空飛ぶ自由人・2

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映画『PERFECT DAYS』

2023年12月25日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダース
役所広司がセッションした日本映画。
渋谷でトイレ清掃員として働く平山という中年男の
静かに淡々とした毎日を描く。

東京スカイツリーが見える押上あたりの木造アパート
朝、近所の老女が道を掃除するほうきの音で目覚め、
せんべい布団を畳んで片付け、
歯をみがき、顔を洗い、
口髭をはさみで整え、電気カミソリで髭を剃り、
小さな鉢のささやかな植木に水をやり、
作業服に着替え、
入口に置いた鍵やカメラやガラケーや小銭を手にし、
ドアを開けると、空を見上げて微笑み、
アパートの前の自動販売機で缶コーヒーを買い、
道具を積んだ軽自動車で現場に向かう。
選んだカセットから流れるのは、
遥か昔の洋楽
この日はザ・アニマルズの「朝日の当たる家」。
ルー・リードの「パーフェクト・デイ」が流れることもある。
いつもの道路、いつもの信号、いつもの高速、いつもの建物・・・
現場に着くと、道具を取り出して、
トイレに入り、ゴミを拾い、
床を拭き、便器を清掃する。
裏側を鏡で点検し、
トイレットペーパーを交換し、
鏡を磨く。
ていねいなていねいな仕事。
同僚の若い男は、
「平山さんはやり過ぎですよ。
どうせ、汚されるんだから」
と言うが、意に介さない。


一箇所のトイレの掃除を終えると、
次のトイレへ。
午前の仕事が終わると、
コンビニで買ったサンドイッチと飲み物の昼食を
神社のベンチで取り、
木漏れ日の写真を古いフィルムカメラで撮影する。
そうやって17カ所のトイレを回って、
アパートに帰ると、
時間を見計らって銭湯に出かけ、
一番風呂に入って、身体を流す。
夕方になり、自転車で隅田川を渡り、
浅草の地下鉄の通路にある居酒屋で夕食を取る。
常連なので、坐れば、いつもの酒とつまみが出て来る。
暗くなってアパートに帰ると、
布団に寝ころんで、
古本屋で買った文庫本を読み、
眠くなると、電気を消して寝る。

そして、翌朝、老女の持つほうきの音で目覚め・・・

という日常が繰り返し淡々と描かれる。
その間、役所広司は一言も発しない。
テレビもパソコンもない生活だ。

休みの日には、作業服や下着をコインランドリーで洗濯し、
撮った写真のフィルムを現像に出し、
前に預けたフィルムのプリントを受け取る。
アパートの押し入れには、
木漏れ日の写真が
ブリキ缶に入って納められている。
古本屋に寄って、
100円の文庫本の中から
昔の小説本を購入する。
そして、近所の小料理屋で夕食。
どうやら、そこのママに気があるようだ。

大都会の隅に暮らす、
一人の独身男の日常を描いて、
それが美しい、と感じさせられる。
変化の少ない変哲のない日常だが、
平山の一日が満ち足りたものとなっているのが
その表情から分かる。
平山にとって、
毎日は「PERFECT DAYS」(複数形)なのだ。

ささやかな日常の中の変化。
手洗いの隙間にはさまっていた紙に書かれたゲームに記入し、
誰とも分からない人物との交流。
トイレにこもっていた男児と共に母親を探していると、
母親が現れ、
平山と手をつないでいた男児の手を
さりげなくアルコール消毒する。
同僚の連れてきたガールズバーの女性に
カセットを持ち去られ、
後日返しに来た女性に頬にキスされたりする。
一番の変化は、
家出したが十数年ぶりに訪ねて来て、
泊まっていったこと。
姪は伯父である平山と心のつながりを持っており、
トイレ掃除に付き合う。
夜、平山の妹が訪ねて来て、
姪を連れ戻す。
ここで、平山が裕福な家庭で育ち、
父親との相剋で家を出たことを匂わせる。

小料理屋のママを元夫が訪ねてきたのを目撃、
橋の下で元夫と交流。
元夫はガンで死期を悟り、
元妻に謝罪あるいは感謝を述べたくて来たことを知る。
二人で影踏みに興ずる。

というわけで、一庶民の日常を淡々と描いた作品だが、
どんな作り物の話よりもドラマを感じさせる

私はテレビ東京の「家、ついて行っていいですか」
をよく見るが、
あそこに描かれる、
小市民の日常と重なる。
どんな人にもドラマがあり、
そのドラマを胸に秘めて
誰にも言わずに生きているのだ。
それは美しく、かつ完璧だ。

主人公の名前「平山」は、
ヴェンダースが敬愛する小津安二郎
「東京物語」や「秋刀魚の味」に出て来る主人公と同じ名前。
それだけでリスペクトが感じられる。
隅田川にかかる桜橋や
代々木八幡神社や浅草駅地下鉄銀座線の
昭和の匂いぷんぷんの商店街など、
知っている光景が出て来るのも嬉しかった
石川さゆりの歌う日本語の「朝日のあたる家」には、
泣きそうになった。

平山が掃除する公衆トイレは、
渋谷区にある、隈研吾や安藤忠雄といった
世界的な建築家がデザインしたおしゃれな公衆トイレ。
日本財団のプロジェクト「THE TOKTO TOILET」が手掛けたものだ。
このプロジェクトの一環として製作されたのが本作。
ドイツ人の撮った東京の住人の生活が光り輝く。
秀作


寡黙な演技で終始する役所広司が映画を支え、
カンヌ国際映画祭男優賞受賞は当然の出来栄え。

5段階評価の「4.5」

拡大上映中。

 



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