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クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

「ワン」と鳴くブタは横文字か? ―海外文学とタイトル―

2010年02月04日 | ブンガク部屋
昨年、「ワン」と鳴くブタが新聞やテレビに取り上げられていた。

羽生市新郷で飼われているブタらしい。
新郷に住んでいる人が、
ブタを散歩させているのを見たことがあると、
楽しそうに話していた。

ところで、『豚の死なない日』という小説がある。
作者はロバート・ニュートン・ペック。
日本では金原瑞人の訳で、
1996年に白水社から出版されている。

内容もさることながら、惹かれるのはそのタイトルである。
それを見た途端、「ん?」と立ち止まってしまう。
タイトルだけではその作品の内容を察することはできないが、
「なんだろう?」と思わせる吸引力がある。

海外作品では、そんな風に気になったり、
カッコいいタイトルがある。
訳者のこだわりやセンスが垣間見えるタイトルだ。例えば、
『失われた時を求めて』
『ライ麦畑でつかまえて』
『特性のない男』
『ゴドーを待ちながら』
『木のぼり男爵』
『裸のランチ』
『百年の孤独』
『そして誰もいなくなった』などなど、
挙げればきりがない。

しかし、『豚の死なない日』を訳した金原瑞人の
『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』(牧野出版)によると、
彼自身はそれほどタイトルにこだわっているわけではないらしい。
原題をそのまま訳し、あとは編集者任せだという。
『豚の死なない日』も原題を訳し、
ボツになると思ったらすんなり出版され、「びっくりした」と記している。

もちろん、かなりこだわっている訳者もいるし、
マーケットを考慮している付けるタイトルもある。
スタイルや事情はそれぞれだ。

何にしてもタイトルは重要である。
テーマや教養としてではなく、
何気なく手に取った本のほとんどは、
タイトルに吸い寄せられたものばかりだ。(装幀も重要だが)
例えば、『ライ麦畑でつかまえて』が『ライ麦畑の捕手』だったり、
『そして誰もいなくなった』が『十人の小さな黒ん坊』だったら、
手に取ったかどうか……

英語は苦手でも、翻訳家は好きだ。
技術論ではなく、翻訳家の書いた日常的なものがあると、
つい手を伸ばしたくなる。
たぶんそれは憧れに似ている。

かつて翻訳家の安倍昭至氏と呑んだことがある。
というより恩師の一人だ。
訳した作品のようなハードボイルドではなく、
気さくで優しいおじさんだった。
そして、話す言葉もどこか横文字に聞こえたのを覚えている。

「ワン」と鳴く羽生の豚も、
もし翻訳するとしたら、
案外英語を話しているのかもしれない……



とても味のある新郷駅

コメント (1)    この記事についてブログを書く
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1 コメント

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Unknown (オーガニック ファンデーション)
2010-02-04 10:38:06
確かにタイトルは重要ですよね。
読み手はタイトルから入るわけですから・・・
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