雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

鷲にさらわれた赤子 ・ 今昔物語 ( 巻 26-1 )

2016-02-02 14:35:35 | 今昔物語拾い読み ・ その7
        鷲にさらわれた赤子 ・ 今昔物語 ( 巻 26-1 )

今は昔、
但馬国七味郡川山の郷(サト)に住んでいる人がいた。
その家に一人の赤子がいて、庭ではいはいをして遊んでいた。
ちょうどその時、鷲が空を舞っていたが、庭で遊んでいる赤子を見つけて、急降下してきて赤子をつかみ取って大空に舞い上がり、そのまま遥か東に向かって飛び去って行った。
父母はこれを見て、泣き悲しんで、追いかけて取り戻そうとしたが、遥か遠くに飛んで行ってしまったため、どうすることも出来なかった。

その後、十余年ほど過ぎた頃、この鷲にさらわれた赤子の父親が用事があって、丹後国加佐郡に行き、その郷のある人の家に宿を取った。
その家に幼い女の子が一人いた。年は、十二、三歳ほどである。
その女の子が大路にある井戸に行き水を汲もうとしていたが、この宿を借りた但馬国の者も足を洗おうとしてその井戸へ行った。
そこでは、この郷の幼い女の子たちがたくさん集まって水を汲んでいたが、この宿を取った家から来た女の子が持っていたつるべを奪い取ろうとした。女の子はそれを拒み奪われまいとして争いになったが、郷の女の子たちは一緒になって宿の女の子をののしり、「お前は、鷲の喰い残しのくせに」とさかんにはやし立て、ぶったりした。
女の子は、ぶたれて泣いて帰った。但馬の者も宿に帰った。

その宿の主人が帰ってきた女の子に、「なぜ泣いているのか」と尋ねたが、女の子はただ泣くばかりでその理由を語ろうとしない。
それで、但馬の者は自分が見ていた様子を話し、「どうして、この女の子のことを『鷲の喰い残し』などというのですか」と尋ねた。
主人は、「実は、いついつの年のいついつの月のいついつの日に、鷲が鳩の巣に何か落としましたが、やがて赤子の泣く声が聞こえてきましたので、その巣に近付いて見たところ、赤子がいて泣いていたのです。さっそく取り下ろして、養ってきましたのがあの子なのです。郷の小娘たちがそれを伝え聞いて、ああ言っていじめるのです」と答えた。

但馬の者はこれを聞き、「自分が先年、わが子を鷲にさられたこと」を思い出し、思いめぐらしてみると、宿の主人が語る「いついつの年のいついつの月のいついつの日」というのが、但馬国で鷲にさらわれた日とぴったり当たるので、「それでは、わが子なのではないか」と思い、「それで、その子の親だという者のことを聞いたことがありますか」と尋ねた。
「これまで、そのようなことは全くありません」と宿の主人が答えた。
「実は、そのことでございますが、あなたのお話を聞いて思い当たることがございます」と但馬の者は、鷲にわが子をさらわれたことを話し、「この子は、私の子に違いありません」と言った。
宿の主は、大変驚き、女の子と見比べてみると、その女の子と但馬の者は全くよく似ていた。

「なるほど、ほんとうのことらしい」と宿の主人は但馬の者の話すことを信じ、その哀れな出来事に感じ入った。
但馬の者も、然るべき因縁があって、ここに来ることになったのだと繰り返し話して泣き続けた。
宿の主人は、深い因縁があってこそ、このように廻り合うことが出来たのだと感動し、惜しむことなくその子を返してやった。
しかしながら、「私もまた、この子を長年育ててきたからには、実の親と同じです。ですから、二人がこの子の親となって育てるべきです」と宿の主人は述べ、共に了承し合った。
それから後は、この女の子は但馬にも行き来して、共に親ということになった。

これは、実に稀に見る不思議なことである。
鷲が即座に食い殺してしまいそうなのに、生きたまま鳩の巣に落としたというのは、稀有のことと言える。これも、前世の宿報(シュクホウ・前世から定められた宿命)によるものであろう。
父子の宿命というものはこういうものなのだ、
と語り伝へたるとや。

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