空飛ぶ自由人・2

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小説『同志少女よ、敵を撃て』

2022年04月13日 23時37分50秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

第11回アガサ・クリスティー賞を受賞し、

先の第166回直木賞の候補
そして2022年本屋大賞を受賞。

1942年、
第2次世界大戦の中、
ソ連に攻め込んだドイツ軍が
モスクワ近郊のイワノフスカヤ村を襲い、
村民を皆殺しにする。
猟師の母のもとに生まれた少女・セラフィマも
母がイェーガーという狙撃手に撃たれて死に、
自分も死を覚悟していたところ、
赤軍の女性兵士であるイリーナに命を助けられる。
イリーナはセラフィマに「戦いたいか、死にたいか」を問い、
母親の遺体を燃やした。
怒りにとらわれたセラフィマは、
母を殺したイェーガーを殺し、
更にイリーナも殺すと心に決め、
女性狙撃手となる道を選んだ。

イリーナのもと、女性狙撃訓練学校で実務教育を受けたセラフィマは
最後まで残った5人の一人として、
スターリングラードの前線に送り込まれる。
狙撃専門の特殊部隊として・・・

独ソ線の過酷な前線での戦いが
すさまじい臨場感で描かれる。
筆者は、戦争の経験がないはずなのに、
このリアリティは何だろう。
資料を深く読み込み、自分の内面で体験しなければ、
書けるものではない。
そこが小説家の才能というものだ。

ソ連には、女性狙撃兵が多数存在し、
中でも代表的なのが、リュドミラ・パブリチェンコというスナイパー。

なんと300人以上のナチス兵を倒したという。
その戦績を買われて、アメリカに外交宣伝のため送られ、
ルーズベルト大統領夫妻と親しく交わった。
その話も本書には出て来る。
作者の逢坂冬馬さんは、
リュドミラ・パブリチェンコの回顧録を読み込んだようだ。
また、終わりの方で、
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの取材申し込みの挿話も入る。
スヴェトラーナは、
女性狙撃手にスポットをあてた「戦争は女の顔をしていない」で、
ノーベル文学賞を受賞している。
こうした資料を逢坂さんは、丹念に読んで、
小説世界を構築したようだ。

セラフィマは、スターリングラードはじめ、
あちこちに転戦し、
沢山のナチスを殺し、
セラフィマたちの第39独立親衛小隊は、
「魔女小隊」と呼ばれるようになる。
やがて要塞都市ケーニヒスブルクで、
ついにイェーガーと対決する。
それまでに狙撃訓練学校での学友を失い、
自身も捕虜になり、死を覚悟する。
そして、イリーナの真実にも触れる。

訓練学校での同僚の中にはウクライナ出身者もおり、
否が応にも、現在のロシアによるウクライナ侵略が重なった来る。

本書中には、次のようなセリフが語られる。

「ウクライナがソヴィエト・ロシアに
どんな扱いをされてきたか、知ってる?
なんども飢饉に襲われたけれど、
食糧を奪われ続け、
何百万人も死んだ。
たった二〇年前の話よ。
その結果ウクライナ民族主義が台頭すれば、
今度はウクライナ語をロシア語に編入しようとする。
ソ連にとってのウクライナってなに?
略奪すべき農地よ」

同じ人物は、独ソ戦についても、
次のように語る。

「本当はあなたも気付いているんじゃないの?
これは、異常な独裁国家同士の殺し合いなんだと」

敵兵を初めて殺した後、
罪悪感にとらわれそうになるセラフィマたちをイリーナは、
こう言って鼓舞する。

「敵兵を殺したことを思い出したなら、今誇れ!
いずれ興奮は消え実感だけが残る。
そのときには誇りだけが感じられるように、今誇るんだ!
お前たちが殺した敵兵は、
もうどの味方も殺すことはできない!
そうだ、お前たちは味方の命を救った。
侵略兵を一人殺すことは、く
無数の味方を救うことが。
それを今誇れ。誇れ、誇れ、誇れ!」

幼なじみと再会して、
戦争の残虐行為に触れた時、
幼なじみの隊長は、言う。

「それって、指揮官が悪魔だったからじゃない・・・
この戦争は、人間を悪魔にしてしまうような性質があるんだ」

白眉は、リュドミラ・パブリチェンコとの交流で、
そこでセラフィマは、自分の未来を透徹する。
講演会の後の質疑応答で、
「戦後、狙撃兵はどのように生きるべきか」
を問われて、リュドミラは答える。

「私からアドバイスがあるとすれば、二つのものだ。
誰か愛する人でも見つけろ。
それか趣味を持て。
生きがいだ。
私としては、それを勧める」

そして、セラフィマにも直接言う。

:「分かったか、セラフィマ。
私は言った。
愛する人を持つか、生きがいを持て。
それが、戦後の狙撃兵だ」
誰もがリュドミラ・パヴリチェンコに憧れていた。
彼女になりたがっていた。
だが眼前にいるのは、
孤独で悲しみに満ちた一人の女性だった。

戦争で家族を失った少女が
優秀な狙撃兵となる中、
戦争と直面し、
生と死のはざまで
成長する物語。
そして、彼女は、
真実の「敵」に直面する。

アガサ・クリスティー賞選考会では、
全員が満点(5点)をつけ、
文句なしの受賞となったのも納得の仕上がり。
構成、登場人物の配置、その造形、
戦争の描写、恐怖、孤独、後悔・・・
先の直木賞では、26年ぶりのデビュー作受賞が期待されたが、
あと一歩のところで落選した。
しかし、「本屋大賞」では選ばれた。
現場の書店員が選ぶ本屋大賞は、大きな勲章だ。
いわば、直木賞の選考委員より、
本屋大賞の選考委員の方が
見る目、読む力があったと言ってもいい。
なにしろ、直木賞選考会では、
「リアリティーに欠ける」、
「海外の戦争をなぜ扱う必要があるのか」という、
ケチを付けたとしか思えない反対意見が出たという。
特に、「海外の戦争をなぜ扱う必要があるのか」という意見にはあきれる。
小説の題材は、何でもいいのであって、
海外が舞台で、日本人が一人も出て来ない小説があってもいいはずだ。

戦争が終われば、狙撃兵は存在価値を失う。
エピローグで、セラフィマとイリーナのその後だけでなく、
同僚たちのその後も伝えられるが、
なんだか胸が熱くなるエピローグだった。
                                        

↓は表紙に一部が表出されている
雪下まゆさんによる装丁画。