abc

news

「はだしのゲン」の国際評価 海外では未来に目を開かす試金本 日本では単なる被爆を語る体験本

2013-08-26 | Weblog

記事日経ビジネス:次世代リーダーの試金石に「はだしのゲン」を

原爆の悲惨さを描いた漫画「はだしのゲン」が話題になっています。島根県松江市教育委員会が小中学校の図書室で自由に読めなくするよう要請していた問題に対して、各方面から厳しい反応が広がっています。

作品のどの部分が問題か、注目され続ける理由はどこにあるか。そんな問いを持ちながら、改めてこの作品に触れてみました。そしてその価値を大きく見直しました。

さて、ほぼ同じころ、カナダの14歳の女の子が人気トーク番組に出演し、饒舌に主張する様子がネット動画でも話題になりました。それを見て、言葉を失いました。感心したと同時に焦りを覚えたのです。

結論を先に書きましょう。

「はだしのゲン」は、今の時代にとって改めて見直されるべき大きな教育的価値を感じます。子どもへの教育という意味ではありません。リーダーになる大人へのテーマとしてです。

今回は、ビジネス面から見た「はだしのゲン」の現代の新しい役割について、動画を参考にしながら考えてみたいと思います。

改めてすごかった「はだしのゲン」の存在感

「はだしのゲン」とはなにか。

時代は68年前、著者自らの被爆体験が元になったストーリーで、今から40年前に生まれた漫画です。

繰り返しますが、40年前の作品です。それが今でも全国の書店や図書館に並び、人々の記憶に残り、ある時は名作扱いされ、またある時は問題作扱いされています.

そんな作品がこの夏、その扱いを巡って再び話題にのぼりました。

それだけでもまずはその作品の力に感心します。戦争や原爆を描いた作品は数多くありますが、圧倒的な存在感です。

指摘にあるように、描写は過激ですし、内容に事実ではない部分があると問題視する人もいます。

子ども時代に本を読んでショックを受けた人、平和教育の一環としてみんなで一緒に映像を見た経験が今も心の傷として残っているという人もいます。聞けば多くの人が何らかの思い出を口にします。

いい作品だと感じているものの、何歳くらいで子どもに読ませるのが適切かを気にする親も多いようで、こちらにたくさんのアドバイスがあるので参考にしてもいいかもしれません。(発言小町「『はだしのゲン』を読まれた方」)

国内だけではありません。この作品、核保有国を含む世界20か国語に翻訳されていると言います。今年はイランの学生がペルシャ語に翻訳をして出版されています。核開発が懸念されている国で核によってどんなことが起きるのかをイメージするのに役立つと、つまり未来の抑止力として読まれているそうです。

興味深いのは、国内では歴史を顧みるものとして位置づけられているのに対して、海外では、未来のために役立てられようとしている点です。

非常的に多面的です。こんな作品は滅多にありません。

カナダ14歳の女の子にたまげた

ここでまったく違う話をします。

はだしのゲンが話題になったのとほぼ同じ時期に、カナダの人気トーク番組に出た14歳の女の子の動画を見ました。すごい女の子です。

レイチェル・ペアレントという名の少女は、その若さと理路整然とした語り口によって地元カナダのメディアでも注目されている若い活動家。

「Kids Right to Know(子どもの知る権利)」という名のNPOの創設者で、GMO(Genetically Modified Organism)つまり遺伝子組み換え食品について、はっきりと食品パッケージに明記されるべきだ、ということを主張しています。

日本を含む多くの国でパッケージに遺伝子組み換えについて記述するようになっている一方で、米国とカナダにはそのルールがないということを問題視し、消費者として、自分たちが食べるものに何が入っているのかを知る権利がある、というのが彼女の主張です。

もちろん、その背景には、遺伝子組み換え食品の安全性についての懸念があり、この分野の代表企業である米モンサント社などがそのメリットを主張する中で、大きな政治テーマになっているのがGMOの問題です。

動画に登場するこの人気番組の男性司会者ケヴィン・オライリー氏もGMO支持側として見られており、過去の「偏向報道」をレイチェルさんも問題視していたようです。

さて、とにかくこの番組の「インタビュー」は、最初からトーンがおかしいんです。

「君は、ロビイストって何か知ってるよね?」という投げかけから入るオライリー氏。

細かなやりとりは動画を見ていただくとして、14歳の女の子に対して人気番組の司会者が、まるで自分の子を諭すように問いかけ、「遺伝子組み換え食品自体に反対なのか? それでは多くの人たちを見殺しにするってことだよ」と攻め寄り、遺伝子組み換え食品によって発展途上国の多くの人たちの命が助かっているという話を展開、「本当に自分の意思でそんな主張をしてるの?」という疑い、若いんだから極端にならずにもっと両方の論をバランス良く見なければならないと説得を試みる意図がよく見える流れです。

