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ドキュメント『黒澤明と「天国と地獄」』

2022年06月03日 23時53分03秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

都築政昭による、
映画「天国と地獄」の制作秘話の集大成。

「天国と地獄」は、
1963年(昭和58年)に封切られた黒澤監督による映画。


身代金誘拐を題材に、
濃厚な人間ドラマ
卓抜なサスペンスを織りまぜた、
娯楽映画の頂点ともいえる作品。

都築政昭は、様々なインタビューと資料に当たり、
かつてない「天国と地獄」の全体像を解き明かす。

製靴会社「ナショナル・シューズ」の常務・権藤金吾の元に、
「子供を攫った」という男からの電話が入る。
しかし、すぐに、息子の純と間違えて、
住み込み運転手である青木の息子・進一がさらわれたことが分かる。
間違いと知れば、すぐに子どもは帰されるのだと安心していると、
再び電話がかかり、
子どもは間違えたが、
この子の命が惜しければ、3千万円を支払え、と要求して来る。

前半は、誘拐の身代金を巡る権藤の苦悩を描く。
というのは、権藤は密かに自社株を買占め、
近く開かれる株主総会で経営の実権を手に入れようと計画を進めていたのだ。
最後の株取得が成り、
その日のうちに大阪へ秘書が5千万円の小切手を持っていかなければ、
必要としている株が揃わず、
会社を追われ、地位も財産も、すべて失うことになる。
他人の子どもの命を救うために、
コツコツと積み重ねて来た
仕事も会社も地位も失う苦しみ。
結果として、権藤は運転手の子どもを救うために
自分の全財産を投げ打つ覚悟をする。

ここまでが前半の54分間。
場面は権藤邸の中に限られた密室
臨場感を出すために、
カット割の撮影を排して、

一場面を通して演じ
それを2台のカメラで追い、
後で編集でカットをつなげるという手法を取った。
そのためには綿密なリハーサルをし、
カメラをはじめ照明、録音と綿密な打ち合わせをし、
一発で撮影を完了しなければならない。

その効果は絶大で、
前半、濃密な人間ドラマに観客はのめりこむようになる。
そして、権藤役の三船敏郎が一世一代の名演技を見せる。

セットはスタジオと、
横浜の丘に建てた外観だけのものと、
同じ丘に建てられたセットの3つ。
3つ目のセットは、窓の外に横浜の遠景が入る時に使われた。
他に、横浜の夜景で、遠くにある車のライトの列が写る場合、
タクシーのライトに補助ライトを付けて動かしたという。
また、別の夜景での横浜の明かりは、
豆電球によるものだという。
そういう裏話が、都築の筆によって明かされる。

演劇的な撮影方法に、
俳優達は極度の緊張を強いられ、
それが画面に反映する。

そして、密室が終わると、
ガーッという特急こだまの映像。
犯人は3千万円の入った二つのカバンを持って、
特急こだまに乗れと指示する。
そして、途中の車内電話で、
酒匂川の鉄橋を渡る前で子どもの生きた姿を見せるから、
渡り切ったところで金を投げ落とせ。
特急の窓は開かないが、
トイレの窓だけ7センチ開くというのだ。

このシーンは当時の国鉄と掛け合って、
特急こだまを全車両借り切って、
熱海まで走行する間に一発勝負で撮った。
はじめスクリーンプロセスにすることを考えたが、
車内の金属の部分、てすりなどに
外の景色が映り込むことから、
実際に列車を走らせて撮影することにしたという。

酒匂川に差しかかると、
運転台で8ミリを回し、犯人の姿を捉えようとする。


一方権藤は、トイレの窓から進一の姿を確認し、
続けて、カバンを窓から落とす。
反対側の堤で待っていた犯人がカバンに向かい駆け下りる。
それを撮影する最後部での8ミリカメラ。

