〔14.12.28.日経新聞:日曜に考える2面〕
中米の国ニカラグアを東西に横断し太平洋とカリブ海・大西洋をつなぐ運河の建設工事が22日、始まった。500億ドル(約6兆円)を投じて、5年後の開通をめざすという。
南北アメリカ大陸の間の地峡に運河を通し大型船が横切れるようにしよう、という構想はずいぶん昔からあったらしい。米国の国力が飛躍的に高まった19世紀には、具体的な候補地としてニカラグアとパナマが浮上し、競い合った。
二者択一の結果、パナマ運河ができたのが1914年。その後もニカラグアに運河を掘ろうという機運はくすぶり続けてきたが、なかなか実現には結びつかなかった。
100年を超える夢がようやく具体化し始めたといえようか。その要因として見逃せないのは、中国マネーだ。
オルテガ大統領(69)ひきいるニカラグア政府が資金の調達から建設、運営までを任せたのは、香港ニカラグア運河開発投資(HKND)という会社。1972年生まれの中国の富豪、王靖氏が2012年に設立した。
巨額の費用をどうまかなうのか、具体的なことは明らかになっていない。そのため中国マネーが王氏を支えるとみる向きは多い。王氏自身、ベールに包まれた人物だ。中国・広東省の有力紙「南方週末」は「神秘商人」と形容したことがある。
10月31日付の同紙によると、赤字続きだった北京信威通信科技集団という会社をトップに就くや瞬く間に立て直し、成長軌道に乗せたことで、広く知られるようになったという。巨大なインフラ整備事業を手掛けた実績はない。
「背景(バック)がしっかりしている」。南方週末は内外のメディアや研究者の見方として、こう指摘した。共産党政権とパイプがあるとみられているわけだ。だからこそ、というべきか。共産党政権の思惑をめぐる観測がかまびすしい。
中国にとっての経済的なメリットは明らかだ。世界で2番目に多くパナマ運河を利用している国なので、別の運河があれば経済活動の一層の拡大や運河使用料の節約につながる効果を、長期的に期待できる。短期的には、過剰生産能力を抱える国内企業に輸出機会を提供できる。
同時に、経済的な思惑を超えた地政学的な狙いを指摘する声が目立つ。「米国の裏庭に足場を築く狙い」といった見方だ。米オバマ政権がキューバとの関係正常化に踏み出した背景に、こうした中国の動きに対する警戒感を読み取る向きもある。
わけてもきな臭いのは、ロシアが運河の保護のため軍事的な支援を申し出たとの報道だ。王靖氏がクリミアでもインフラ整備事業に乗り出していることを踏まえると、中ロ連携の構図が浮かび上がるようでもある。
ただ一方で、ニカラグア運河への疑問の声も根強い。最大100年に及ぶ独占的権利をHKNDに与えたことに、「国家主権の一部を売り払うような行為だ」といったオルテガ政権への批判が出ている。
7年前にパナマ運河の拡張が決まった時は国民投票にかけられたのと比べ、オルテガ政権は独断的だとの反発もある。
運河が通る中米最大の淡水湖、ニカラグア湖の生態系をはじめ、環境にもたらす悪影響への心配は内外で高まっている。10日には首都マナグアで数千人の反対デモが起きた。
大型プロジェクトにはありがちな事態ともいえるが、中国マネーがからむと目立つ、という印象は否定できない。
地元の住民や環境への配慮よりも、透明性を欠いた政権との結びつきを重んじてプロジェクトを推し進め、あげくに反発を招く――。軍事政権下のミャンマーで中国企業が着手したダム建設にも共通する展開だ。
中国の名目国内総生産(GDP)は今年、日本の2倍を大きく上回る見通しだ。10年ほどで米国を抜き、世界最大の経済大国になるとの見方も強まっている。世界経済のなかで中国マネーの重みが増していくのは、間違いない。
アジアインフラ投資銀行のように、自らが影響力を持つ国際的な金融機関の設立は、そうした流れの一つといえる。一方で、王靖氏とHKNDのような不透明なルートも、存在感を発揮し続けるのかもしれない。
中国国内の大型プロジェクトでも共産党政権がみせてきた前時代的な手法が、世界に拡散する危うさが漂う。