これに対して、レイチェルさんは、物怖じ1つせず、何が問題で何を主張しているのかをはっきり伝え、オライリー氏が持ち出したデータよりもはるかに詳細で説得力のあるデータを紹介し、何度も論点をずらそうとする司会者の試みを見事にはねのけながら「どれが遺伝子組み換え食品かを分かるようにして、自分たちの意思で選択できるようにしてほしいだけなの」という自らの主張を視聴者に(大多数の大人にとっても)繰り返し分かりやすく説得力のある形で伝えています。

司会者の態度と同様に、多くの視聴者もおそらくはじめは「14歳の子どもだから」と少しナメて見ていたと思いますが、この大人でも扱いの難しい問題に対して、数々の揺さぶりにも屈せず、どこに注目して、どうすべきかをはっきりさせている姿に多くの人たちが驚きの声を挙げています

会話の応酬が続くので分かりにくいところもあるかもしれませんが、司会者とレイチェルさんの表情と声のトーンに注意するだけでもこの14歳の女の子の凄さは感じられると思います。

日本は大丈夫?

 

 もし仮に、仮にですよ。こんな子がリーダーになって、たとえばTPPの交渉相手として現れたりしたら、日本は太刀打ちできるのだろうか。

複雑に利害がからまり、価値観や歴史観の違う国同士がお互いの主張をする中で、こんな人物がまったく日本の考えと合わないことを言っていたら、どうするんだろう。

突然現れた14歳の女の子に感心しながら、実は一方で、そんな不安を感じてしまいました。

グローバルな時代にあって、彼女のように堂々と人前で主張し、支持を得たり、合意形成ができるリーダーを育成できるような教育の仕組みが、日本には果たしてあるのだろうか、ということを、「はだしのゲン」の扱いを巡っての混乱を見ながら思うのです。

次世代のリーダーにはこの「合意形成」のスキルが重要なキーワードになるだろうと思います。例えば、国内では40年前の作品について今なおその扱いに苦慮している。松江市教育委員会が小中学校の図書室で閲覧制限をしていたほか、鳥取市の市立図書館でも自由に読めなくなっていたと報じられました。

問題は、あまり分からないように閲覧制限をし、それを問題視された途端にまた元の状態にもどそうとしている、ということです。

これだけ長年議論の対象になっている陰で、日本の子どもも、どこかでこの「はだしのゲン」をこう扱うべきだー、なんていう主張をしているのでしょうか。

レイチェルさんが示唆する合意形成の原則

一方で、レイチェルさんは複雑な問題で合意形成するための原則を示唆してもいます。これが、今回、次世代のリーダーを考える上で参考にしたいポイントです。3つあります。

*1つめは主張の方法です。

複雑な問題に対して何かの主張をする時、欧米ではメディアを使って世論に訴えかけることがよくあります。みんなの知らない所で問題を処理していくのではなく、世の中の大きなイシューにし、支持を得て議論を進めていく形です。

このレイチェルさんも、最初は学校のスピーチコンテストで論ずるテーマを選ぶ中で、このGMOの問題にたどり着き、調査をすればするほど「これは何とかしなくては」という問題意識が高まったと言います。きっかけは11歳の時のスピーチだったそうです。

このレイチェルさんの語り口は、メディア対応をアドバイスしている専門家の目から見ても見事の一言ですが、こんな形でアピールできる人材の重要性を理解するとともに、こんな風にメディアでアピールされた時にどうするか、という点も検討しておく必要がありそうです。

話の中身もはっきりしています。レイチェルさんの主張は、どの食品に遺伝子組み換えの材料が入っているかを明示してほしい、ということです。

「子どもたちが知る権利」という団体名になっているくらいですから、「こっそりやられることが問題だ」、と言っています。

反対側のためにも仮説-検証して見せる

*2つ目のポイントを紹介する前に、動画を見ていただくことにしましょう。ストーリーはこうです。

 「人参を食べると、暗い所でもよく見えるようになる」という言い伝えがあります。そこでその実験をやってみました。ひたすら人参を食べます。無言で食べます。そして、部屋を暗くして、ハードルやルームランナー、卓球、ゴールキック、ボクシングをやってみます。何が起こったか? ご覧ください。

 

実はこれ、ノキアの新しいスマートフォンの動画広告です。人参を食べるよりも、この方が暗い所もよく見えますよ、というのがメッセージ。

この動画自体はお笑い色が強いのですが、この構成要素を見た時に、いくつもの「スポーツ種目」が入っていることに目が行ってしまいました。

「人参を食べても暗闇ではよく見えない」ということを伝えるために、「何度も形を変えてやってみる」というのが、面白さはもちろんですが、実は「納得」にも重要な要素になってるんじゃないか、ということです。