5分58秒のシーンの撮影のために
8台のカメラでフタッフが駆け回る車内。
都築の筆は、それらの全てを書き留める。

特に、脚本の段階で、
国鉄と連絡を取り、
トイレの窓が数センチ開くことを確認するなど、

このアイデアが無くなったら、
映画が成り立たなくなる。
実は、はじめ、窓が開くのは10センチと聞いていて、
10センチの幅の鞄を用意していた。
しかし、一週間前の下見の時、
洗面所の窓が7センチしか開かないことを発見。
国鉄の設計図にミスがあったのだ。
急遽、カバンの作り直しがあったという。

そして、後半は捜査の状況。
仲代達矢扮する土倉警部を中心に、
犯人探しの捜査が始まる。
進一が描いた絵をもとに、アジト探し、
電話の音声から、不思議な音を抽出し、
それが江ノ電のパンタグラフのこすれる音だと判明し、
次第にアジトの地点が狭まっていく。

途中犯人を明かす。
犯人の病院のインターン、竹内銀次郎は、こう登場する。


電話ボックスなどを捜査する刑事たちの向こうにどぶ川が見え、
その川面に映る、ワイシャツ姿の青年。
背景に流れる「鱒」の明るいメロディー。
カメラは青年の姿を追う。
青年がアパートに入ると、
その窓から権藤邸が見える。

そして、証拠隠滅のために医学生が
病院機の焼却炉でカバンを燃やすと、
カバンに仕込まれたカプセルが煙突から出る煙をピンク色に染める。


白黒画面の中に一か所だけ染まる桃色の煙が効果的。

犯人の医学生を突き止めた捜査陣は、
犯人を泳がせる。
純度の高いヘロインで仲間を殺すために、
横浜の黄金町でヘロイン交換をする犯人。
その後を付ける刑事たち。

シナリオには、
「これからは、シナリオ形式では書けない。」
と書かれた、喧騒の町。

犯人が逮捕され、
死刑が確定した後、
犯人の希望で権藤が犯人と面会する。
ここで演ずる犯人役の山崎努の素晴らしい演技。
当時、山崎は、全くの無名。
オーディションで山崎にセリフをしゃべらせ、
黒澤は一発で起用を決めたという。
こういう役は、既存の役者では
既に出来上がったイメージがあり、
無理なのだ。

ここで初めて、犯人は、動機を述べる。

「私のアパートの部屋は、
冬は寒くて寝られない、
夏は暑くて寝られない・・・
その三畳から見あげると、
あなたの家は天国に見えましたよ・・・
毎日々々見上げているうちに、
だんだんあなたが憎くなって来た。
しまいには、その憎悪が生甲斐みたいになって来たんですよ」

それが題名の由来だ。

本当は、この面会室のシーンの後に、
2シーン用意されていて、
撮影もしたのだが、
山崎のあまりの演技の素晴らしさに、
このシーンで暗転して、終の文字が出る。

他に、抜擢された石山健二郎佐田豊の二人が
徹底的にしごかれた話が書かれている。
石山の方は、新国劇での名脇役の実績がある人。
しかし、舞台独特のオーバーな演技が黒澤は気に入らない。
みんなの前で徹底的にけなされ、
どんどん石山は萎縮していく。
最後は映画の中で殺してくれとまで言うほどに悩む。
しかし、映画が公開されると、
二人の演技が激賞された。
このことに、黒澤は、
「一番困った連中がたいてい褒められるよ」
と不思議がっている。

「天国と地獄」の解説本で、
これ以上の本は知らない。
実は、この本、再読。
2度目でも面白く、発見が多かった。
そして、その後でブルーレイを観ると、
権藤邸でのカット割など、
なるほどと思わせるものがあった。

↓は、手元にあるシナリオの決定稿


ここにある面会所の後のシーンは、
公開当時「キネマ旬報」に掲載されたものはとも、
本書にあるものとも違う、貴重な資料だ。


なお、当時、朝日新聞の映画欄は、 
5段階の評価がされており、
初の「5」の評価が出たのが、
この「天国と地獄」だったことを覚えている。
後にも先にも、
これほど見事に作られたサスペンス映画は作られていない。
日本映画の金字塔的作品。

 



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