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先日帰京した折,やっと時間を見つけて行ったのが,コルビュジェの展覧会です。友人が勧めてくれる山種美術館の速水御舟も行きたかったのですが、物見遊山での帰京ではありません。限られた時間の使い方を考えます。どうしても浅草の合羽橋に行って、買いたいものがありました。そこで,一番近い上野を目指します。
西洋美術館の一番大きな催しは,ミケランジェロです。そちらには目もくれず,常設展として企画されたコルビュジェの展示室に入りました。大成建設は,コルビュジェのコレクターとして有名です。今回の展覧会は,この大成建設、コルビュジェ財団の協賛によるものです。しかも,日本唯一のコルビュジェの建設物、ここ西洋美術館での開催です。
建築家として有名なコルビュジェですが,多数の絵画、彫像も残しています。絵画,彫像とともに見るのは初めてでした。絵画は,同時代のピカソとも交流があったことを偲ばせる構図ですが,その彩色はコルビュジェ独特な色合いです。 建築家としてみて来た私の目に,色を施された絵が目の前にあると,急に今まで見えなかったコルビュジェの世界が拡がって行きます。建造物の無機質の冷たいものから、ホット灯が点いたような温かな世界です。彫像にも彩色されています。横に飾られているコルビュジェの白黒写真は,見慣れた彼の建築物をイメージしますが,彩色された絵画や彫像を見ると,その写真までがカラー写真に見えてきます。
この展示場,ほとんど人がいませんでした。コルビュジェが作った空間を彼の絵やエディットした本が並んでいます。実は私が今回どうしても見たかったもの,それは,コルビュジェが手がけた都市計画のデッサンなどです。その都市とはインド、ニューデリーの北、パンジャブ州の州都チャンディガールです。ヒマラヤの裾野に拡がる平原のチャンディガールの都市開発をコルビュジェが手がけたのは1950年以降です。街の景観も含め,幾つかのパブリックの建物の建築、オープンハンドと呼ばれる塑像まで残しています。
私がチャンディガールを訪れたのはもう15年も前のことです。ニューデリーから電車や車でも行けますが,空路をとりました。飛行機で約1時間。降り立ったチャンディガール、ニューデリーの人の渦と埃と喧噪からは,信じられないような街でした。主人の仕事関係のオープニングセレモニーに出席するだけが目的でした。当然限られた時間です。コルビュジェが手がけた建物を見て回る時間すらありませんでした。道路が,放射状に延びた街の整然とした美しさだけが,記憶にあります。
後日、チャンディガールでコルビュジェが建てた最高裁判所の壁には、彼がデザインしたタペストリーがかかっていることを知りました。そのタペストリーのデッサンが今回展示されていました。デッサンもやはり彩色されています。全部で5枚。壁を飾るタペストリーです,実物はかなり大きいものに違いありません。
コルビュジェと向き合っていた僅かな時間が,チャンディガールへ連れて行ってくれました。きっと,あのヒマラヤの裾野の街にはもう訪れることはないかと思います。インドの人も,チャンディガールの街を「インドのエンジェル」と呼ぶそうです。