雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

異郷に迷い込んだ修行僧 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 31 - 14 )

2023-06-16 08:05:03 | 今昔物語拾い読み ・ その8

      『 異郷に迷い込んだ修行僧 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 31 - 14 ) 』


  (  ( 1 ) より続く )

修行者が家に入ると、女が言った。
「長年、このような情けないことを見てきましたが、わたしの力では、どうにもなりません。けれども、『あなただけは何とかしてお助けしたい』と思います。わたしは、あなたがいらっしゃったあの御房の主の妻なのです。ここから下に少しばかり行った所に、わたしの妹にあたる女が住んでいます。こうこう行った所です。その妹だけがあなたをお助けすることが出来ます。『わたしに聞いてきた』とそこをお訪ねしなさい。手紙をお書きしましょう」と言って、手紙を書いて渡し、「二人の修行者をばすでに馬に変え、あなたを土を掘って埋めて殺そうとしているのです。『田に水があるか』と見せに行かせたのは、掘って埋めるためだったのです」というのを聞くに付け、「よくもここまで逃げてこられたものだ。たとえ少しの間でも生き延びられたのは、仏のお助けだ」と思って、手紙を受け取ると、女に向かって手を合わせて泣く泣く伏し拝み、すぐに走り出て、教えられた方に向かって、「二十町ばかりは来ただろう」思った時、人里離れた山のほとりに一軒の家があった。

「ここだろう」と思って、近寄り、召使いに、「これこれの御手紙をお渡し下さい」と案内を請うと、手紙を持って入って行き、戻ってくると、「どうぞお入り下さい」と言ったので、中に入った。
すると、そこにも女がいて、「わたしも長年『情けない事』だと思っていましたが、姉もまたこのように書いて寄こしましたので、『お助けしよう』と思います。但し、ここは大変怖ろしい事がある所です。しばらくは、ここに隠れていらっしゃい」と言って、奥の一室に隠れさせて、「決して音など立てないで下さい。ちょうどその時刻になりましたから」と言うので、修業者は「何事だろう」と恐ろしく思って、音も立てず、身動きもしないでいた。

しばらくすると、恐ろしげな気配がする者が入ってきたらしく、生臭い臭いが漂ってきた。何とも恐ろしい。
「これもまた、いかなる者なのか」と思っているうちに、家の中に入ってきて、この家主の女と話しなどして、共に寝たようだ。聞き耳を立てていると、情を交わして、帰っていったようだ。修業者は、「さては、ここの女は鬼の妻で、いつもやって来ては、このように情を交わして帰っていくのだ」と分かったが、極めて気味が悪い。

その後、女は行くべき道を教えて、「実に、死ぬべき命を助かったお方だ。ありがたい事だとお思い下さい」と言ったので、修行者は前の時と同じように、泣く泣く伏し拝んで、その家を出て、教えられたように歩いて行くと、夜も明け方になった。
「もう、百町は来ただろう」と思う頃には、夜は白々となってきた。見れば、いつの間にか、通常の正しい道に出ていた。
その時になって、やっと安堵の気持ちになってきて、「嬉しい」などという言葉ではとても表せないほどだ。
そこから人里を尋ねて行き、とある人の家に入って、然々の事があったとその有様を話すと、その家の人も、「なんとまあ、
驚いたことだ」と言った。
里の者たちも聞き継いで、やって来ては子細を訊ねた。
その逃げてきた所は、[ 欠字 ]国の[ 欠字 ]郡の[ 欠字。いずれも不詳。]郷 
である。

さて、あの二人の女が修行者に強く口止めして、「このように、助からないはずの命をお助けしました。決して、『このような所がある』と人に話してはなりません」と繰り返し言っていたが、修行者は、「これほどの事を、どうして話さずいられようか」と、会う人ごとに話したので、その国の血気盛んな若者で腕に覚えのある者たちが、「軍勢を集めて行ってみよう」などと言い出したが、行く道も分からないので、そのままで終った。
だから、あの主の僧も、修行者が逃げたが、「道もないのだから逃げることなど出来まい」と思って、急いで追おうとはしなかったのである。

さて、修行者は、そこから国々を廻って京に上った。
その後、「あの場所がどこにある」と言うことを聞くことがなかった。現に、人間を打ちすえて馬に変えるなど、とても信じられない。あの場所は、畜生道などであったのだろうか。
その修行者は、京に帰った後、二人の同学の僧のために、熱心に善根を修した。

これを思うに、いかに身を棄てて修行すると言っても、むやみに知らない場所に行ってはならないのである。
この話は、修行者が自ら語ったものを聞き伝えて、
此(カ)く語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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