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震源地付近を中心に、地図を拡大してみて、パキスタンのイスラマバードとインドのスリナガルがかなり近くに位置することに、いまさらながらに気がついた。どちらも訪れたことのある都市なのだが、こんなに近いとは思わなかった。また、かつて歩いたのは震源地から北東のナンガパルバット山周辺の集落。
震源地付近のムザファラバードは、どちらの都市からもそう遠くは離れていない。かつては、両地域をつなぐ中継都市だったに違いない。地図で見る限り、インド側からの方が被災地へのアクセスがいいのではないかとも思える。インドのスリナガルは整った大きな町であるし、被災者の収容も問題ないだろう。もし、インドからのアクセスが許可されれば、どれだけの被災者が救助できるだろうか。すぐ近くで大勢の人々が苦しんでいるというのに、何もできないカシミールの人々こそ、もどかしい思いをしているのではないだろうか。「カシミール紛争」が被災者の苦痛を拡大している。