報道写真家から

我々が信じてきた世界の姿は、本当の世界の実像なのか

情報に対する免疫機能

2006年05月06日 22時43分54秒 | ■メディア・リテラシー
われわれにとって、メディアの流す情報というのはほとんど空気のようになっている。日々多量の情報がわれわれを取り囲んでいるが、特別に意識することはない。情報はあって当たり前になっている。そして情報はわれわれの体内に酸素のように取り込まれていく。

よい情報は、酸素のように体内で活用されエネルギーとなる。しかし、いまの日本のメディアの情報はわれわれの体内でいったい何をしているだろうか。意図的に操作された情報というのは、活性酸素のようなものだろう。それを日々取り込むと、体は蝕まれ老化が進む。

われわれは、情報を選り分けて摂取しているわけではない。情報というのは、意識しなくてもどんどん体内に取り込まれていく。そこが恐ろしいところだ。文字や音声、視覚情報としてどんどん取り込まれ、体内に流れていく。そうして固定観念が生まれるのだと思う。一度芽生えた固定観念というのは、そう簡単には払拭したり、書き変えたりはできない。

まず、情報の持つ意味を知らなければならない。しかし、情報をいちいち精査し、その意図や裏を読むのは至難の業だ。毎日毎日そんなことをしている余裕は現代人にはない。

しかし、メディアの情報のすべてを、ひとまず懐疑の眼で見る習慣をつければ、取り込まれた情報はいきなり血中に流れ込むことはなくなるだろう。免疫系の査察を受け、パスしたものだけが体内に流れエネルギーとなる。

抽象的な表現だが、これは非常に効果的だと考えている。情報を何んとなく受け流すのではなく、ひとまず懐疑の眼を向けることが大切だと思う。疑うというのは非常に能動的な行為であり、情報に対する免疫機能が活性化されるはずだ。

ベネズエラの民衆は、富裕層の所有するメディアによる反大統領キャンペーンなどはなから信じていない。ベネズエラの石油をコントロールしたいアメリカに、富裕層がバックアップされていることを誰もが知っているからだ。ベネズエラの民衆には、情報に対する強力な免疫機能が培われている。

われわれもしっかりとした免疫をつけたいものだ。