祖神の火明命を祭って氏神としていた。竹田氏は大伴氏の遠祖であるという。


万葉歌碑
境内にある 大伴坂上郎女の歌碑。
うす渡す竹田の原に鳴く鶴(たづ)の 間なく時無しわが戀ふらくは「巻四-七六〇」大伴坂上郎女
見渡す竹田庄の原に鳴いている鶴の声が絶えまないように私がお前を思うことはいつといって絶えることはないという意味。

7ポイント到着、14時51分。
この耳成公園は初めて訪れる場所だ。

7.木原町 耳成公園木原池
 耳成山は、大和三山の中でも一番秀麗な姿をしていて、富士山のように円錐形をしている。その西麓の木原の地に縵児伝説の池があったとされているが、今は涸れてなくなってしまったそうだ。写真の池は耳成山の南麓に近世になって新しく作られた池(古池)で、伝説上の池とは異なるが現在は公園になっており、美しい耳成山の姿を映して往時を忍ばせてくれる。


耳成公園木原池


耳成公園の桜


耳成山と耳成公園木原池全景

8ポイント着、15時10分。
鷺栖神社、以前訪れた懐かしさが感じられる。

8.四分町 鷺栖(さぎす)神社
 祭神の天児屋根は、春日明神とも呼ばれ、天岩戸隠れの際は、天照大神が岩戸を少し開いたとき鏡を差し出し、岩の外に連れ出した神様。その後、天児屋根は、瓊瓊杵(ににぎ)の天孫降臨に随伴して、中臣氏(藤原氏)の祖となっている。
 持統天皇は草壁皇子の忘れ形見の軽皇子を皇位につかせるべく、藤原不比等と協力と云うか助力を得ることになり、新しい宮の新益京の宮殿を藤原宮と呼んだ。不比等は氏神を朱雀大路の通過する日高山(現飛騨町)に鷺栖神社を分祀した。


鷺栖神社


万葉歌碑

橿原神宮前駅に戻ったのは、15時40分。

全8ポイント:約21Km(総所要時間3時間30分) 

アクシデントもなく、半日を楽しむことができた。


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