〔15.1.25.日経新聞:総合・経済面〕
自由な競争と市場の機能を重視したルールに基づく経済圏を築くのか。それとも軍事力や資金力などの「力」を背景に、大国が実質的に支配する秩序が生まれるのか。
2つの理念がぶつかりあい、アジア太平洋地域はいま、歴史的な岐路に立っている。
2015年1月1日、他の全ての参加国の同意により、ニュージーランドがアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立国の一員となった――。
年明け早々に中国財務省が発表した声明は、初の西側先進国からの参加を歓迎。中国主導でインフラ整備に融資するAIIBは「開放性と寛容の原則に従って構築される」と強調してみせた。
これで参加国は東南アジア諸国連合(ASEAN)の全加盟国を含め、24カ国に達した。中国のシナリオ通りに構想が実現するのは、ほぼ確実である。年内の正式発足を目指して、6月末までに協議を終える予定だ。
それまでに環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が決着していなければ、どうなるか。アジアの経済秩序は、中国を軸に形成されるだろう。なにしろ貿易黒字で稼ぐ中国の懐には約4兆ドルもの外貨準備がある。世界2位の日本の準備高を3倍以上も引き離した圧倒的なカネの力を、経済外交に活用しない手はない。
400億ドルの基金を創設し、道路や港湾、電力、パイプラインなどインフラ整備に投じる2つの「シルクロード経済圏」もその一例だ。中国から中央アジアを経て欧州に至る陸路と、海路でASEANを経由して中東までを結ぶ構想を描いている。
インフラ開発でケインズ政策的に需要を作り出せば、貿易や投資はたしかに増える。開発が進み、生産や物流の効率が高まることで、地域全体の潜在成長力の押し上げも期待できる。ただし資金の源が中国に偏るなら、公平性は保てない。
日米とオーストラリア、韓国は、国際機関としてAIIBのガバナンス(統治)や融資基準が不透明だとして、支持していない。その中でなぜ中国陣営に加わる道をニュージーランドは選んだのか。そもそも同国は、ルール重視のTPPの提唱国でもあるはずだ。
その理由の一つは、同国と米国、豪州の3カ国が1951年に締結した太平洋安全保障(アンザス)条約の現状にある。ニュージーランドが非核政策を採ったことで、同条約は86年から事実上、米豪2国だけの安保条約に変質しているからだ。
ニュージーランドは、米国と密な同盟関係にある日韓豪3カ国と、軍事的にはやや異なる立場にある。それだけ外交の自由度は大きい。グローバル化の荒波にもまれた小国ならではのアンテナの高さで、現実主義を採ったのではないか。
アジアの経済統合の主役は誰になるのか。各国の願望とは別に、現実の流れは中国に傾いているようにも見える。
ルールではなく力がものをいうアジア観を覆すにはTPP交渉の求心力を取り戻さなければならない。安倍政権とオバマ政権が背負うのは、日米2国間や国内だけの局所的な利害調整ではない。 (編集委員 太田泰彦)
自由な競争と市場の機能を重視したルールに基づく経済圏を築くのか。それとも軍事力や資金力などの「力」を背景に、大国が実質的に支配する秩序が生まれるのか。
2つの理念がぶつかりあい、アジア太平洋地域はいま、歴史的な岐路に立っている。
2015年1月1日、他の全ての参加国の同意により、ニュージーランドがアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立国の一員となった――。
年明け早々に中国財務省が発表した声明は、初の西側先進国からの参加を歓迎。中国主導でインフラ整備に融資するAIIBは「開放性と寛容の原則に従って構築される」と強調してみせた。
これで参加国は東南アジア諸国連合(ASEAN)の全加盟国を含め、24カ国に達した。中国のシナリオ通りに構想が実現するのは、ほぼ確実である。年内の正式発足を目指して、6月末までに協議を終える予定だ。
それまでに環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が決着していなければ、どうなるか。アジアの経済秩序は、中国を軸に形成されるだろう。なにしろ貿易黒字で稼ぐ中国の懐には約4兆ドルもの外貨準備がある。世界2位の日本の準備高を3倍以上も引き離した圧倒的なカネの力を、経済外交に活用しない手はない。
400億ドルの基金を創設し、道路や港湾、電力、パイプラインなどインフラ整備に投じる2つの「シルクロード経済圏」もその一例だ。中国から中央アジアを経て欧州に至る陸路と、海路でASEANを経由して中東までを結ぶ構想を描いている。
インフラ開発でケインズ政策的に需要を作り出せば、貿易や投資はたしかに増える。開発が進み、生産や物流の効率が高まることで、地域全体の潜在成長力の押し上げも期待できる。ただし資金の源が中国に偏るなら、公平性は保てない。
日米とオーストラリア、韓国は、国際機関としてAIIBのガバナンス(統治)や融資基準が不透明だとして、支持していない。その中でなぜ中国陣営に加わる道をニュージーランドは選んだのか。そもそも同国は、ルール重視のTPPの提唱国でもあるはずだ。
その理由の一つは、同国と米国、豪州の3カ国が1951年に締結した太平洋安全保障(アンザス)条約の現状にある。ニュージーランドが非核政策を採ったことで、同条約は86年から事実上、米豪2国だけの安保条約に変質しているからだ。
ニュージーランドは、米国と密な同盟関係にある日韓豪3カ国と、軍事的にはやや異なる立場にある。それだけ外交の自由度は大きい。グローバル化の荒波にもまれた小国ならではのアンテナの高さで、現実主義を採ったのではないか。
アジアの経済統合の主役は誰になるのか。各国の願望とは別に、現実の流れは中国に傾いているようにも見える。
ルールではなく力がものをいうアジア観を覆すにはTPP交渉の求心力を取り戻さなければならない。安倍政権とオバマ政権が背負うのは、日米2国間や国内だけの局所的な利害調整ではない。 (編集委員 太田泰彦)