池やん!まいど!おおきに!ごきげんどぅ!

仕事・今までの人生
このごろ悩みが多くて困ります。
周りの多くの人に救われているのを
実感する今日この頃。

旅を終えて

2012年04月06日 | 変化した事
昨年の11月から本年3月末まで全国を回る事ができた。

目に映る多くを観察し又その地方の風土や空気や空を見て触れて聞いて匂いを感じる事によって
直に五感に感じるものが多くあった事は言うまでも無い。
また、その機会を平然と理解を示し、与えてくれた周りの人々の理解に
今はほんとうに心より感謝している。

昨年の今頃は、精神的にも肉体的にもたいそう辛くて実際に体も悪くした。
今も頭皮や額にその症状の痕跡が残っているのであるが、
少し疲れたり精神的に不安定になるとその皮膚炎が悪化をするが、
なぜかしらこの頃では、自身では気付きはしていないが私の思慮と別の場所で
私の深層部の本来の精神と情緒は安定し気分は安堵しているのであろうか?
その症状はひどくはなってきていないし、徐々に快方に向かっている気さえしている。



このブログへコメントを寄せる方からは色々と意見を頂戴したり、
近況についてお見舞いをいただいたり、
また反対に、私の行動にあきれた内容の文面が殆どである。
よってブログ上で公開できる文面も私が選択し、私に都合良く心地よい文面だけに
特化している事を批判のコメントを寄せていただいた方にはお詫び申し上げます。
「ごめんなさい。」
先日、《旅を終わるに当たって何が見えましたか?そんなあなたの事が淋しい。》との
コメントをいただいた。そもそも何かを求め欲する事の無い旅であったので、
何かを得たという実感が無い。
ただ、《以前の池やん》ではないことをご理解いただきたく思う。

断る事のできない《面倒見の良い池やん》から、
見返りや報酬など求めない無欲で生きる、自分の本質の人に換われたのかもしれない。



私自身、この全国を回ってやろうという発想の根源は全く自身からそうしようと
考えたのではなく、《必然的にせざるを得ない状況になったからスタートをした。》と
言うのがふさわしい言葉の表現であろうと考えている。



旅の始まりのきっかけは一本の電話を山科区にかけたところから始まっている。
その先で出会った人たちがあり、その人たちの中に混ざる事にあって
自身の生きる方法に無感情で無欲で全く無抵抗で流れるままに
流れに逆らわず、波間に浮かんで風が吹けば風下へ行き、雨が降ればずぶ濡れになるのも
又、楽しい暮らし方や生き方じゃないだろうか?という発想から必然的に旅の機会に
巡り会えたと言えよう。

不思議なもので、もがいて懸命に仕事をしている時よりも、
言われるままの仕事をそれなりにこなしていて、ある時はまったくそっちのけにして
旅三昧の生活をしている間に取り巻きの人脈もまた以前よりも増えたようだ。
いつもヒキツッタ顔で対人に閉鎖的な心情の鍵が外れたので、
他人様は垣根の扉が明け易く、その垣根の高さが低くなったからであろう。



さて、旅を終了して今後についてであるが、
約10年前に別事業を立ち上げようとしてあまりにも忙しくて挫折した、
農産事業とその産品を使用した加工事業を企てている。
昨年に少しだけ試験的にやってみたのであるが流通先や卸市場の評価は高かった。
昨年7月から京都市の過疎地の山村に住んで何も考えないで暫くはボーッとしていたのであるが、
人の為や利益の為にではなく、素直に大地に挑戦してみたく思い行動を開始した。
自己利益は考えにない。

やはり、同じ所にじっとしていられない性格は残っている。

しかし、だが、

【今までの自分とは決別・さようならができた。】


旅立ちの唄 -Mr.Children (Photo Slideshow)



気ままに生きているように外から見えて,実際そのように自身で思っていても、
成るがままに万物の力に押し流され、引力に引き付けられていて、
渦巻きでグルグル回転しながら目が回って生きるのも、たいそう決断と勇気がいるもんだなぁ~と
この頃では感じていたりしているが・・・・・・。

次の旅立ちは、死出の旅までしないつもりでいる。
次の旅立ちは、当たり前だが燃料片道。
行きっぱなしの片道切符です。



その旅立ちの出発地も下調べは済んでいる。すばらしいところである。

にこやかに笑みを浮かべて、
「私は大人ですから、怒りません、憎みません、恨みません、悲しくないので泣きません。」
と言って、思い残す事無く旅立ちたい。

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