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世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

放蕩者の死③

2018-05-11 04:12:46 | 風紋


この前も、ヤルスベの岸にアロンダに似た女を見つけたので、思わず彼は岸に上ってしまった。よく見ると、それはアロンダではなかった。アロンダなら、悲鳴もあげないで逃げるだけだが、その女は、オラブを見るなり、素っ頓狂な叫び声をあげて、逃げ出した。

まずい、と思ったオラブは女を追いかけた。

村の方から男の声がしたので、すぐに川に戻って逃げたから、オラブはその女が、恐怖のあまり木に登り、高い枝から落ちて足を折ったことは知らない。とにかく彼は、逃げることだけは誰よりもすばやかった。

誰に知られることなくカシワナ側の岸につくと、至聖所の裏に回り、暗い抜け道を通り、アルカ山の自分のねぐらに戻った。村人は誰も知るまい。イタカを通らずに、アルカ山にゆける道があることを。こんなことも、至聖所の裏を通ってはならないという村の決まりを破ったから、知れることなのだ。

神の教えなんか守っていたら、絶対にわからないことを、オラブは知っていた。

ネズミの血がうまいことも。境界の岩を超えたところに、こんないい洞窟があることも。




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放蕩者の死②

2018-05-10 04:13:04 | 風紋


おれは、あの女が見たかっただけなんだ。

昨日のことを思い出しながら、オラブは思った。アロンダを見かけたあの日から、彼はあの美女が忘れられなかったのだ。カシワナ族の女とはまるで違う。目も顔も髪も、姿もまるで違う。なんであんなにきれいなのか。もっとよく見てみたい。

そういう思いに取りつかれた彼は、あれから何度か川を泳ぎ、ヤルスベ側の岸を見に行った。首尾よくアロンダに出会えることもあった。だが、会えない時の方が多かった。

美しいものというのは、一体何なのだろう。おれは醜い。たまらなく醜いんだ。カシワナ族の女なんて、おれを見るだけでぞっとして逃げるんだ。いやなんだ、あんなやつら。ぶすばっかりなんだ。でも、あの女は、なんであんなにきれいなんだろう。カシワナ族とは全然違うし、変な格好してるのに、なんできれいに見えるんだろう。

オラブは、あの女の正体が知りたかったのだ。美しさの正体が知りたかったのだ。だけど女はいつも、オラブを見ると逃げるように消えていく。

女はおれを見ると、みんな逃げる。

オラブはひとりで腹をかきながら、思った。いつもひとりでいる彼は、自分と話をするように、そういう思いを自分の中に書く。




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放蕩者の死①

2018-05-09 10:56:52 | 風紋


泥棒には泥棒なりのやり方というものがある。

境界の岩を超えてはならないという、先祖の教えを破れば、すぐにおもしろい場所が見つかる。人間がこうだと決め込んでいることの裏をかけば、嫌な奴が生きることのできる道もできるのだ。それがオラブの考えだった。

オラブは放蕩者だった。子供のころから、親の言うことなどほとんど聞かなかった。生まれた時から醜く、親にさえも嫌な顔をされて見られることがあった。それがひねくれた原因と言えばそう言えるかもしれない。

まだ腰布もつけない子供のときから、人の物を盗んでいた。人の物を見る目だけはすばらしくよかった。三軒隣の家の子供が、親から栗をもらったのを、誰よりも早く見つけるのだ。そしてその子供がそれを食べる前に、巧みに盗む。

気付かれないこともあったが、気付かれることのほうが多かった。盗みがばれると、親にしこたま尻を叩かれた。罰だと言って、食事を抜かれることも多かった。親は半ば愛情があって、オラブの盗み癖を何とかしてくれようとしていたのだが、オラブはそんなことなど気にもかけなかった。嫌だった。何もかもが。みんなが、自分より美しい。自分よりいい子だ。

(おれは生まれた時から、みんなに嫌われていたのだ。醜いからだ。何にもしないで、人の物ばかり盗むからだ。そんなことは知ってる)

アルカ山の奥の洞窟で、トカゲを噛みながら、オラブはぼんやりと思っていた。腰布に使っている破れた鹿皮が少し湿っている。昨日、川を泳いだからだ。濡れたまま干しもしないで身につけたままなので、まだ乾かない。




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