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あなたにもできる!ハーバード留学!!~アラフォーからのボストン留学体験記

アラフォー研究者のボストン留学体験ブログ。
研究・生活・英語・ITを中心に留学ライフハックスをお教えします!

アラフォーからのハーバード留学英語編039:ESL最終日

2013-12-19 13:11:02 | アラフォーからのハーバード留学英語編
 全15回のESLも本日が最終日。9回目から15回目までは、2回ほど所要と体調不良のため休んでしまったが、サンクスギビング、クリスマスに関する話題をとりまぜアメリカ文化の紹介が楽しかった。また遺伝子組み換え食品などの医療に関する話題もあり、そこそこ楽しめた。

 最終日の今日は最初に行われたクラス分けテスト同様のテストが行われた。最初のクラス分けテストよりは少し簡単だった気もしたが、前より6ポイントほど上がっていた。ただこのテストやはりひっかけが多く、ケアレスミスも結構してしまった。
 
 たとえば
 The teachers are told to ask their students to fill out the form until Monday.
といった文章に対する問いかけで
 Who should fill out the form?
という質問に対し
 The studentsと答えるべきところを読み間違えて
 The teaturesと答えてしまった。

 やはりひっかけがあることを認識して次回はケアフルにやるべきであろう。

 なお全体的な感想としては、しゃべるきっかけになったり、しゃべることへの不安感がなくなるという効果があるのが一番だろうか?これはこれで非常に大きいことで評価すべきポイントであるが、英語力の向上に即効性があるわけではない。ただいろいろな国の分化について語り合うことができるのは興味深いポイントだと思う。次のタームもとることを検討してみようかな?

アラフォーからのハーバード留学生活編042:アメリカの医者の年収は?

2013-12-19 12:47:24 | アラフォーからのハーバード留学生活編
 


 アメリカの医師の年収はどのくらいなのだろうか?外資系金融の終わりという本に、平均1500万円とあるが、こちらで感じる雰囲気よりは若干少ない気がする。

 医師の年収.jpサイトによると平均1956万円とかでこんなものかという気もする。

アメリカ側の資料としては、先日目にしたMGHでだしている院内雑誌protoの記事によると、

こちらの医者の収入は
1位:整形外科医(405000ドル)
2位:放射線科医(345000ドル)
3位:腫瘍専門医(278000ドル)
4位:産婦人科医(242000ドル)
5位:内科医(185000ドル)
6位:家庭医(175000ドル)
といった感じの様である。

なお記事によると学資ローンも高いので、それの返済計画も進路選択にかかわってくるらしく、進路の選び方はこちらの学生にとってかなり大変な課題らしい。

アラフォーからのハーバード留学生活編041:冬将軍到来!!

2013-12-19 12:41:03 | アラフォーからのハーバード留学生活編
こちらにきて早8か月、写真のようにすでに大雪がふる季節になりました。
今週は日曜と火曜に雪が降り、除雪していないと20㎝くらいの雪が残っています。考えてみれば、ボストンは緯度が旭川とか網走と同じらしく、気分は「北の国から」です。

富良野だとドラマになるのですが、こちらだと寒いのは当たり前で「So、What?」という感じです。

今日なぜか半袖&バミューダショーツであるいている人を見ました。寒くないのか。。。


2番手の成功法則010:今西錦司の世界

2013-12-15 16:08:22 | 2番手の成功法則
 

この人を2番手と言ってはいけないのかもしれないが、戦時中から戦後早期にに京大の無給講師(今でいうと医学部の無給医局員みないなものか?昔はいろいろいた)でありながら、中国の奥地を探検したり、アルピニストして活躍しながら自分の学問を確立。すみわけ理論で有名な生物学とともに京大のサル学の基礎を作った生物学者今西錦司である。

 以前全く日本のフィクサーだった田中清玄の自伝を呼んだ時に、彼がべた褒めしていて気になった人物であった。日本出発前に買って積読になっていた今西錦司関連本、「今西錦司語録」「フォトドキュメント今西錦司」を最近読んでみたが、人としての強さ、豊かさを垣間見せてくれるようで非常に面白い。

 彼の人としての面白さは、地位に恋々とせず、自分のやりたいことを追及していったことにあるのだろう。京都の織屋の長男であったため、経済的には心配しなくてもよい立場であったことも一因だが、好きなことのみを追及した人としての強さにもある気がする。戦争一色だった太平洋戦争中に、中国の奥地に研究所で運営していたのは只者ではできない。

「今西錦司語録」と「フォトドキュメント今西錦司」から面白いものをいくつかピックアップしてみる。
 
★「オレは一生なにもせいへんのや。すきなことやらかすんや。」


★青年たちが「この山は何もわかりませんから、だめです」というと、今西は言下に、「なにもわからないからこれをやるのだ」といった。私たちは、その強烈なパイオニーア精神に圧倒された。

ー>これはいいですね。ここまでのわりきりが彼の強さかも。


★「遺伝子であるとかDNAっであるとかいった極微の世界と通じて、どんな自然観がうまれてくるのか」
★「大をなそうと思ったら枠気味を作るのに時間はかかっても、うんと大きな枠組みを作っておくということが大事だと思う」
★「ワンセオリーにどんなセオリーをつかむか、つかまんかに将来の生き方が決まってくるのやね。それをつかんだら、あとは金が利子を生むみたいなもので、もう心配せんでもええねん。」
★「学問というものはあまり濾してしまうとあかん。どぶろくみたいなやつの方が本当の味がある」

ー>分野も立場もちがうので一概に賛成はできませんが、ちょっとドキッとする一言。

 利根川進さんが

「一人の科学者の一生の研究時間なんてごく限られている。研究テーマなんてごまんとある。ちょっと面白いなという程度でテーマを選んでいたら、本当に大切なことをやるひまがないうちに一生が終わってしまうんですよ」

 といっていたり、

 小柴昌俊さんが
 
 「研究者になるなら、いつかは物にしたいという研究の卵を三つか四つ抱えておけよ。そうすれば情報過多のなかでも、どんな情報を取り、どんな情報を無視するか効率よく判断できる」

 といっていたりするのに、通じる気がする。
 

2番手の成功法則009:トラブルにめげない:「はやぶさ」の教訓

2013-12-15 15:37:26 | 2番手の成功法則
 留学一年目の半ばを過ぎてから早くも2か月。急遽帰国しなければならないような深刻なトラブルは起こっていいないものの、一筋縄でいかないことが多くいろんな面が停滞している。こんな時なんでこんなに運が悪いんだろうとか、来るんじゃなかったとかネガティブなことを思いがちである。

 ちょっと前に小惑星探査機「はやぶさ」の記録、「はやぶさ物語」を読んだせいか、そんな時に「はやぶさもトラブル続きだったものな」と思うようになった。

 何度もの制御不能になったはやぶさは、技術者の創意工夫により(*)、満身創痍ながら小惑星イトカワから無事帰還した。根があせりのせいか、ついつい成功の結果ばかりに目が行ってしまい、こうしたトラブル続きの面は見逃しがちである。スムーズにいく成功って意外と少ないのかもしれない。まずは目の前のトラブルを解決。とはいっても先はなかなか見えないのだけれど。。

 (*)ちなみにはやぶさ物語の著者の分析によると、何度もの危機を脱出できたのは、日本が比較的低予算のため「適度な貧乏」があったっために、最初の段階からみんなで工夫したのが功を奏したらしい。図ははやぶさのフアンがJAXAに応援でおくったもの。