紅旗征戎

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住民自治の功罪と対立するコミュニティ観-アメリカの場合-

2005-03-28 17:13:14 | 政治・外交
住民自治の伝統はアメリカ政治の一つの特徴となっている。アメリカ人は建国以来、最初に入植したニューイングランドのタウンミーティングにおける直接民主制を一つの理想として抱き続け、トクヴィルやブライスといったアメリカを訪問したヨーロッパ人たちも「タウンミーティング」を「民主主義の学校」として讃えた。さらに19世紀末から20世紀初頭にかけてはイニシアティブ、レファレンダムといった、住民による直接立法の制度が全米諸州で導入された。国や州といった上位の政府が基礎自治体を設置していくのと違って、アメリカの基礎自治体(municipality)は、住民たちが「憲章」Charterと呼ばれる公式の書面化された基本法を定めて、州政府から「ホームルール(自治)」を認められると自治体として成立するという仕組みをとっていることが多いので、地方自治体の形成そのものが住民主導の色彩が濃くなっている。

こうしたアメリカの住民自治を考える場合、ネイバーフッド(近隣住区)における自治組織としてのネイバーフッド・アソシエーションの役割が重要だが、地域コミュニティの利益とは何かということを考えるとこうした住民自治組織の社会的意味合いも功罪両面あるように思われる。

近代都市計画の(そして多くの郊外住宅開発の)一つのモデルとなったのは、イギリスのエベネザー・ハワードの「田園都市(garden city)」構想である。(Ebenezer Howard.1902.Garden Cities of Tomorrow)。「田園都市」においては、中心部にシティ(人口3万人)をおき、周縁部を農業地帯(人口2000人)を配置した、円形都市を人工的に開発。すべての土地は市当局が所有し、住民は家賃を市に支払い、市は家賃収入を建設資金の返済や公共事業の建設資金、年金や医療サービスの提供に使う。年金と慈善事業により貧困者への福祉は不要となり、住民は「法を守る善良な市民」なので治安コストもほとんどないというユートピア的都市構想である。

こうした「田園都市」モデルをなぞっているように見えるのが、アメリカで近年成長著しい、ゲート・コミュニティ(gated community)である。ゲート・コミュニティについては、その研究書である、マッケンジーの『プライベートピア』やブレイクリー&スナイダーの『合衆国のゲート・コミュニティ』が竹井隆人氏らにより翻訳され、日本でも知られるようになってきた。このゲート・コミュニティとは、1980年代後半からカリフォルニアとフロリダで急増した、塀で囲まれ、コミュニティの入居者しかゲートから入場できない住宅地であり、そこでは住宅所有者組合(Homeowners’Association)が、自治体に準ずる公的政府機能を果たしており、時には自治体以上の規制を居住者・訪問者に課している。例えば不動産価値の低下につながる怠慢(庭の手入れ、ペンキの剥れなど)に対するペナルティを加えたりということを行なっている。

こうした住宅所有者組合も、「住民自治」組織と見ることが出来るが、ゲート・コミュニティの排他性や孤立主義的性格はしばしば問題になっている。「田園都市」構想の計画主義・排他性・拘束性を早くから批判していたのは、建築家ジェーン・ジェイコブズの『アメリカ大都市の死と生The Death and Life of Great American Cities, 1961)』である。ジェイコブズは、ネイバーフッドのあり方について、自治体として有用なネイバーフッドは、①都市全体、②ストリートを中心にしたネイバーフッド、③10万規模の住民からなる地区であるとして、ハワード的な同質度の高い小コミュニティよりも、住民の流動性の高い、溜まり場的な異質性の高いコミュニティこそ「都市」コミュニティであるとした。

ジェイコブズは、「ここに一見パラドックスと見える一つの考え方がある。一つの近隣住区にすっかり根を下ろした人々を確保するためには、その都市が十分変化に富み、流動性があるようにしておかなければならない。(中略)もし彼らが単調な地区ではなく、変化に富んだ活気のある地区に住んでいるならば、彼らの住む環境とか職業の性質あるいは興味の対象が変化していくのにもかかわらず、そこに固定して居を移す必要がない」としている。

このように「異質性」と「同質性」、「変化・刺激・流動性の維持」と「安全の確保」のいずれを重視するのかというコミュニティの価値観の相違や、大都市か小都市かといった社会経済的条件の相違によって、似たような運営形態をとっているネイバーフッド・アソシエーションとそれがもたらす政治的意味は大きく異なってくる。またネイバーフッド・アソシエーションと州・地方政府のパートナーシップのあり方も、強固な場合は、アソシエーションの利害が政策に反映される可能性が高くなる反面、行政の下請け、補助金の受け皿的役割を担わされる可能性があり、「自治・自立」の側面が後退しかねないが、行政との連携が密でない場合は、アソシエーションのプランが、市の計画に十分反映されない場合も多い。住宅所有者組合の場合は、入居者たちは同意・選択してゲート・コミュニティに住んでいるのだが、周辺自治体からの「自立」度は高いものの、「管理組合」の規則による個人の束縛度合いはきわめて高いものとなる。またコミュニティ内に賃貸住宅が存在する場合は、住宅所有者だけが決定参加できるので、賃貸住宅居住者の権利を十分に保障することができないといった問題点もある。

アメリカの住民自治を考える場合に、このような自治のもつ排他性の問題や、個人と共同体の利害の衝突などの問題を避けて通ることはできないし、それは多くの国々の地方自治体に共通した問題であろう。(写真はゲートコミュニティの広告写真から)


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