3月26日に杏の花が開花したのですが、ここのところの暖かさで一気に満開に。ついで桜も咲きだしてほぼ同時に満開になりました。帰郷して十数年になりますが、こんなことは初めてです。ただ、これを地球温暖化と結びつけるのはどうでしょう。ミランコビッチ・サイクルというものがあります。
拙書『信州の里山トレッキング』東北信編:川辺書林の大峯山の記事で、ほぼ同じアングルでの写真を掲載しています。左の高い一群は杏ではなく桜です。杏と桜が同時に満開なんて初めてです。レンギョウやユキヤナギ、モクレンも満開です。樹下では、スイセンやクリスマスローズが咲いています。
観龍寺の、これも桜です。ここには母方の祖先の絵師の絵が奉納されています。ここから大峯山への登山ルートは拙書で紹介しています。
あんずの里の最上部の風景。もう上まで満開ですね。驚きです。例年なら7〜15日頃が満開なのですが。
杏の花越しに雪を纏う白馬三山。左から尖った白馬鑓ヶ岳、杓子岳、白馬岳。
樹齢300年を超えると伝わる杏の大木。森のアンズは、天和年間(1681~1683年)元禄時代、伊予宇和島藩主伊達宗利侯の息女豊姫が、松代藩主真田幸道侯に興し入れの際、故郷の春を忘れじとして国許よりアンズの苗木を取り寄せ、松代東条地区に植え付けたのが始まりとされるのですが、それ以前にも少しはあった可能性はあります。安永年間(1772~1780年)松代藩は、森村・倉科村・生萱村・石川村などへ苗木を配布し、栽培を奨励しました。
毎年必ず撮影する在来種の杏の花。老木です。
禅透院の鐘楼と在来種の杏の花。左奥はやはり満開のサンシュユ(山茱萸)。
母方の祖母が眠る興正寺へ。山門越しに枝垂れ桜。このアングルは毎年撮影しますが、毎年少しずつ違います。外連味のある大胆な構図が好きです。
その興正寺の山門にある「子持龍」は、天才・立川和四郎富昌の作。一見の価値があります。和四郎富昌は八幡の武水別神社の再建中でした。そこで、森出身の弟子・宮尾八百重を案内役に住職、世話人、名主らが建築現場に赴き建築を依頼。引き受けた富昌は三月頃から、父富棟が寛政二年(1789)に建築した善光寺大勧進の表御門形式を参考に絵図面を制作。四月には八百重の家に投宿し近くの薬師山に登って酒宴を催し、満開の杏花を愛でたといわれています。夜は篝火の下で鼓を鳴らし謡曲の「鞍馬天狗」を吟じ、見事な龍を描き上げ、村人や近郷近在の話題をさらい、村では日本一の宮大工が来たと喜んだそうです。興正寺は、浄土宗西京大谷知恩院の末派で、創立年は不詳。
彼の木彫は、京都御所の建春門の「蟇股(かえるまた)の龍」、遠州の「秋葉神社」、諏訪の「諏訪大社下社拝殿」、善光寺大勧進御用門「江梁の龍」、松代町西条の白鳥神社の「神馬」などがあります。また、同市屋代の須々岐水神社にも富昌の作があります。左右にある波の彫刻は、葛飾北斎の影響を受けたものともいわれていますが見事です。
興正寺の上からのあんずの里。私が屋代高校の頃に教室から見た景色は、藁葺き屋根が多く杏の花も在来種が多かったため、ピンク色というよりも、やや黄ばんだコーラルピンクの色でした。
あんずの里スケッチパークを訪ねました。旧家の門構えを修復して、昔のあんずの里の原風景を再現しています。
(左)「信州大実」名前の通り身が大きく酸味が少なく生食用に向いています。有名な品種です。(右)「稲玉丸」古くから栽培されている、干し杏に適している小粒で酸味の強い品種です。干しあんずはつまみにもなります。あんずおこわも美味。
(左)「平和」主な品種のひとつで、花も美しく生食でも加工しても美味しいので、よく栽培されている品種。栽培にも手がかからないようです。(右)「昭和」酸味がやや強めですが、実がしまっておりシャキシャキ感が楽しめる杏です。
(左)「ハーコット」カナダ生まれ。酸味が少なく大実で生食すると美味しいあんず。在京時代に森の伯父がいつもこれと、酸味の強い在来種あんずの組み合わせを送ってくれました。生食用では、これが一番人気ですかね。花も美しい。(右)「楊貴妃」原産地は中国。かなり甘いあんずでジューシーな様です。楊貴妃は若さと美貌を保つために、全身に杏仁油を塗っていましたが、杏仁にはシアン化合物が含まれているんですが、中国のものにはないとか。保湿抗菌清浄作用があるそうなので果実を食べるだけでなく杏仁油も利用したのでしょうが、楊貴妃からはいつも杏仁の香りがしたのでしょうね。楊貴妃の体臭は杏仁豆腐の香りだったのでしょうか…。
観賞用の花杏。
スケッチパークのすぐ北の道にある在来種の木。
その花のアップ。在来種は全てが同じではありません。花の色も実もそれぞれバラバラです。在来種は、集落の中で多く見られますが、昔に比べるとずいぶんと少なくなりました。
杏の花で吸蜜するヒオドシチョウ。越冬して待ちに待った春を堪能しています。
◆『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。
★本の概要は、こちらの記事を御覧ください。
