今年も残り少々になってきた。
少し早いが私にとっての今年がどのような年であったかと言うと、今年は近年になく「苦しい」と感じることが多い年だった。
色々な面で「試されている」ような年だったと思う。
ひとつは父の介護問題と、それに伴って姉妹間での意見の違いの葛藤。
父に最適な介護をしてやりたいと思うのは、妹も私も同じ思いだが、時に意見が違うこともあった。
お互いに話し合って決めていくのだが、それは時に大きなストレスになった。
たまに子どもが自分だけで、一人で老親の面倒を見なければならないと嘆く人もいるが、ほかの姉弟と意見をすり合わせることなく、自分の考えだけで決めていけることは、逆にうらやましいことだと思える。
一人っ子であろうが姉弟がいようが、良いこともあればそうでもないこともありで、どっちが良いなんてことは言えないのだと思う。
そしてまた、同居する義母のことも今年は悩むことが多い一年だった。
義母の認知症だが、慣れた家の中では少しの手助けだけで普通に生活をすることができる。
まだ料理も作れるし、トイレも自分で行くことができるので、義母に関しては介護というほどのものは無いのだが、最近、物をよく失くしてしまう。
その最たるものが「薬」であり、一日ごとにまとめてある薬がなぜか足りないという事態が毎日のように発生した。
多分、義母が多く飲んだか、どこかに仕舞いこんだかなのだが、義母はデイサービスに行っている時に部屋の掃除をする私が怪しいと思ったようだ。
まさか義母の薬を私が飲むわけはないし、まして隠したり捨てるなんてこともするわけはない。
なぜなら薬が足りなくて困るのは義母だけではなく、義母の薬をもらいに病院へ行かなければならないのは夫や私なのだから。
そこで夫が一日の中で朝昼夕と分かれた薬ケースを買ってきて、そこに薬を入れたらやっと薬が足りないことは無くなったのだが、今度は庭の木を切ったのが私だと義母は思い込んだ。
去年、夫が大切にしている木を切ったことを義母はずっと怒っていたのだが、その時のことと混同しているのかもしれない。
それは義母が一番大切にしている木であり、もちろん私は指一本触れていないのだが、バラなど他の木を剪定している私が切ったと思っている。
あとで私は切っていないと説明したのだが、それを覚えているかどうかは不明・・・
あ~ぁ、なんだかこうして書き並べていると薬のことも、木のことも、他愛無いことばかりだと可笑しくなってきた。
今は「そんなことで苦しむなんて馬鹿みたい」と思っているのだが、その時々は悲しくなったり、腹を立てたりでとても苦しくなった。
「人はみんなカタツムリのように大きな殻を背負っている」と何かの本で読んだことがあって、その時に「本当にそうだなぁ」と思ったことがある。
他の人は何の問題もなく幸せそうに暮らしているかのように見えるが、実はみんなそれぞれに大きさや模様は違っても背中に大きなカタツムリの殻を背負って生きている。
その殻こそが自分自身を成長させるものなのだろうと思う。
重たいし苦しい時もあるし、できることならばすぐにでも殻を外したいけど、もしかしたらそれは自分で望んで背負ってきた殻だったのかもしれない。
前世というものがあるのならば、私にとって今世の殻の模様の一つが「家族」だった。
一人で生きるのはもう十分に経験したから、今度は家族というものが欲しかった。
「家族が欲しかった」と熱望した前世を、ゆめか幻か、うっすらと憶えている。
このカタツムリの殻は自分が死ぬときに外れるのだろうか。それとも・・・
「殻のない人生なんてクリー〇を入れないコーヒーのようなもの」(古!)
ほろ苦いコーヒーを味わいながら歩いて行けば、いつか「最高に美味しいコーヒーだった」と思える日が来るのかもしれない。
少し早いが私にとっての今年がどのような年であったかと言うと、今年は近年になく「苦しい」と感じることが多い年だった。
色々な面で「試されている」ような年だったと思う。
ひとつは父の介護問題と、それに伴って姉妹間での意見の違いの葛藤。
父に最適な介護をしてやりたいと思うのは、妹も私も同じ思いだが、時に意見が違うこともあった。
お互いに話し合って決めていくのだが、それは時に大きなストレスになった。
たまに子どもが自分だけで、一人で老親の面倒を見なければならないと嘆く人もいるが、ほかの姉弟と意見をすり合わせることなく、自分の考えだけで決めていけることは、逆にうらやましいことだと思える。
一人っ子であろうが姉弟がいようが、良いこともあればそうでもないこともありで、どっちが良いなんてことは言えないのだと思う。
そしてまた、同居する義母のことも今年は悩むことが多い一年だった。
義母の認知症だが、慣れた家の中では少しの手助けだけで普通に生活をすることができる。
まだ料理も作れるし、トイレも自分で行くことができるので、義母に関しては介護というほどのものは無いのだが、最近、物をよく失くしてしまう。
その最たるものが「薬」であり、一日ごとにまとめてある薬がなぜか足りないという事態が毎日のように発生した。
多分、義母が多く飲んだか、どこかに仕舞いこんだかなのだが、義母はデイサービスに行っている時に部屋の掃除をする私が怪しいと思ったようだ。
まさか義母の薬を私が飲むわけはないし、まして隠したり捨てるなんてこともするわけはない。
なぜなら薬が足りなくて困るのは義母だけではなく、義母の薬をもらいに病院へ行かなければならないのは夫や私なのだから。
そこで夫が一日の中で朝昼夕と分かれた薬ケースを買ってきて、そこに薬を入れたらやっと薬が足りないことは無くなったのだが、今度は庭の木を切ったのが私だと義母は思い込んだ。
去年、夫が大切にしている木を切ったことを義母はずっと怒っていたのだが、その時のことと混同しているのかもしれない。
それは義母が一番大切にしている木であり、もちろん私は指一本触れていないのだが、バラなど他の木を剪定している私が切ったと思っている。
あとで私は切っていないと説明したのだが、それを覚えているかどうかは不明・・・
あ~ぁ、なんだかこうして書き並べていると薬のことも、木のことも、他愛無いことばかりだと可笑しくなってきた。
今は「そんなことで苦しむなんて馬鹿みたい」と思っているのだが、その時々は悲しくなったり、腹を立てたりでとても苦しくなった。
「人はみんなカタツムリのように大きな殻を背負っている」と何かの本で読んだことがあって、その時に「本当にそうだなぁ」と思ったことがある。
他の人は何の問題もなく幸せそうに暮らしているかのように見えるが、実はみんなそれぞれに大きさや模様は違っても背中に大きなカタツムリの殻を背負って生きている。
その殻こそが自分自身を成長させるものなのだろうと思う。
重たいし苦しい時もあるし、できることならばすぐにでも殻を外したいけど、もしかしたらそれは自分で望んで背負ってきた殻だったのかもしれない。
前世というものがあるのならば、私にとって今世の殻の模様の一つが「家族」だった。
一人で生きるのはもう十分に経験したから、今度は家族というものが欲しかった。
「家族が欲しかった」と熱望した前世を、ゆめか幻か、うっすらと憶えている。
このカタツムリの殻は自分が死ぬときに外れるのだろうか。それとも・・・
「殻のない人生なんてクリー〇を入れないコーヒーのようなもの」(古!)
ほろ苦いコーヒーを味わいながら歩いて行けば、いつか「最高に美味しいコーヒーだった」と思える日が来るのかもしれない。