三谷てつおの県議会日記

三重県議会議員三谷てつおが議会での審議の内容やさまざまな出来事を報告。

災害は忘れた頃に・・・安心、安全な地域づくりを!!!

2007年04月16日 07時51分17秒 | 社会、政治、三重県、議員
昨日は朝から某団体へのお礼挨拶。順番にそれなりに考えて廻っていはいるものの、ほとんどエンドレス状態で一体イツになったら終わるのか?自分でもよく判らない日々が続いている。
 そんな御礼挨拶廻りに一区切りがつき、家で一休みをしているとドドッン!と下から押し上げるような衝撃に襲われた。地震である。
 早速、TVを点けてみると三重県北部震度5と報じられている。震度5もあったとはおもえないが、選挙前に起こった石川県の地震の時よりは衝撃が大きい。震源地は?被害は?と思い巡らしているうち徐々に地震の全貌が判ってきた。
 被害の一番大きいところは鈴鹿・亀山地域とのこと。重軽傷者10名を数えると連絡が入る。震度の割りに被害は少なかったとの見方もあるが、怪我をされた方、家屋の損傷、停電などライフラインの不通で困っておられる方々など被害に会われた皆さんに心からお見舞い申し上げます。
 そうこうしていると議会事務局から電話。議員の安否の確認である。「今、順番に確認していますが、亀山のS議員は無事です」との報告。・・・今さら改めて報告をしてもらわなくても、県会議員全員が死亡してもアレだけは生き残っているのは間違いがない!アノ3回連続無投票と言う悪運の強さは並大抵のものではないのだ!!

 今回の選挙で私ども「新政みえ」が発表した「新政みえビジョン」・・・これからの4年間の取り組み方向と政策目標を明らかにしたものであるが、その中でも「安心、安全」への取り組みは重要5政策分野のイの一番に挙げている。

 災害に強い県土づくり、安心、安全な地域づくりは県政の基本である。既に「アクション・プログラム」があるとは言え、今回の教訓を踏まえ、今一度検証することも必要ではないか?24日の会派総会で被害を受けた地元議員を中心にプロジェクトチームを立ち上げ、早急に現場に入っての調査をする必要があると思います。
 いよいよ「行動する政策集団・新政みえ」の本領発揮!!!
 

選挙結果をドウ見る??本当に80点???

2007年04月15日 07時14分43秒 | 社会、政治、三重県、議員
県議選の結果についてイロイロな人がイロイロと仰っているのが新聞紙上などで散見されるが、どうもイマイチ正確さを欠くと言うか?的確な評価になっていないような気がする。
 まず「新政みえ」の選挙結果にたいする評価であるが、単独過半数26議席以上を目指したが24議席に止まってしまった・・・このことについて高橋参議院議員は80点、岡田代議士も80点と同じような評価点を下している。
 確かに大激戦であった「鳥羽選挙区」で議席を死守することが出来たし、新たに自民独占区であった「尾鷲・北牟婁郡選挙区」で議席を得ることが出来たのは大きな前進であるのは事実である。
しかし、大事な鈴鹿選挙区で現職1名を落選させてしまったことは取り返しのつかない痛恨事で、結果論とは言え、もう少しテコ入れをしていればと今でも考え込んでしまう悔やんでも悔やみきれない大失敗であった。
 度会郡選挙区と志摩市選挙区は新人ながら大健闘したとは言え、出馬の立ち上がりの遅れを最後まで取り返せなかったのが敗因である。ただ救いは志摩市選挙区で落選したN氏が元気な声で「来期に向けて頑張ります!」と言ってきたことで、今から地道にコツコツと積み上げていけば、十分に勝機はあると思います。
 四日市や津市選挙区は予定通り「新政みえの候補者」が全員当選したとは言え、当初、上位当選間違いなし!と言われていた候補が接戦にもつれ込んだり、厳しいと言われていた候補が上位で当選をしたりして「選挙の恐ろしさ」をマザマザと見せ付けられることとなった。

 他会派や他党の選挙結果について論評する立場にないが、共産党の2名が復活したのは知事選の影響があるような気がするし、選挙違反事件が起こっているのを見ると、自民党の「金権体質」はヤッパリ変わっていないなあと思ってしまう。
 そんなコンナで「新政みえ」の選挙結果は80点は大甘で、正直なところ70点から贔屓目に見ても75点くらいがセイゼイか?と思います。
 24名・・・この冷厳な数字でこれからの議会運営、さてさてドウする???

