世界遺産登録後の平泉に行ってきました。
(・・・7月末の話でして、このお盆休みに行ったわけではないのですが。)
8年ぶり、4度目の平泉です。
現地では、mixiでお世話になってるすーさんに案内していただいたり(すーさん!その節はお世話になりました!)、駅前の軽食屋さんのおばさまから「東日本フリー切符の時は駅前もとても賑わった」という話を聞いたり、金色堂付近にたまたま居たバスガイドさんを捉まえて棺の置かれてる向きを解説してもらったり。(その人のツアーとはゼンゼン関係ない個人旅行なのに!)
そして聞く人聞く人、一様に「世界遺産効果アリ」とおっしゃってました。
たしかに大層な賑わいでした。
文化遺産センターでも中尊寺でも、観光バスがどかどかと到着してて。
特に中尊寺の宝物館(三衡蔵)のあの混み合いっぷりは、世界遺産バブルを非常に感じました。
人混みが苦手な私としてはややストレスの溜まる状態ではありましたが、繁盛してるのは良いことです。
観光産業であれば、寂れてるより賑わってるほうが良いのは間違いないわけで。
ただ、中尊寺・文化遺産センター・毛越寺以外はあまり賑わっていなくて、旧観自在王院庭園も高舘も無量光院跡も柳之御所遺跡も、私がかつて訪れた時の観光客数に数人足した程度の人数しか居ませんでした。
あ。柳之御所資料館には観光バスが停まってたので、彼らが居る間は人口密度高かったです。
なんとなく、中尊寺~毛越寺ライン(途中に文化遺産センターがある)は「団体観光客向け」で、それ以外は「歴史マニア向け」になっている印象がありました。
世界遺産になっても、全体を見渡せば思ったほどの変化はないのかな、と。
また、現地の雰囲気も、思ったほど浮かれてはいませんでした。
もっとあちこちに「祝!世界遺産!!!」みたいな幟とかポスターとかが掲げられまくっているかと思ったのですが、平泉駅前に少しあったきりで、むしろ途中通った一関駅のほうが幟や小旗をみかけたような印象です。
沿岸部の被災地を慮ってのことかもしれませんが、町中を移動してるときも、そんなにわっしょいわっしょいなってる気配はなくて。
地に足ついてるカンジが、非常に好ましかったです。
その世界遺産問題。
今回、平泉が世界遺産になってネットでよく目にしたのが、「平泉なんてガッカリ遺産じゃねぇの?」という批判でした。
目立ってる存在にいちゃもんつけるヤツは必ず出てくるものですし、そんな俗っぽい言いがかりをいちいち相手する必要はないと思いますが、やはりいい気分はしないものです。
なので、「実際に行って、平泉の遺跡がいかに貴重ですばらしいものかを解説できるようなネタを仕入れたい!」と思っていました。
しかし、無駄なのかもな、と、あの団体客を観てて思いました。
「あんな風にちらっとしか観ないでその土地の何が分かるんだろう」と思ったのです。
世界遺産だろうがそうでない名勝地だろうが、そもそも観る人に「知ろうとする意識」がなければ伝わらないな、と。
そして、「旅」についてちょっと考えてみました。
非日常を味わう『旅』には、「ガイドブックに載っている有名な場所に『行ってきた!』と自慢することが目的な旅」と「その土地のことが知りたいと思って行く旅」という二種類があるのだろうと思いました。
平泉を「ガッカリ遺産」だと思う人はたぶん前者で、「自分はこんな凄いのを見たんだぜ!」と自慢するためには、ビジュアル的に「凄く」なければ自慢にはならないわけです。写真を見せた瞬間に「わぁ~!凄い!」と相手に言ってもらえるようなビジュアルが求められます。
残念ながら、平泉にはそれがありません。
金色堂はビジュアル的にはかなりの合格点なのですが、あいにく金色堂の前では写真が撮れないため、「金色堂をバックに自分が映る」ということができない、つまり証拠写真が残せないのですね。これではなんとなく不満が残るわけです。
一方、「その土地のことが知りたいと思って行く旅」をする人は、ビジュアルにこだわりません。
景色とか音とか空気とかの五感での印象や「その土地の人とのふれあい」ってやつを大事にするでしょうし、たとえそこに建物が残っていなくてもその「史跡」に萌えることができます(←ワタシはコレ)。
目に見えないものの価値を大事にして、むしろそれに「酔う」ことが目的なわけです。
この中の史跡に萌えるタイプは、その土地にまつわる知識にもこだわります。
現地での説明板が重要ですし、事前に知識を仕入れてから行ったりもします。
ただし、どちらが良いというわけではないのです。
知識タイプの私も損してるなと思うことがありますし・・・例えば巨大建築物的な「ビジュアル系観光物」を突然観に行ってもその建物の由来がよく分からないままだと、ビジュアル派が素直に「すごーい!!」と言ってる横で、「なにが?」みたいに冷めて観てしまって、そんな時は間違いなく損をしてると思うので(素直に凄い!と受け止めればいいじゃないかと)、楽しみ方はそれぞれだと思うのです。
しかし、殊、平泉に関しては、ビジュアル系の楽しみ方ではなく、知識系観光地なのだということを踏まえたうえで、じっくり時間をかけて観てまわっていただきたいなと思うわけです。
金色堂と毛越寺をちょろっと見ただけで「観たつもり」にならないで。
知識系観光地であると認識しておかないと、せっかくの遺跡見物が無駄になってしまいます。
私も歴女のはしくれとしてそれなりにあちこちの史跡を訪ねてますが、平泉ほど「分かりやすい遺跡」が見られる場所はありません。
建物跡である「礎石」がキレイに並んでますし、浄土庭園の「池の跡」がそのまま存在している。
文化遺産センターで知識を仕入れて、そして史跡を観て、ぜひ想像力を働かせてください。
平泉は、遠い昔にも確かにそこに人が居て、そこから現代へ続いてる「歴史」をリアルに感じることができる、貴重な場所だと思います。
きっと現地でも今以上にもっと、想像を手助けしてしてくれる解説展示が増えていくと思います。
(私的には、iPhone等のカメラを向けると画面の中に再現映像が浮かぶAR技術での展示を待ち望んでいるのですが!!)
平泉が世界遺産として今後どう発展していくのかも楽しみにしつつ、私もまたチャンスを伺って訪ねて行きたいと思います。
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