皿尾城攻防戦は思いのほか激戦になった。
忍城の出城という小さな城だが、
それを取り囲む自然要害が守りを堅くし、
戦闘を激化させたのである。
やがて、深田を突破する兵が続出し始めた。
柵を隔てて槍を交える。
城方も死力を尽くして戦っている。
例え小さな城とて、負けるわけにはいかなかった。
羽生勢にとっても、成田氏は因縁の相手である。
しかし、多勢に無勢。
猛攻の成田勢によって柵と塀は引き倒された。
――終わったな
長泰の顔に微笑が浮かんだ。
城になだれこむ兵たちの背中が見えた。
――このまま忠朝の首もとってしまえ。
長泰は勝利を確信する。
体の緊張が緩むのを感じた。
どう見ても成田勢の勝利。
天地がひっくり返っても、
忠朝の盛り返しはない。
するとそのときだった。
長泰の目に、別の方角から飛んでくる矢が映った。
矢を背中に受けて倒れる兵。
兵たちは目を見開いて、城とは別の方向を見ている。
長泰は、すばやく視線をそちらに走らせる。
――あっ
長泰は思わず口を開いた。
彼の目に映ったのは、
援軍にかけつけた太田資正率いる岩付勢四百騎だった。
資正は上杉政虎に通じる武将である。
小田原城攻めでも目覚ましい戦果をあげている。
――早すぎる。
資正の援軍は、長泰にとって最も懸念すべきものだった。
皿尾城を攻めれば、政虎の息のかかった資正が助けに来るのは必定。
そもそも、皿尾城を攻略したのも、
資正の力が大きく働いていた。
長泰の不穏な動きは資正にも伝え洩れていたのだろう。
皿尾城攻めの知らせを聞いた資正は、
ただちに援軍に駆けつけたのである。
鯨波をあげ、一斉に成田勢に襲いかかる。
小田原城の蓮池門まで攻め入った岩付勢である。
相当強い。
勝利を確信し、気が緩んでいただけに、
岩付勢の猛攻に成田勢の足並みは乱れた。
そして、城方も息を吹き返す。
士気を高めると、ジワジワと成田勢を押し返してい。
次々に討たれる兵たち。
敵も味方も深田の中に倒れていった。
――もはやこれまでか。
掴みかけた勝利は、長泰の手からこぼれ落ちた。
自軍の犠牲を最小限に抑えるのが大将の役目。
長泰は早々と撤退命令を出した。
そして、自らも皿尾城に背を向け、
その場を後にしたのである。
忍城前に岩付勢が待ちかまえている危険があった。
長泰はまっすぐ城に帰れない。
馬を西に走らせ、二里ほど駆けた。
長泰にとって手痛い敗北だった。
忠朝ら羽生勢に負けたことが悔しくてならない。
激しく歯噛みし、怒りでその表情は歪む。
その日は城に戻ることもできず、
長泰はわずかな家臣とともに荒川の北に布陣し、夜を明かした。
敗走した兵たちが次々にその陣へ逃げ込んでくる。
その兵の話だと、成田勢を追い返した羽生・岩付勢は勝ち鬨をあげていたという。
それを耳にした長泰はまた歯噛みした。
備えを全うした長泰は、
夜明けとともに大宮口から忍城に帰城したのである。
皿尾城址碑(埼玉県行田市)
忍城の出城という小さな城だが、
それを取り囲む自然要害が守りを堅くし、
戦闘を激化させたのである。
やがて、深田を突破する兵が続出し始めた。
柵を隔てて槍を交える。
城方も死力を尽くして戦っている。
例え小さな城とて、負けるわけにはいかなかった。
羽生勢にとっても、成田氏は因縁の相手である。
しかし、多勢に無勢。
猛攻の成田勢によって柵と塀は引き倒された。
――終わったな
長泰の顔に微笑が浮かんだ。
城になだれこむ兵たちの背中が見えた。
――このまま忠朝の首もとってしまえ。
長泰は勝利を確信する。
体の緊張が緩むのを感じた。
どう見ても成田勢の勝利。
天地がひっくり返っても、
忠朝の盛り返しはない。
するとそのときだった。
長泰の目に、別の方角から飛んでくる矢が映った。
矢を背中に受けて倒れる兵。
兵たちは目を見開いて、城とは別の方向を見ている。
長泰は、すばやく視線をそちらに走らせる。
――あっ
長泰は思わず口を開いた。
彼の目に映ったのは、
援軍にかけつけた太田資正率いる岩付勢四百騎だった。
資正は上杉政虎に通じる武将である。
小田原城攻めでも目覚ましい戦果をあげている。
――早すぎる。
資正の援軍は、長泰にとって最も懸念すべきものだった。
皿尾城を攻めれば、政虎の息のかかった資正が助けに来るのは必定。
そもそも、皿尾城を攻略したのも、
資正の力が大きく働いていた。
長泰の不穏な動きは資正にも伝え洩れていたのだろう。
皿尾城攻めの知らせを聞いた資正は、
ただちに援軍に駆けつけたのである。
鯨波をあげ、一斉に成田勢に襲いかかる。
小田原城の蓮池門まで攻め入った岩付勢である。
相当強い。
勝利を確信し、気が緩んでいただけに、
岩付勢の猛攻に成田勢の足並みは乱れた。
そして、城方も息を吹き返す。
士気を高めると、ジワジワと成田勢を押し返してい。
次々に討たれる兵たち。
敵も味方も深田の中に倒れていった。
――もはやこれまでか。
掴みかけた勝利は、長泰の手からこぼれ落ちた。
自軍の犠牲を最小限に抑えるのが大将の役目。
長泰は早々と撤退命令を出した。
そして、自らも皿尾城に背を向け、
その場を後にしたのである。
忍城前に岩付勢が待ちかまえている危険があった。
長泰はまっすぐ城に帰れない。
馬を西に走らせ、二里ほど駆けた。
長泰にとって手痛い敗北だった。
忠朝ら羽生勢に負けたことが悔しくてならない。
激しく歯噛みし、怒りでその表情は歪む。
その日は城に戻ることもできず、
長泰はわずかな家臣とともに荒川の北に布陣し、夜を明かした。
敗走した兵たちが次々にその陣へ逃げ込んでくる。
その兵の話だと、成田勢を追い返した羽生・岩付勢は勝ち鬨をあげていたという。
それを耳にした長泰はまた歯噛みした。
備えを全うした長泰は、
夜明けとともに大宮口から忍城に帰城したのである。
皿尾城址碑(埼玉県行田市)
歴史書には過去の結果のみを記録していますが、当時の人々の中にも色々な思惑が交錯していたはずで、現地に足を踏み入れる度に当時の人々はどんな気持ちでこの地で戦っていったのであろうという想いがありますね。
時は戦乱の世、誰もが明日も知れぬ運命の中で生き抜いた時代だからこそ人同士の輝きがより一層眩しく見え、我々はそれに惹かれるのかも知れません。
いつも楽しいブログを読ませていただき、ありがとうございます。
最近歴史小説の短編を読んだせいか、急に小説風のものが書きたくなりました。
小説だと武将たちの内面に入っていけるから、
わりと楽しんで書いています。
逆に難しいところではあるのですが……
>人同士の輝きがより一層眩しく見え、我々はそれに惹かれるのかも知れません
同感です。
史跡に行っても、やはりそこに生きた人間の息遣いを感じたいと思っています。
人は人に惚れるものですね。
最近ぼくはインフルエンザにかかってしまいましたが、
儀一さんも城跡巡りの際は体調に気を付けて……