私の住む川中島地域では、毎年1月5日から6日にかけ「おたや祭」が催行されています。
この行事は、地区内にある 伊勢神宮由来の「戸部伊勢社」の新年行事として行なわれているものです。
同地域においては1月6日午前零時を一期(年始)と定め、地区住民が年始の参拝に足を運びながら 今年いちねんの無病息災を願うものです。
ここいらの地域では「おたやの時期にはまとまった雪が降る」との〝定説〟があるのですが、ここ数年は穏やかな陽気に恵まれ、今年に関しても 6日の午前零時に合わせて多くの住民が「初詣」に足を運んでおられました。
こちらの伊勢社には「講(こう)」の精神に基づく「お種銭」の習わしがあります。
社務所から銭(一口100円/上限なし)を借りて その年を凌(しの)ぎ、無事に年を越せたら御礼を込めて倍返しのため再び参拝するという いわば〝絆(きずな)つなぎ〟の好慣例で、住民は 毎年欠かさず(お種銭の)貸し借りに足を運ぶのです。
私が〝取材〟に伺うと、意外といっては何ですが どう見ても20~30才代の若い人たちが並んでお種銭を求めており、こちらまで何だかウレシくなったものでした。
若い力で今年いちねん精進し、また来年〝倍返し〟に足を運んでもらいたいものです。
境内では、地元区(御厨(みくりや)区)に13ある自治会が 年ごとに交代しながら甘酒を振る舞ってくださっています。
あいにくのコロナ禍の最中(さなか)であることから、衛生帽・マスク・衛生エプロン・ゴム手袋の着用はもとより、声を上げての呼び込み自粛・また 甘酒は大鍋での醸造を止(や)め、パック入りのものを小分けに湯煎し紙コップで提供するなど 感染対策に万全を期したうえで〝伝統のお務め〟に臨んでおられました。
夜気も痺(しび)れるほどの寒気の中で味わう甘酒は まさに五臓六腑に染み込む温かさと滋養が実感され、何ともいえずアリガタイ一杯となってくれます。
参拝を終えた方々は 甘酒処に立ち寄っては〝至福の一杯〟を味わっておられました。
明けて6日の朝には 後援会の有志の方々と共に本殿に上がらせていただき、今年いちねんの無病息災と もとより改選年を迎えることから「必勝」を期してのご祈祷を行なっていただきました。
私も この地区に暮らす者の一人として「おたや祭」を通じ、清々たる気持ちにならせていただき 改めて今年いちねん「ガンバろう!」との決意を抱く機会となったところです。
社務所で氏子総代さんらに伺えば、時節の移ろいの中で参拝客は減少傾向にあり ときに行事の継続すらも危ぶまれる声も聞かれ始めているとのこと。
それでも、悠久の歴史の中で脈々と受け継がれる伝統行事は まさに「継続こそ力(ちから)」庶民感覚が変わりつつある中だからこそ 伝統文化の大切さを行事を通じて周知し「この地区にはこの行事がある」をみなさんの心中(しんちゅう)に末永く留(とど)めてゆくことこそが肝要であることを再認識したところです。
いずれにしても、行事の運営にご尽力される氏子総代の方々・交通規制などの交通安全管理を担う交通安全協会御厨分会の方々・防火などの警戒業務を担う消防川中島第三分団の方々・今回 甘酒を供してくださった御厨区大沢自治会の方々…全てのご関係者に心からなるご慰労を申し上げるところです。
ところで、6日の零時に初詣を終え一旦帰宅 この際はと夜半に事務をしたりウトウトしたりしている最中、未明(5時半頃)になって どこからか消防のサイレン音が聞こえてきます。
それは1台に止(とど)まらず、やがて2台目・3台目に及ぶ「ウ~ウ~ウ~」です。
すわと思って「長野市災害情報ダイヤル」をかけてみると「午前5時〇〇分、長野市川中島今里「阿弥陀堂」信号南の施設で建物火災が発生、緊急車両が出動しています」旨のトーキー音声が流れてくるではありませんか。
確か そこ(阿弥陀堂地籍)には、老人福祉施設があります。そこで火災発生となれば 惨事は免れないところです。
最悪の事態を想定し、取りも直さず現場に急行しました。
当該方向は、私の自宅から西方で 車首を向けて走行するも、目をこらして見ても 火災で見られる夜気に浮かぶ「火の手」が現認されません。
ほどなく現場に到着し 当該の建物敷地に目をやると、数台の緊急自動車が停まっているものの火の手はありません。
幸いの「誤報」だったのでした。
どうやら、建物内の火災報知器が何らかの原因で鳴動し それを察知した消防局が出動した顛末であったようです。
建物には、緊急出動した消防隊員が 誤報である旨を確認したうえで「撤収!」の号令をかけていました。
その表情は、誤報に対する憤りでは全く無く「誤報でよかった…」という風の 安堵ともいえるものでありました。
冬季のこの時期は、空気が乾燥し 風も強く吹くことから、ひとたび火災が発生すると 大火になることは必定です。
さらに 今回のように(幸い誤報でしたが)高齢者など社会的弱者の居(お)られる施設が火禍(かか)に見舞われれば 被害が拡大することは、まさに火を見るより明らか…最悪の事態を考えると背筋が寒くなるところです。
比較的おだやかのうちに推移する令和5年の幕開けでありますが「災害は 忘れたことにやってくる」の標語を思い返し、安全のうちに日常生活を送らねば と思いをいたした朝の出来事でした。