「特攻隊から共産党代議士へ 東中光雄という生き方」(清風堂書店)を読んだ。実に面白かった。
●なんと薬師寺の管主をつとめた高田好胤師と同級生で、寺の仕事で勉強が遅れている高田のところ・薬師寺へ通って勉強を教えた、という。その親切を忘れず、選挙に際して、応援の言葉を寄せた。・・・・・実は、中学だか、高校の時になぜか高田師の本を読んで感銘を受けた記憶があるので、「ほー」と思った次第。
●敗戦が決まり、ゼロ戦の編隊の隊長として移動させた。そこへ厚木基地から中尉が「決起」を訴えにきた。東中は「ここで国民がばらばらになったらいよいよ大変になるじゃないか。勝手なことをするな」と追い返した。
●司法修習生時代。刑事裁判修習では、担当裁判官の机の上に「被告人 東中次夫」の刑事記録が。いとこの子だ。占領軍批判で弾圧された「敦賀壁新聞事件」である。
・・・・・当時の衆議院議事録にもつぎのくだりがある・・・・・・
昭和26年衆議院法務委員会
○加藤(充)委員 これは発表ができるできないは問題ではない。調査する意図がどうこうとかいう問題を離れて、朝鮮人ではなく、日本人が数名射殺されたり、ピストルのたまをぶち込まれたりしておるのでありますから、やつぱり自主的に調べるだけは調べる。そして国内治安の根本的な対策を立てる。いたずらに共産党の非合法化を考えているというだけでは治安対策ではないと思うのでありまして、こういうふうなところに、進んで日本の治安対策を考えられる必要があると思う。大阪あたりでは三年ほど前に、敦賀で米兵が暴行したとかいうような壁新聞を書いたり、出版物を出したために、数名の者が延数十年の判決を国内裁判所及び軍事裁判所で受けたのであります。やつぱりそういうことは好ましいものではないとするならば、その原因というものを徹底的に調べる必要があると私は思う。それからもう一つは、そういう事件が起つてから二、三年たちますが、最近になると、これはただ悪口ではございません。大阪の方の新聞にはほとんど毎日、外人ないしは米兵の自動車強盗というような記事が出ております。そしてその日暮しの運ちやんは安心して夜の仕事には出られないというような状態になつておりますので、そういう方面から日本人の受ける被害、また一般的に言えば、そのために乱れる治安ということから、生命身体あるいは財産の保護ということについて、積極的におやりになるべき必要があると思う。ただ職権がないから知らぬということでは、事は済まされない。切捨てごめんで泣くのはただ人民だけだということでは、大橋さんの職責が全うされたとは思われないのですが、その点重ねて確かめておきたいと思う。
○大橋国務大臣 御承知の通り、犯罪の搜査にあたりましては、官憲といたしましては法令に従つてこれをなすことが必要と存ずるのであります。従いまして今日連合国軍隊の将兵の犯した罪につきましては、日本政府におきましてこれを搜査、起訴いたしまする権限がないことに相なつております。これはさようの趣旨の日本側の政令が出ておりますので、当局といたしましてはこの政令に従つて行動をいたしておるのであります。
・・・・敦賀の共産党の元県議会議員、吉田一夫さんから、「当時、占領軍が敦賀の女性を暴行した、という話があった。それで敦賀の街中に『淫獣荒れ狂う 敦賀の町』という批判のポスターを張り巡らして批判活動をおこなった。当時は、日本ではじめての反米闘争だったのではないか。占領軍が市民を集めて集会を開いた時も、とにかく話の英語はわからないが、『ノー!』『ノー!』を繰り返した。」という「武勇伝」を聞いたことがある。
思わぬところで、東中さんとの接点があったものだ。
●なんと薬師寺の管主をつとめた高田好胤師と同級生で、寺の仕事で勉強が遅れている高田のところ・薬師寺へ通って勉強を教えた、という。その親切を忘れず、選挙に際して、応援の言葉を寄せた。・・・・・実は、中学だか、高校の時になぜか高田師の本を読んで感銘を受けた記憶があるので、「ほー」と思った次第。
●敗戦が決まり、ゼロ戦の編隊の隊長として移動させた。そこへ厚木基地から中尉が「決起」を訴えにきた。東中は「ここで国民がばらばらになったらいよいよ大変になるじゃないか。勝手なことをするな」と追い返した。
●司法修習生時代。刑事裁判修習では、担当裁判官の机の上に「被告人 東中次夫」の刑事記録が。いとこの子だ。占領軍批判で弾圧された「敦賀壁新聞事件」である。
・・・・・当時の衆議院議事録にもつぎのくだりがある・・・・・・
昭和26年衆議院法務委員会
○加藤(充)委員 これは発表ができるできないは問題ではない。調査する意図がどうこうとかいう問題を離れて、朝鮮人ではなく、日本人が数名射殺されたり、ピストルのたまをぶち込まれたりしておるのでありますから、やつぱり自主的に調べるだけは調べる。そして国内治安の根本的な対策を立てる。いたずらに共産党の非合法化を考えているというだけでは治安対策ではないと思うのでありまして、こういうふうなところに、進んで日本の治安対策を考えられる必要があると思う。大阪あたりでは三年ほど前に、敦賀で米兵が暴行したとかいうような壁新聞を書いたり、出版物を出したために、数名の者が延数十年の判決を国内裁判所及び軍事裁判所で受けたのであります。やつぱりそういうことは好ましいものではないとするならば、その原因というものを徹底的に調べる必要があると私は思う。それからもう一つは、そういう事件が起つてから二、三年たちますが、最近になると、これはただ悪口ではございません。大阪の方の新聞にはほとんど毎日、外人ないしは米兵の自動車強盗というような記事が出ております。そしてその日暮しの運ちやんは安心して夜の仕事には出られないというような状態になつておりますので、そういう方面から日本人の受ける被害、また一般的に言えば、そのために乱れる治安ということから、生命身体あるいは財産の保護ということについて、積極的におやりになるべき必要があると思う。ただ職権がないから知らぬということでは、事は済まされない。切捨てごめんで泣くのはただ人民だけだということでは、大橋さんの職責が全うされたとは思われないのですが、その点重ねて確かめておきたいと思う。
○大橋国務大臣 御承知の通り、犯罪の搜査にあたりましては、官憲といたしましては法令に従つてこれをなすことが必要と存ずるのであります。従いまして今日連合国軍隊の将兵の犯した罪につきましては、日本政府におきましてこれを搜査、起訴いたしまする権限がないことに相なつております。これはさようの趣旨の日本側の政令が出ておりますので、当局といたしましてはこの政令に従つて行動をいたしておるのであります。
・・・・敦賀の共産党の元県議会議員、吉田一夫さんから、「当時、占領軍が敦賀の女性を暴行した、という話があった。それで敦賀の街中に『淫獣荒れ狂う 敦賀の町』という批判のポスターを張り巡らして批判活動をおこなった。当時は、日本ではじめての反米闘争だったのではないか。占領軍が市民を集めて集会を開いた時も、とにかく話の英語はわからないが、『ノー!』『ノー!』を繰り返した。」という「武勇伝」を聞いたことがある。
思わぬところで、東中さんとの接点があったものだ。