「議会改革3点セット」・・・その順番は???

2007年04月14日 09時16分58秒 | 社会、政治、三重県、議員
 選挙戦の最中に街頭や個人演説会で「議会改革3点セット」・・・「議会基本条例」「政治倫理条例」「政務調査費条例の一部改正」についてよく話をさせていただいた。
 ソノ時々であるし、前後の話にもよるのではあるが、概ね有権者の反応が大きかった順番は一番が「政務調査費」、二番目が「政治倫理」そして三番目が「議会基本条例」のような気がする。
 モチロン地域政党「新政みえ」への期待や我われが作って提案している「新政みえビジョン」への関心も高いものがあったが、総じて「政務調査費」への関心はイロイロと他県での不祥事の続発やマスコミでの論調の影響もコレ有で皆さんの関心を呼んでいるようである。
 「1万円以上の領収書の添付」や「その使途明細の公表」さらには全国初の「縦覧制」の導入などの説明を演説の中でするのであるが、イマイチご納得いただいているようには思えないところもあり、実際に試行してみてご批判があれば即、見直すことも必要ではと感じたところです。
 「政治倫理」については予想以上に好反応で、とりわけ「議員の口利き」を「情報公開の対象」にすることについて高い評価をいただいていると言うか?よくソコまで踏み切ったとの賞賛の声が上がるほどで、ソコまで褒めてもらえるほどのものでは・・・と少々こちらが照れくさくなってしまった。
 「議会基本条例」は有権者のご理解がマダマダの状態で、これから具体的に実践していく中で一定の評価が出てくるのではと思います。

 いずれにしても議会棟での議論や意見と有権者の皆さんのご意見が必ずしもピッタっと一致してはいなことがヨク判りました。しかし、同時に皆さんの期待の大きさもヨク判ったつもりです。
 県民の皆様のご意見、思いを大切にして議会活動にまい進する決意です。マダマダ進行形の「議会改革」!これからも「県民の思い」を「県政に実現」するとのキャッチコピーの通り頑張って行きます。

選挙後初の会派総会。みんな元気で、サアこれから・・・!!!

2007年04月13日 08時08分17秒 | 社会、政治、三重県、議員
昨日は選挙後、初の「会派総会」。現職はもちろん新人の皆さんや今期で勇退される皆さんも顔を揃えた。日焼けで真っ黒な人、何となく少し痩せた人、疲れが抜け切っていない人などソレゾレであるが、やり切った達成感と選挙がヤット終わった安堵感でドコとなく華やいだ雰囲気が会派控え室を覆っている。
 お互いに握手をしたり、票の出が思ったほどでなかったことや苦しかった戦いの模様などを話し合ったりして、やはり毎回のこととは言え「戦い済んで・・・」の嬉しさがその光景を見ているだけで伝わってくる。
 会派総会には全員が揃い踏みとなるか?と思っていたが、予想に反してお二人が欠席であった。激戦の鳥羽選挙区のN議員と松阪選挙区のS前町長である。
 体調でも崩しているのか?と心配して電話で確認をしてみるとN議員はお礼廻りの真っ最中、まだまだ頭の中は「選挙モード」で一杯!当分の間、元に戻りそうにはない。
 S前町長はと言えば「連絡のFAXを見ておりません。スミマセン」との返事。ヤッパリ大物である。
 総会の方はソレゾレの自己紹介から始まり、当面の日程の連絡や会派構成の説明など事務的なことが多かったが、宿題として「特別委員会」のアリ方、持ち方を考えてきて?とお願いをした。

 今期の「特別委員会」での「テーマ」や「議運」との重複を避けるかどうか?また「特別委員会」を議員全員参加型にするか?それとも「希望者」だけにするか?など今後の委員会構成にも関わってくる課題であり、早急に決定しなければならない。
 いよいよ議会が動き始める。「議会基本条例」で議会の権能を発揮する舞台は出来上がった。これからはソノ舞台の上での実践をどうするか?である。
 サア頑張るぞ!!!

今までとはチョッと違った「おめでとう」???

