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小説『此の世の果ての殺人』

2023年01月27日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

「この世の果て」とは、
北極でもないし、
シベリアの奥地でも砂漠の荒地でもない。
福岡県太宰府市。
なぜ、そこが「この世の果て」かというと、
直径7.7㎞を超える小惑星が地球に衝突するため、
人々が日本を脱出して、
ゴーストタウンと化した人気(ひとけ)のない町だからだ。
小惑星が衝突する日も分かっている。
2023年3月7日。
(本書の刊行日は2022年8月22日)
TNT火薬にして4千5百万メガトンに相当する
運動エネルギーを携えて、
小惑星が地球軌道と交差する。
地表に対して20度の低角度で突入、
中国上空を通過して南東に進み、
熊本県阿蘇郡に衝突

発見された時は、衝突を回避することは出来ない状態だった。
(昔、映画「妖星ゴラス」(1962)では、
 南極にロケット推進装置を沢山並べて噴射、
 地球の公転軌道をずらして惑星との衝突を回避する、
 というのがあった。)


しかも、各国政府は、「国民の不安を煽ることを控え」て、
情報を公表せず、
衝突の半年前の2022年9月7日になって世界的に情報が提供された。
それから世界各地で暴動が発生し、
9月7日の会見から3週間で、
1億5千万人が死亡した。

中でも衝突地点を抱える日本の混乱は凄まじいもので、
アジア及びオセアニアの住民は
衝突予測地点から少しでも遠ざかろうと、
南アメリカ大陸を目指して大移動を始めた。

物語の始まる2022年12月30日現在、
日本に残っている人間はほとんどいない。

で、小説の舞台である福岡県も「此の世の果て」というわけだ。

もっとも、南アメリカに逃げようと、
アフリカだろうと、地理的に逃げても、災害は及び、
衝突の衝撃と巻き上げた粉塵が大気を覆うことで、
地上は冷却化、人類の滅亡は逃れない。
金持たちは、宇宙船で脱出する「方舟」計画を立て、
また、シェルターで難を逃れようとする人々もいる。

しかし、大部分の庶民は、
そんな恩恵を受けるわけもなく、
ただ死ぬのを待つだけだ。

そういうわけで、住民がいない廃墟の町で物語は展開する。

主人公は、23歳の小春=ハル。
母は発表後、いずこへか逃走し、
父は自殺。
引き籠もりの弟・セイゴと一緒に住んでいる。
コンビニを営んでいたので、
その食料をため込んでおり、
とりあえず生き延びている。

そのハル、教習所に通い始めた。
教官はイサガワ先生という女性。
今日は仮免の山道教習。
その行き先の山で、
首吊り自殺した人々の死体を大量に見ることになる。
そして、翌日、教習車の中に惨殺死体を発見する。
殺された女性は弁護士だったらしい。
更に、惨殺された青年の死体が2件続く。
警察に届けるが、
機能を停止した警察には、一人の警察官しか残っていない。
しかし、そこで、イサガワ先生が退職した元警官だったことが分かる。

ハルとイサガワ先生は、
この殺人事件の犯人を求めて、捜査することになる。

動機は怨恨でろうか?──もうすぐ皆死ぬのに。
では、金銭トラブル?──もうすぐ皆死ぬのに。
それとも痴情の縺れ?──もうすぐ皆死ぬのに。

というわけで、もうすぐ皆死ぬのだから、
捜査して、犯人を捕まえても、
何にもならない捜査を続けていく。

という設定の面白さ。

事件は捜査されないまま、人類は滅亡する。
犯人も死ぬ。
どうせみんな死ぬのなら仕方ない、諦めよう。
──本当にそれでいいのか。

なにしろ、小惑星衝突が発表されて以来、
全世界で殺人、強姦、強盗、放火などの
重大犯罪が多量に発生しているのだ。
暴動が日常化し、集団自殺も大流行。

そんな中、あと2カ月あまりで地球が滅亡するという時に、
自動車教習所に通う女性と、
それに運転を教える教官、というのがシュール。
もっとも、ハルは実は教習所にガソリンを盗みに行って、
そこで教官のイサガワに会ってしまったため、
苦し紛れに免許を取りたい、と言っただけなのだが。

しかし、ゴーストタウンと化した町を巡ってみると、
残っている人も発見する。
電気も水道なガスもないのに。
医者をやめていない人、
弱い携帯電話の電波を求めて、
高い建物の屋上に集まる人。
残った人を集めて組織的に食料を与えている残留村の人々。
アジア各地に移動した日本人たちは、
現地で迫害を受けているという。
そんな目に遇うなら、この日本で命を終えたいという人々。

ハルとイサガワは、
刑務所から脱獄した兄を守る暁人、光の兄弟と出会い、
行動を共にする。
警察を一人で守る刑事たちとも知り合う。

やがて、惨殺された青年2人と弟・セイゴの間に共通項を発見。
更に、教習所の車の中にいた被害者の弁護士との関わりも見つけ・・・

人類滅亡前の殺人事件の捜査、という設定が
思いつきではなく、
物語の展開とうまく機能する。
そういう意味で、
極端な設定が上手に生きた成功作だといえよう。

昨年の江戸川乱歩賞受章作
史上最年少の受章者として話題になったのは、
荒木あかね、23歳。
選考委員満場一致だった。
選考委員の評価↓

本格ミステリーの骨法もよく心得ている(綾辻行人)
特A、もしくはA+、もしくはAA(月村了衛)
二人の女性のバディ感が最高に楽しい(柴田よしき)
極限状況で生きてゆくひとが、愛しくなる(新井素子)
非日常を日常に落とし込む、その手捌きは実に秀逸である(京極夏彦)

次作が期待される大型新人の登場。



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