★お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせか、メッセージからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。
拙書『信州の里山トレッキング』東北信編:川辺書林の大峯山の記事で、ほぼ同じアングルでの写真を掲載しています。左の高い一群は杏ではなく桜です。杏と桜が同時に満開なんて初めてです。レンギョウやユキヤナギ、モクレンも満開です。樹下では、スイセンやクリスマスローズが咲いています。
観龍寺の、これも桜です。ここには母方の祖先の絵師の絵が奉納されています。ここから大峯山への登山ルートは拙書で紹介しています。
あんずの里の最上部の風景。もう上まで満開ですね。驚きです。例年なら7〜15日頃が満開なのですが。
杏の花越しに雪を纏う白馬三山。左から尖った白馬鑓ヶ岳、杓子岳、白馬岳。
樹齢300年を超えると伝わる杏の大木。森のアンズは、天和年間(1681~1683年)元禄時代、伊予宇和島藩主伊達宗利侯の息女豊姫が、松代藩主真田幸道侯に興し入れの際、故郷の春を忘れじとして国許よりアンズの苗木を取り寄せ、松代東条地区に植え付けたのが始まりとされるのですが、それ以前にも少しはあった可能性はあります。安永年間(1772~1780年)松代藩は、森村・倉科村・生萱村・石川村などへ苗木を配布し、栽培を奨励しました。
毎年必ず撮影する在来種の杏の花。老木です。
禅透院の鐘楼と在来種の杏の花。左奥はやはり満開のサンシュユ(山茱萸)。
母方の祖母が眠る興正寺へ。山門越しに枝垂れ桜。このアングルは毎年撮影しますが、毎年少しずつ違います。外連味のある大胆な構図が好きです。
その興正寺の山門にある「子持龍」は、天才・立川和四郎富昌の作。一見の価値があります。和四郎富昌は八幡の武水別神社の再建中でした。そこで、森出身の弟子・宮尾八百重を案内役に住職、世話人、名主らが建築現場に赴き建築を依頼。引き受けた富昌は三月頃から、父富棟が寛政二年(1789)に建築した善光寺大勧進の表御門形式を参考に絵図面を制作。四月には八百重の家に投宿し近くの薬師山に登って酒宴を催し、満開の杏花を愛でたといわれています。夜は篝火の下で鼓を鳴らし謡曲の「鞍馬天狗」を吟じ、見事な龍を描き上げ、村人や近郷近在の話題をさらい、村では日本一の宮大工が来たと喜んだそうです。興正寺は、浄土宗西京大谷知恩院の末派で、創立年は不詳。
彼の木彫は、京都御所の建春門の「蟇股(かえるまた)の龍」、遠州の「秋葉神社」、諏訪の「諏訪大社下社拝殿」、善光寺大勧進御用門「江梁の龍」、松代町西条の白鳥神社の「神馬」などがあります。また、同市屋代の須々岐水神社にも富昌の作があります。左右にある波の彫刻は、葛飾北斎の影響を受けたものともいわれていますが見事です。
興正寺の上からのあんずの里。私が屋代高校の頃に教室から見た景色は、藁葺き屋根が多く杏の花も在来種が多かったため、ピンク色というよりも、やや黄ばんだコーラルピンクの色でした。
あんずの里スケッチパークを訪ねました。旧家の門構えを修復して、昔のあんずの里の原風景を再現しています。
(左)「信州大実」名前の通り身が大きく酸味が少なく生食用に向いています。有名な品種です。(右)「稲玉丸」古くから栽培されている、干し杏に適している小粒で酸味の強い品種です。干しあんずはつまみにもなります。あんずおこわも美味。
(左)「平和」主な品種のひとつで、花も美しく生食でも加工しても美味しいので、よく栽培されている品種。栽培にも手がかからないようです。(右)「昭和」酸味がやや強めですが、実がしまっておりシャキシャキ感が楽しめる杏です。
(左)「ハーコット」カナダ生まれ。酸味が少なく大実で生食すると美味しいあんず。在京時代に森の伯父がいつもこれと、酸味の強い在来種あんずの組み合わせを送ってくれました。生食用では、これが一番人気ですかね。花も美しい。(右)「楊貴妃」原産地は中国。かなり甘いあんずでジューシーな様です。楊貴妃は若さと美貌を保つために、全身に杏仁油を塗っていましたが、杏仁にはシアン化合物が含まれているんですが、中国のものにはないとか。保湿抗菌清浄作用があるそうなので果実を食べるだけでなく杏仁油も利用したのでしょうが、楊貴妃からはいつも杏仁の香りがしたのでしょうね。楊貴妃の体臭は杏仁豆腐の香りだったのでしょうか…。
観賞用の花杏。
スケッチパークのすぐ北の道にある在来種の木。
その花のアップ。在来種は全てが同じではありません。花の色も実もそれぞれバラバラです。在来種は、集落の中で多く見られますが、昔に比べるとずいぶんと少なくなりました。
杏の花で吸蜜するヒオドシチョウ。越冬して待ちに待った春を堪能しています。
◆『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。
★本の概要は、こちらの記事を御覧ください。
★お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせか、メッセージからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。