空飛ぶ自由人・2

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小説『罪の境界』

2023年12月06日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

渋谷のスクランブル交差点で、
無差別殺人事件が起こる。
雑踏の中、男が斧で人を襲ったのだ。
二人の女性が重傷を負い、
女性をかばった中年男性が命を落とす。
犯人は、「誰でもいい、幸せそうなやつを狙った」とうそぶき、
世の中では、自分は受け入れてもらえないから、
一生刑務所に入ることを願い、
死刑にならないように一人だけ殺すつもりだったという。

その悲惨な事件のその後を二つの視点で描く。

一つは、被害者である浜村明日香とその恋人の視点。
恋人の東原航平とのデートの約束を反故にされ、
いらつきながらスクランブル交差点を通っていて、
犯人と遭遇する。
顔をはじめ、全身を17カ所刺されて、
生死の境を彷徨い、生還するが、
顔にひどい傷跡が残った。
そのため、人前に立つことなく、
実家の静岡に帰って、引き籠もり
酒に逃げる
航平との接触も絶った。

一方、出版社の編集者の航平は、
自分が約束を破らなければ、
明日香は、現場を通らなかったはずだと自責の念にとらわれる。
約束を反故にしたのは、
作家の無理な調査要請を断れなかったせいなのだが、
ひたすら自分を責める。
実家を離れた明日香の居所を突き止め、
同じマンスリーマンションの別の階に住んで、
明日香を励まそうとする。

明日香の住むマンションの隣室の母親が
男の子を虐待しており、
それと関わるうちに、
明日香は次第に自分を取り戻し、
自分の身代わりに死んだ飯山晃弘の最後の言葉、
「約束は守った・・伝えてほしい」
が誰に向けられたものかを知るために、
飯山の住んでいた広島に行き、
航平と共に、勤めていた会社や住まいの近所を尋ねて回る。
その中で、飯山の人生が大変辛いものであったことを知る。

もう一つは、風俗記事のライター、溝口省吾の視点。
通り魔殺人の犯人・小野寺圭一の凶行の背景に興味を持ち、
周辺の取材をし、小野寺との面会や手紙の交換をする。
小野寺の半生に興味を持ったのは、
母親から虐待され、
学校にも通わせてもらえず、
母親の失踪後は施設で育ち、
施設を出た後、
社会の底辺でしか生きられなかった人生が
自分と重なるためだった。
省吾も母親から虐待を受け、施設で育ったので、
小野寺が数年前の自分自身として感じたのだ。
刑務所にいた方がましという、そんな人生はどんなものか。
知りたいという願望から、取材し、原稿にまとめる。
その原稿は、一流出版社の編集者の目に止まり、
その力を借りて、取材をしていくが、
実は、小野寺にはある秘密があった・・・

その二つの軌跡がある一点で接触する。
そして、裁判の場で、明日香は被害者参加制度を活用して
法廷に立ち、小野寺と対決する。
航平、省吾もその場におり、
それぞの思いが交錯する。

とにかく、犯人と省吾と明日香の隣人、犯人の母の
虐待の連鎖が、辛すぎる。
こんなに追い込まなくては小説が成り立たないのか。
少々作り物が過ぎないか、と感ずる。
そして、登場人物がことごとく
「思い詰め型」の人間なので、
読むのが途中でしんどくなる。
自分を追い詰め、追及し、自分で自分を裁く、
自虐の連鎖

前に紹介した「最後の祈り」もそうだが、
作者の薬丸岳は、犯罪者の背景を好んで描くようだ。
題名の「罪の境界」の意味も、
最後近くで判明するが、いやはや。

それと、気になったのは、
明日香と共に被害にあった
もう一人の女性のことは、全く触れていないのは、
手落ちではないか。

神奈川新聞など16の地方紙に連載されたものを単行本化。