だが、人間の感情というのはどうしようもない。神の教えがあるから、表向きはおとなしくしているのだろうが、見えないところで何かがくすぶっているような気がする。
「ゴリンゴは怒っているのか」
セムドがダヴィルに聞いた。ダヴィルは大仰にため息をついて、言った。
「もちろん。そうきついことは言わないがね。態度が冷たい。オラブがあんなことをしなければ、あの女もいい女になったかもしれないんだ」
アシメックは苦いものを噛むように顔をゆがめた。なんとかしなければならないという思いはあったが、雲行きはどんどん怪しくなっていた。ケセン川でも漁師同士の小さな小競り合いが頻発している。大きなケンカに発展しないよう互いにバランスはとっているが、それもいつ破たんするかわからない。
「どうする、アシメック」
ダヴィルがアシメックを見て言った。アシメックは目だけを動かしてダヴィルを見た。場に沈黙が流れた。みなの目がアシメック集中する。しばらく奥歯を噛んだあと、アシメックは口を開いた。
「ミコルの占いでも、何にも出ない。神は何も言ってくれない」
「そうなのか」
「そうだ」
役男たちは息を飲んだ。神が何も言ってくれないということは、よほど大変なことなのだ。村に何か嫌なことが起きたときは、今までなら巫医を通して神が必ず何かを言ってくれていた。