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世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

テコラ誕生②

2018-05-21 04:12:39 | 風紋


「アルカ山の奥で野垂れ死にか。誰も葬ってくれない。悲しんでもくれない。ひとりで馬鹿なことばかりした報いだ」

ダヴィルは吐き捨てるように言った。アシメックは、あの日山で見たアロンダの幻を思い浮かべていた。あれはあの女の霊だったのだろうか。ならばなぜあんなところに現れたのだろう。

アシメックはオラブの死とアロンダが無関係ではないような気がしていた。だがもちろん、そんなことは誰にもいうことはできない。アシメックはダヴィルの目を感じながら言った。

「とにかく、今ヤルスベ族には、おれたちへの恨みがくすぶっているんだ。これからも同じようなことは起こるだろう。嫌なことにならないよう、どうにかしなければならない」
「漁場のことはどうする」
「一度ゴリンゴと話をしてみる」

コルが歓声をあげた。板の上で、二つの独楽がぶつかったのだ。

その二日後、アシメックはヤルスベでゴリンゴと話し合った。漁場のことはなんとかなった。ゴリンゴは冷静だった。ケセン川の漁場の協定は守らなければならない。余計な争いは互いを疲れさせるだけだ。しかし話し合いをしながらも、アシメックは常に威圧的な何かを感じていた。ゴリンゴの目つきから、時々不穏な光が見える。アロンダの言葉が気になる。

要求してくる、か。何を要求してくるつもりだろう。

ヤルスベから帰る船の上で、アシメックは考えた。




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テコラ誕生①

2018-05-20 04:12:52 | 風紋


冬が来て、最初の雪が舞いはじめたころ、その事件は起こった。

ケセン川で、漁場をめぐって、カシワナ族の漁師とヤルスベ族の漁師が争ったのだ。

協定で、カシワナ族の漁場と決まっているはずの漁場で、ヤルスベ族の漁師が漁をしたのである。それを見てカシワナ族の漁師が怒ったのだ。

殴り合いのケンカになる前に、冷静なやつがみんなをとめたが、険悪な雰囲気が流れた。ヤルスベの漁師は一旦は引き下がったが、また同じところで漁をしてやるというような目をしていた。

「オラブの件が響いている」
報告に来たダヴィルがアシメックに言った。アシメックはあごを撫でながら難しい顔をした。

そばではコルがソミナと一緒に、小さな木の実の独楽で遊んでいる。アシメックは自分の家の中にいた。ダヴィルは目を細めながらアシメックの渋い横顔を見つめていた。

「不穏だな。あれからお詫びには何度か行ったんだが」
「女はびっこをひいているそうだな」
「ああ、怪我が完全に治らなかったらしい」
「まずいな」

アシメックは深いため息をついた。コルは板の上で回る独楽を見てはしゃいでいる。ソミナはそんなコルを嬉し気に見ながらも、時々兄の難しそうな顔を心配してみていた。

「ミコルの占いによると、オラブはもう死んでるとさ」
アシメックが言うと、ダヴィルは、「そうだろうな」と言った。最近オラブの被害がとんと起きないからだ。村人の間にも、オラブが死んだのではないかといううわさが流れ始めていた。




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イメージ・ギャラリー⑲

2018-05-19 04:12:38 | 風紋


M. L. Kirk

アロンダの霊のイメージです。
放蕩者のオラブのイメージを探したが、見つからなかったのでこちらを採用しました。
生きている間はかなわなかった思いを、アロンダはこういう形で果たそうとしたのでしょう。




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放蕩者の死⑩

2018-05-18 04:12:53 | 風紋


突然下腹がきりきりと痛み、便意を覚えた。オラブは立ち上がり、外に出ようとしたが、間に合わなかった。洞窟の中で水のような糞を漏らした。吐き気が出るほどいやなにおいが洞窟に満ちた。

今までこんな腹痛を覚えたことはない。腹が痛くなったことはあったが、じっとしているうちになんとかなった。だがこの腹痛はただ事ではない。あのネズミだ。死んだネズミを食ったからだ。だがそんなことに気付いてももう遅い。

オラブは洞窟の中で一晩中もだえ苦しんだ。何度も糞を漏らした。口の方から出てくるものもあった。

だれか、だれか助けてくれ。

オラブは消え入りそうな意識の中でそう思った。村にいる、知っている人間の顔が何人か思い浮かんだ。母親の顔も浮かんできた。だが、誰も助けてくれるはずがない。

アシメック……!

