雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

女と蛇の奇談 ・ 今昔物語 ( 29 - 39 ) 

2021-06-14 08:20:00 | 今昔物語拾い読み ・ その8

       『 女と蛇の奇談 ・ 今昔物語 ( 29 - 39 ) 』



今は昔、
一人の若い女がいた。
ある夏の頃、近衛大路を西に向かって歩いていたが、小一条というのは宗像神社のある所だが、その北側を歩いていると、急に小用を催して、土塀に向かい南向きにしゃがみ込んで用をたしたが、供の女童は大路に立ったまま、「もう終って、立ち上がるかな、立ち上がるかな」と思って立っていたが、辰の時(午前八時頃)頃のことであったが、やがて一時(ヒトトキ・約二時間)ばかり経っても立ち上がろうとしないので、女童は「どうしたことだろう」と思って、「もしもし」と声をかけたが、何も答えず同じようにしゃがんでいる。
やがて二時ばかりも過ぎ、日はすでに午の時(正午)になってしまった。女童が呼びかけても何も答えないので、幼い子供のことなので、ただ泣きながら立っていた。

その時、馬に乗った男が大勢の従者を引き連れてそこを通りかかったが、女童が泣きながら立っているのを見て、「あの女童は何を泣いているのか」と従者に尋ねさせると、「然々のことでございますので」と言うので、男が見てみると、まことに、腰帯を結び市女笠を被った女が、土塀に向かってうずくまっている。
「一体いつからああしているのか」と尋ねると、女童は「今朝からああしておられます。もう二時になります」と言って泣くので、男は不審に思って、馬より下りて、近寄って女の顔を見ると、顔色がなくまるで死んだ者のようなので、「これはどうしたことだ。病気にでもなったのか。これまでにもこのようなことがあったのか」と尋ねると、女は物も言わない。女童が「これまでに、このようなことはございませんでした」と答えたので、男はよく見てみると、それほど身分の低い者でもないようなので、気の毒に思い引き立てようとしたが、まったく動かない。

その時、男がふと向かいの土塀の方を見てみると、土塀にある穴から、大きな蛇が頭を少し引っ込めてこの女を見守っていた。
「さては、この蛇が、小用をたしている女の前を見て、愛欲の気持ちを起こして、女の正気を蕩(トロ)かしたので立てなくなってしまったのだ」と男は気づき、腰に差している短い剣のような物を抜いて、その蛇の穴の口に、刀の刃を奥に向けて強く突き立てた。

そうしておいてから、男は従者どもに女の体を持ち上げさせ、引き立ててその場から立ち退かせた。すると、蛇は突然土塀の穴より鉾を突き出すように飛び出してきたので、真っ二つに裂けてしまった。一尺ばかりも裂けたので、穴からでることが出来ないで死んでしまった。
何と驚いたことに、女を見守って正気を蕩かしていたが、女が突然去って行くのを見て、刀が立てられているのも気づかずに飛び出したのであろう。
されば、蛇の心はとんでもなく怖ろしいものである。多くの行き交う人が集まってきてこの蛇を見たのも当然である。

男は、また馬に乗って出かけた。刀は従者が取ってきた。女のことは気掛かりなので、従者をつけて家に送らせた。
女は重病人のように手を取られ、ようやく歩いて行った。男は、まことに情け深い者である。互いに相手を知らないのだが、男には慈悲の心があったのだろう。
その後のことは、どうなったのかは分からない。

されば、この話を聞いた女は、このような藪に向かって、このようなことをしてはならない。
この話は、実際に見た者どもが話していたのを聞き継いで、
此く語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

* 本話と次話の番号、[三十九話]と[四十話]は欠けている。もともと記されていなかったらしく、後から加えられた可能性も考えられるらしい。結びの部分も、この前後に『此く語り伝へたるとや。』となっているものが目立つような気がする。
研究者の中には、今昔物語の成立過程を探る参考になると、興味を示される人もいるそうです。

     ☆   ☆   ☆

  


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