中米の国ニカラグアを東西に横断し太平洋とカリブ海・大西洋をつなぐ運河の建設工事が22日、始まった。500億ドル(約6兆円)を投じて、5年後の開通をめざすという。
南北アメリカ大陸の間の地峡に運河を通し大型船が横切れるようにしよう、という構想はずいぶん昔からあったらしい。米国の国力が飛躍的に高まった19世紀には、具体的な候補地としてニカラグアとパナマが浮上し、競い合った。
二者択一の結果、パナマ運河ができたのが1914年。その後もニカラグアに運河を掘ろうという機運はくすぶり続けてきたが、なかなか実現には結びつかなかった。
100年を超える夢がようやく具体化し始めたといえようか。その要因として見逃せないのは、中国マネーだ。
オルテガ大統領(69)ひきいるニカラグア政府が資金の調達から建設、運営までを任せたのは、香港ニカラグア運河開発投資(HKND)という会社。1972年生まれの中国の富豪、王靖氏が2012年に設立した。
巨額の費用をどうまかなうのか、具体的なことは明らかになっていない。そのため中国マネーが王氏を支えるとみる向きは多い。王氏自身、ベールに包まれた人物だ。中国・広東省の有力紙「南方週末」は「神秘商人」と形容したことがある。
10月31日付の同紙によると、赤字続きだった北京信威通信科技集団という会社をトップに就くや瞬く間に立て直し、成長軌道に乗せたことで、広く知られるようになったという。巨大なインフラ整備事業を手掛けた実績はない。
「背景(バック)がしっかりしている」。南方週末は内外のメディアや研究者の見方として、こう指摘した。共産党政権とパイプがあるとみられているわけだ。だからこそ、というべきか。共産党政権の思惑をめぐる観測がかまびすしい。
中国にとっての経済的なメリットは明らかだ。世界で2番目に多くパナマ運河を利用している国なので、別の運河があれば経済活動の一層の拡大や運河使用料の節約につながる効果を、長期的に期待できる。短期的には、過剰生産能力を抱える国内企業に輸出機会を提供できる。
同時に、経済的な思惑を超えた地政学的な狙いを指摘する声が目立つ。「米国の裏庭に足場を築く狙い」といった見方だ。米オバマ政権がキューバとの関係正常化に踏み出した背景に、こうした中国の動きに対する警戒感を読み取る向きもある。
わけてもきな臭いのは、ロシアが運河の保護のため軍事的な支援を申し出たとの報道だ。王靖氏がクリミアでもインフラ整備事業に乗り出していることを踏まえると、中ロ連携の構図が浮かび上がるようでもある。
ただ一方で、ニカラグア運河への疑問の声も根強い。最大100年に及ぶ独占的権利をHKNDに与えたことに、「国家主権の一部を売り払うような行為だ」といったオルテガ政権への批判が出ている。
7年前にパナマ運河の拡張が決まった時は国民投票にかけられたのと比べ、オルテガ政権は独断的だとの反発もある。
運河が通る中米最大の淡水湖、ニカラグア湖の生態系をはじめ、環境にもたらす悪影響への心配は内外で高まっている。10日には首都マナグアで数千人の反対デモが起きた。
大型プロジェクトにはありがちな事態ともいえるが、中国マネーがからむと目立つ、という印象は否定できない。
地元の住民や環境への配慮よりも、透明性を欠いた政権との結びつきを重んじてプロジェクトを推し進め、あげくに反発を招く――。軍事政権下のミャンマーで中国企業が着手したダム建設にも共通する展開だ。
中国の名目国内総生産(GDP)は今年、日本の2倍を大きく上回る見通しだ。10年ほどで米国を抜き、世界最大の経済大国になるとの見方も強まっている。世界経済のなかで中国マネーの重みが増していくのは、間違いない。
アジアインフラ投資銀行のように、自らが影響力を持つ国際的な金融機関の設立は、そうした流れの一つといえる。一方で、王靖氏とHKNDのような不透明なルートも、存在感を発揮し続けるのかもしれない。
中国国内の大型プロジェクトでも共産党政権がみせてきた前時代的な手法が、世界に拡散する危うさが漂う。