オラブは族長の名を呼んだ。あれなら助けてくれるような気がしたのだ。だがそのとき、耳元でまた女の声がした。

「彼はもう来ないわ」

オラブは思わず振り向いた。幻のように、そこに美しい女がいた。

オラブは驚いた。なぜだなどと思う気力もない。激しい体力の減退の中で、彼は無意識のうちに繰り返した。

なんでなんだ。なんでおまえはきれいなんだ。

すると女は、哀れみのこもった目で、オラブを見た。何もかも知っているという目だ。

「愛しているからよ」

女は言った。そして消えた。

翌朝、梢を透いた光が洞窟の入り口を照らす頃、オラブはもうこときれていた。






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放蕩者の死⑨

2018-05-17 04:12:45 | 風紋


オラブは目を疑いつつも、その女がいるところに向かって、ふらふらと歩いた。だが女はすぐに身を隠した。

なんでだろう。なんであの女は、あんなにきれいなんだ。女だっていうだけで、なんであんなにきれいなんだ。

オラブは何かにとりつかれたように歩きながら、思った。梢を透く光が、だんだん濃くなってくる。風が吹き始めた。森の木々が、何かを感じたように、ざわめいた。だがオラブには何もわからない。

さっき女が見えた木のところに来ると、オラブは何かやわらかいものを踏んだ。見ると足元に、チエねずみの死骸がある。オラブはすぐにそれを拾った。まだ少し暖かい。死んで間もないやつだろう。これなら食える。オラブはほくそ笑みながら、洞窟に戻った。女のことはもう忘れていた。

洞窟の奥に座り、オラブはネズミを食った。皮を裂き、血をすすった。血はもう冷えていたが、うまかった。ネズミの肉も筋も骨も、存分に噛んだ。その姿を誰かが見れば、なんと哀れなことだと思ったことだろう。だが暗闇の中にいるオラブには何もわからない。何も見えない。

洞窟の中に、腐ったネズミの匂いが漂っていることにも、彼は気付かないのだ。

食えないしっぽを捨てて、食事は終わった。頭蓋骨をしゃぶりながら、オラブはまだ満足しない腹を撫でていた。慢性的な空腹に、胃が痛むが、それを何とかする気にもならない。馬鹿になっていればいいのだ。忘れればいいのだ。何もかも。

時間はまるで巨大な黒い芋虫のようだ。

のろのろと進む。

ぼんやりとしているうちに、また夜になった。

風の音が静かになり、冷気がまた洞窟の中に入ってきた。

激しい腹痛を覚えたのは、眠りかけた時だ。




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放蕩者の死⑧

2018-05-16 04:56:24 | 風紋


オラブは何も考えず、のっそりと立ち上がった。そしてのろのろと洞窟を出た。外に出ると、梢を透く光が明るい。風はなく、ひやりとした空気はもう冬がそばにきていることを教えている。

オラブはぼんやりと風景を見ていた。何かが、昨日と違っているような気がした。

アシメックが何も言ってくれなかったということが、まだ心の隅にひっかかっていた。

かん高い鳥の声が聞こえた。あれはキジの声だ。捕まえればうまいだろうが、すばしこくてオラブにはできない。彼はチエねずみの巣がありそうな木を探した。

何本かの木の皮をはいでみたが、ネズミは見つからない。腹が鳴った。なんでもいいから食いたいが、体があまり動かない。

「こっちにきて」

ふと、声が聞こえた。女の声だ。まさかと思いつつ、オラブは顔をあげた。少し離れたところの木の陰に、きれいな女がいる。

アロンダ?




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放蕩者の死⑦

2018-05-15 04:12:41 | 風紋


ネズミのように黒い彼の目が、零れ落ちそうなほど、オラブはあることに気付いて愕然とした。あんなアシメックの言葉など、信用していなかった。甘えたことを信じさせて捕まえようとしているのだと思っていた。だがこのたびは、そのアシメックの声が全く聞こえなかったのだ。

なんで、いつものあの言葉を言ってくれなかったのか。何とかしてやるから帰って来いと。心を揺り動かされないわけじゃなかった。今戻れば、村でまっとうに生き直すことができると、思わないこともなかったのに。

不安が一層寒さを感じさせた。だがオラブはすぐに、暗闇の中に逃げた。そんなことは馬鹿だ。何にも痛いことなんかないのだ。おれはこれでいいんだ。

夜が深まって来る。眠れない頭を無理矢理眠らせるために、彼は腰の辺りを探った。ネズミの頭蓋骨はなかった。

朝目を覚ますと、全身が枯れ葉のようにしびれていた。足の先に感覚がない。まるで何かが腐っているようだ。腰布はまだ湿っている。

体が動くようになるまで、時間がかかった。腹が空いている。何か食わねばならない。だが、蓄えてある栗を噛む気にはならなかった。ネズミが食いたい。ぬるい血をすすりたい。




