日本人に生まれて

前期高齢者の仲間入りをしました。昭和、平成、令和を振り返りながら、日常の出来事を綴ります。

祖国のために命を捧げた英霊に感謝!誰に遠慮かあるものものか‼️

2020-08-17 07:43:00 | 日記
     今日の言葉

人民が減り、衰徴してゆく政府が最悪の政府である
ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』

75回目の戦没者追悼式が行われました。この時期になると、きまって靖国神社参拝に対して中韓が横やりを入れてきます。「戦争犯罪人のA級戦犯を祀っているのはおかしい」とか「首相、閣僚級が参拝するのはおかしい」おかしいことばかり主張してきます。日本、及び日本人に対する内政干渉にあたるのではないでしょうか?

靖国神社の歴史とA級戦犯について調べてみました。

靖国神社

大村益二郎(1824~1869)が明治天皇に東京に『招魂社』を創建することを献策し、1869年、現在の東京北九段に『東京招魂社』を創建。戊辰戦争、官軍戦没者3588柱を合祀。官軍とは、薩摩・長州・土佐・肥前の四藩。

1879年『靖国神社』と改名、1946年宗教法人となる。

祀られる神は、戦死、戦傷病をした軍人軍属とそれに準ずる人。新たな戦死者がでるたびに、祭神に加える合祀の手続きが取られることになっている。靖国神社の資料によると合祀者の総数は246万人強。

東京裁判とA級戦犯

戦犯は、Aは『平和に対する罪』Bは『戦争犯罪』、Cは『人道に対する罪』と分けられました。罪の軽重は関係ありません。東京裁判は、戦争犯罪に関して、定義を作成、それを元にして開かれました。裁くための法律で事後法、違法と言われています。裁判は、初めから日本を犯人扱いし、抗弁することもできず、一方的に判決を下しました。私が、「A級戦犯は、戦争ですごく悪いことをした人、だから死刑判決をうけたのだ」と誤解していました。

先祖崇拝

日本人のすばらしいところは、「先祖を敬う心」を失わないことでした。どこの家にも仏壇があり、大切にしていました。お盆には送り火と迎え火で霊を招き、そして見送る風習があります。先日、我が家でも行いました。靖国神社は、国のために命を捧げた英霊たちが安心して眠ることができる場所です。8月15日、戦没者慰霊祭を催し、御霊に感謝の気持ちを捧げるのは国民の努めです。

負い目を感じて、参拝することはないと思います。戦いがすめば、『ノ-サイド』、東京裁判で御祓は済んでいます。
『勝てば官軍負ければ賊軍』、広島、長崎へ原爆落としても、米国は投下を正当化、賊軍日本は泣き寝入りです。戦後体制が令和になっても続いています。

他国の『靖国参拝』批判を気にせずに、無視、堂々と英霊に対して手を合わせることができること、これが安倍首相が掲げる『戦後レジウムからの脱却』の実現の一つになります。