森の空想ブログ

小キツネ、小タヌキ、島姫たちが踊った夜/「中世」の名残りをとどめる「姫島」の盆踊り3 [九州祭り紀行<2018-3>]



キツネ踊り(後述)。これは祭りの最終演目。










この祭りは子どもちが大活躍。子どもの多い島だ。集落ごと、演目ごとに出番がある。






姫島の盆踊りは、集落ごとに踊られる供養盆踊りである。14日、15日は港の祭り広場で各集落が趣向を凝らして参加する「総踊り」がある。代表的な踊りに「綾踊り」「キツネ踊り」「猿丸太夫」「銭太鼓」がある。

「綾踊り(あやおどり)」は、青年男女が二人一組になって踊る。アヤ棒といわれる短い青竹の棒を持った上半身裸の男性が、優雅に手踊りをする女性の間を縫いながら、激しく跳ね踊る。男女の静と動が対照的な踊りである。北浦地区に伝わる。
「猿丸太夫(さるまんだゆう)」は、鶴崎踊等でも踊られる大分県の盆踊りを代表する優美な踊り。西浦地区の女性によって踊られる。
「銭太鼓(ぜにだいこ)」も、アヤ踊りと同様に青年男女が二人一組となって踊る踊りで、男性は銭太鼓(フグの皮を張った片面の太鼓に孔開き銭をつけたもの)を持って、女性の間を縫うように踊る。これも、男女の動きが対照的な踊りである。松原地区に伝わる。
「キツネ踊り(きつねおどり)」は、姫島盆踊りを有名にした踊り。顔を白く塗ってひげなどを描き、白づくめの衣装に身を包んで白ギツネに扮した子供が、提灯を吊した傘を持って、キツネの仕草を真似て踊る。古くから伝わる踊りで、本来は成年男子が踊る激しい踊りだったが、戦後、子供が踊るようになったという。踊りの先頭はキツネ姿ではなく浴衣、羽織に編笠姿であることから、この踊りは、キツネが庄屋をからかう様を表したもので、横暴な庄屋への風刺、または庄屋を騙そうとしたキツネに騙された振りをしたして一緒に踊る庄屋などの言い伝えがある。北浦地区に伝わる。

鎌倉時代に始まったとされるこの盆踊りは、「念仏踊り」「供養盆踊り」「風流」「おわら」「はいや」などの要素を含みながら、島の各集落に伝えられた。 仏教文化・修験文化の栄えた国東半島の沖にあり、古くから黒曜石の産地として各地と交流し、九州と瀬戸内・畿内を結ぶ航路の拠点としても栄えた歴史などを背景とし、中世芸能の混淆状態を保ったものだろう。






一年ごとに変わる演目がある。青年たちの激しい踊りや余興的な演目、忠臣蔵、田植え踊り、権兵衛の種まき、三番叟など多彩。





キツネ踊りと並ぶ人気演目タヌキ踊りもお見逃しなく。







「キツネ」は、「山の神」「稲荷様」の使いであり、五穀豊穣の象徴である。ここでは庄屋を風刺したり、庄屋が一緒に踊ったりと庶民の仲間になっている。古い時代に大人たちが踊ったときには鋭い批判と反骨の精神を秘めていただろう。今は子どもたちが愛嬌たっぷりに踊る平和のシンボル。さまざまに変容した神さまのかたち。

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