冒頭のレイチェルさんのインタビュー動画で、GMOを扱う側には何が必要なのかと問われた彼女は、とにかく長期に渡って繰り返しテストすること、つまり仮説検証が必要と言っています。

異なる考えや価値観が共存するためには、「相手が納得し、実行可能な条件」を知っておく必要があります。

合意形成に至るために反対側へのアドバイスを持っておく、ということです。

ストーリーで分かりやすく伝える

*そして3つめのポイントです。ここでも先に動画を見ていただきましょう。 

 

ストーリーはこうです。父親と息子がチョコレート味のプリンを食べています。

父はこれが大好きだと言うと、息子は「どうして?」と聞く。父はここから物語を話し始めます。

想像してみなさい。髪が少なくなった頭で毎日目が覚める。そして、渋滞の中、車を走らせて会社に向かう。会社では1年がかりで取り組んでいたプロジェクトが突然中止になる。そんな毎日もこれがあれば乗り切れるんだ。すると、息子がちょっと考えてこう言うのです。「僕よりもパパが食べた方がいいと思うから、これどうぞ」

メッセージを効果的に伝えるために、ストーリーで語ることがよくあります。具体的にイメージしやすいからです。

レイチェルさんも話の中で自らの体験なども含めてストーリーでイメージしやすく語っています。

ストーリー。そう、漫画はストーリーそのものです。

そういう観点で「はだしのゲン」に向き合ってみると、今の時代に合ったその新たな役割や魅力が感じられてきます。

リーダー教育に「はだしのゲン」

たとえば、こんな問いを考えて発表してもらうとします。

「はだしのゲン」を核開発している国で広く読まれるようにするにはどうすればいいか?

第一次安倍内閣時代、麻生太郎外相(当時)は2007年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の準備委員会で、「はだしのゲン」の英語版を会場内で実際に展示、配布していますから、現実的なテーマです。

コミュニケーションの研修で、「クロストーク」というプログラムがあります。

社会的な問題で是非を論じ合うもので、たとえば、「電車内での化粧は許されるか否か」とか「サマータイム導入の是非」、などをテーマにして、賛成・反対チームに分かれて順番に主張します。

その後、どれくらい説得力があったか、何があるともっと良かったか、支持が得られるための条件などを考えます。この時、もともとの本人の主義主張と関係なく、チームを分けるのですが、頭の柔らかい人ほど、自分の主義主張と反対側につく方が、結果的に面白い意見を出しますし、本人の発見も大きかったと言います。

ただ、こうしたテーマでは、どうしても論点がそれほど多く出ません。

意思決定にもそれほど複雑な要素が加わりません。つまり、現実の場面で応用するには差が大きいんです。

こんな時に、「はだしのゲン」が題材になると一気に深みが出ます。

多様な人々との間で「合意形成」するというトレーニングに、多面的な見方ができる「はだしのゲン」が大きな役割を果たすのではないかと思うのです。

はだしのゲンの中に、こんなシーンがあります。

ゲンの父親が戦争反対を主張していたためにゲンたちも小学校で非国民呼ばわりされていたある日、教室でお金がなくなったことをゲンの姉が疑われ、教師が人前で裸にして取り調べをしました。

父親がそれを知り、学校に乗り込みます。そして教師に盗難の証拠を出すように詰め寄ると、生徒が見たという証言があったと言う。しかし、その生徒は父の気迫に押され、嘘をついたと謝ります。

「はっきり調べもしないで娘を裸にする権利があるか」「子どもの心に一生消えないキズをつけやがって」と激昂する父親。戦争に反対する非国民のやつらが許せなかったと後に怒る教師が、校長に「なんとかいってください」と言った時の校長の言葉が象徴的です。

「これ以上、ことをあらだてないでくれ。たのむよ」

これで解決しようとするリーダーでは危うい。閲覧制限を巡る対応を見ていると、68年前の「ゲン」に出てくるのと同じような様子に感じられてしまいます。

「はだしのゲン」という大きな作品を私たちも何とか未来に向けて活かしたいところです。

そのためにもう一度、まとめておきます。レイチェルさんの示唆した合意形成のポイントは以下の通りです。

  • 隠さずにはっきり伝え、選択できるようにする
  • 反対派へのポイントも明らかにする
  • ストーリーで分かりやすく伝える

見てない人はこの機会にどうぞ。8月末まで無料動画が公開されています。

(Gyao!はだしのゲン|無料動画

(Gyao!はだしのゲン2|無料動画

 

(文)鶴野 充茂、ビーンスター株式会社 代表取締役ビーンスター代表。コミュニケーションの専門家として幅広く活躍。人気動画紹介サイトを運営するほか、様々な動画をプロデュースする。


post a comment