2007年04月11日 07時37分01秒 | 社会、政治、三重県、議員
 挨拶廻りに明け暮れている毎日であるが、行った先、行った先で「おめでとう」「良かったね」と本当に嬉しそうな声が返ってくる。今までも過去3回選挙をして、同じように選挙後、御礼の挨拶廻りをしてきたが、どうも今回は今までとはチョッと反応が違う。
 よくよく話を聴いてみると、皆がみんな一応に「選挙に不安」を感じていたようである。
 まず、選挙区が広くなったこと。従来の3万人余の「桑名郡」選挙区ならばダイタイの票の読みも出来るが、11万人の「旧桑名市」が新たに選挙区となったのであるから、イッタイそこでナン票取れるのか?が誰も判らない。
 しかも合併以来、旧桑名市の現職3人が入れ替わり立ち代り「桑名郡」に入り込み、私の地盤を侵食してくるのであるから、支援者が不安になるのも無理はない。
 それに加えて「今回は会派の代表ですから、選挙期間中でも他の候補の応援で選挙区を空けることもありますので・・・」などとことアルごとに宣言していただけに、さらに不安に拍車をかけていたようである。
 それだけに「当選」が決まったとき、支援者の皆さんの「不安」が「安心」に一気に変わり、今までの選挙とは違う「安堵感」から自然に一味違った「おめでとう」とか「よかったね」などとの言葉は出てくるのではと思います。
 事実、選挙本番直前まで「新政みえ」の候補者の応援に行ったり、選挙期間中もマル一日半、自分の選挙区を空にして他の選挙区を走り回っていた。
 コンナ事をしているのであるから、支援者の皆さんが心配するのはムリのないことである。

 でもでもヤッパリ、やって良かった「選挙」である。大勢の皆さんに心配をおかけしたのは申し訳ないが、このハードルを乗り越えなければ「旧桑名郡」の票の固さは判っているつもりでも「旧桑名市内」の支持票の固さがナカナカ判らない。この選挙でソノ辺りがよ~く判りました。
 イロイロ反省点も多々ありますが、ヨクヨク分析をば致しまして、次回に備えるべく気持ちを引き締め・・・もう次の選挙を考えているのかって??これが議員の性なんです。

ヤットコサ選挙が終わりました

2007年04月10日 06時00分19秒 | 社会、政治、三重県、議員
 狂瀾怒涛の一夜が明けて、やっとヤット選挙が終わりました。選挙期間中、本ブログにナニか書き込むのでは?とか知らず知らずの内に更新をして問題をおこすのでは?などと期待をされていた皆さんは失望されているとは存じますが、多くの良識ある皆さんに支えられ選挙戦を戦い抜くことができました。本当に有難うございました。心より御礼申し上げます。
 思いもよらない「選挙戦」?となり・・・本来は選挙戦があるのが当然なんですが・・・しかし、それだけに短期間ではありましたが、中身の濃い選挙をすることが出来ました。
 思い起こすと忘れもしない3月20日、現職以外に供託金を納めた人がいる!との一報が飛び込んできた。エェ?まさか?ホント?・・・コノ一瞬から選挙が始まったのである。
 しかし、ソコはそれ過去幾度となく経験してきた「選挙」によって作り上げられたDNAが俄然、反応を示し、今、コノ時点から投票日までなすべきこと、やらなければならないことが頭のモニターに鮮やかに映し出されてきたのである。
 スグその晩に「拡大選対会議」の開催。告示日から最終日までの「個人演説会」の会場確保。街宣部隊、設営部隊、企画班などの編成・・・大急ぎで大慌てで本来一月ぐらい前には終わっていなければならない事を僅か1週間でやり遂げたのである。・・・余り自慢にはならない。
 土日に各地区幹事会をレンチャンで開催し、「選挙がある」ことを後援会の共通認識までヤット仕上げ、実際に選挙を回す皆さんに集まっていただき、第一回「スタッフ会議」をどうにか開くことができたのは3月27日になってである。
 ココまでくれば、後は「選挙」は自然に廻っていく。私自身も文字通りの「候補者」となって「政策」や「政治信条」を街頭や演説会で訴えていれば「選挙」は流れていくのである。・・・「選挙」は段取り八分とはよく言ったものだ。
 結果は新聞紙上の通り、マズマズの出来。ご支援いただいた皆さんに改めて御礼申し上げます。
 この選挙で「旧桑名郡」の県会議員から「桑名・桑名郡」の県会議員として皆様に漸く認知をされ、会合ごとに「選挙区」の説明もしなくてもいいようになったと思います。これからはこの広い新選挙区が私のフィールド。サア!気持ちも新たに頑張るぞ!!
 明日のブログは選挙の総括と今後の展望について・・・乞う!ご期待!!!