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放蕩者の死⑥

2018-05-14 04:14:01 | 風紋


しかしそれからしばらくして後、アシメックが山狩りを決行した日は、さすがに困った。村の男たちが繰り返し自分の名を呼ぶ声が、ここからも聞こえたのだ。

境界の岩を超えて来たらどうしよう。ここはそれほどあそこから遠くないのだ。馬鹿な奴が、禁を破る気にならないとは限らない。ほんとはこんなこと、誰にでも簡単にできることなのだ。

洞窟の奥で身を小さくしながら、オラブは声も立てず、ネズミのように震えていた。カシワナカのことなんて馬鹿にしていたけど、思わず、見つからないようにと祈りそうになった。見つかればおしまいだ。捕まって、嫌なことをされる。みんなに馬鹿にされる。それだけはいやだ。

しかし結局、だれも境界の岩を越えてこなかった。村のみんなの声が聞こえなくなったとき、オラブはほっとした。やっぱり馬鹿なやつらだ。あんなことなんでもないのに、クソまじめに決まりを守っているのだ。

山に夕闇がかかり、洞窟の中が寒くなってくると、オラブは自分の体を抱いた。いまだに湿っている腰布が煩わしかったが、脱ぐ気も起こらない。村のみんなはもう帰ったろうが、不安はぬぐえなかった。誰かがまだ残っているような気がした。

こんなくらし、いつまで続くのか。オラブはいつもは考えないようにしていることを、考えた。いつでも人目を忍んでいるんだ。友達なんて誰もいない。生きてる人間はみな、おれのことが嫌いなのだ。

オラブはアシメックのことを思い出した。彼だけはいつも、何とかしてやるから帰って来いと言ってくれる。




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放蕩者の死⑤

2018-05-13 04:12:40 | 風紋


寂しくなったオラブは自然に、右の腰につけているはずの、ネズミの頭蓋骨に手をやった。だがそれはそこにはなかった。いつも、お守りのようにヒモをつけて腰にぶら下げていたのだが、どこかで失くしてしまったらしい。

だれも友達はいないオラブにとっては、ネズミが友達のようなものだった。木の皮の中に住んでいるチエねずみは、かなりいい養分になった。山にはたくさんいるし、そんなに苦労なく簡単に捕ることができる。

村のやつらと付き合わなくても、生きていけるんだ。ネズミを食えば、それほど飢えないですむ。ネズミを食うなっていう話は、親から何度か聞かされたことがあったが、もうそんなことを守る気持ちは、子供の時に捨てていた。

歯向かって生きることが、楽なのだ。誰にも謝らずにすむ。嫌な奴に馬鹿にされずにすむ。おれはこれでいいんだ。

盗んだ栗を噛みながら、オラブは洞窟の中で漫然と過ごしていた。季節はだんだん冬に傾いていく。そろそろ寒くなる。モカドから盗んだ鹿皮を、彼は肩にかけた。この冬はこれが重宝するだろう。

もちろんオラブは、その頃アシメックがヤルスベに出向いて、自分が怪我をさせた女に、小さくなって謝っていることなど何も知らない。




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放蕩者の死④

2018-05-12 04:12:30 | 風紋


人から物を盗むために、ありとあらゆる知恵を、オラブは身につけていた。村のみんながいいものを隠している場所が、だいたいどこらへんなのかということも、ほとんど知っていた。レンドは一番いいものを、家の西側の物入れの中に隠す。ジタカはいつも、栗を皮袋に入れて寝床のそばに隠すが、時々場所を変える。そんなことをすぐにオラブは見抜いた。

頭がいいと言えばいいと言えるかもしれない。遠いところにあるものを、くっきりと見ることもできた。だからあの日、遠いところから見たアロンダが、見たこともないような美しい女であることも、すぐにわかったのだ。

なんであんなものがいるんだろう。アロンダのことを思い出すたびに、オラブの胸の中で虫のようなものがうずく。美しくなりたいなどと思ったことはないはずだった。女なんてみんなブスに見えた。自分よりきれいで大きな男はたくさんいたが、そんなやつらもみんな嫌な目で見れば、嫌なものに見えた。馬鹿なやつらなんだ。正直に働いたって、みんなおれにとられるのに。

こんな世界にあるものになど、惚れるほどいいものはないのだ。オラブはそう思っていた。

それなのになぜあれだけはあんなにきれいに見えるのか。男女の交渉をしたいんじゃないんだ。そんなこととっくに馬鹿だと思ってる。あんなことのためになんで男がいいことをしなければならないんだ。それなのに、あの女のことだけが忘れられない。

美しいものって、何なのだ。なぜおれは、いつも、あれを見たいと思ってるんだろう。




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