第 誤 景 穢浄狐の出生の秘密
浜には、5人の海女が集まり、漁具の手入れをしている。手入れをしながら、ひとり、ひとり、ぼそぼそと呟き始める。
波 オジョウコは来るかな。
浜子 来ないって。
波 いや、来るかもしれない。
浪子 来ないかもしれない。
磯愛 オジョウコは来ないよ。
波 どうしてそんなことが言いきれるんだい。
磯愛 だって、オジョウコは来ないんだもの。
浜子 オジョウコは来ないんだ。
波 オジョウコは来られないんだ。
磯愛 どうしてオジョウコは来られないの。
波 だって、オジョウコは来られないんだもの。
浪子 だからどうして。
磯愛 どうしてって。
浜子 それは、どうしても
波 どうしても?
浜子 そう、どうしても。
波 どうしても、オジョウコは来られないんだ。
そこへ、凪沙が現れる。
凪沙 また、禅問答してんのかい。全くもう!
凪沙、お客さんに向かって話しかける。
凪沙 ちょっと、聞いてくださいよ。去年ね、雲丹がすごくとれたんですよ。例年の
2倍、いや、3倍だったかな。そんでね、この子たちにね、ボーナスとして東
京旅行をプレゼントしたんですよ。実は、この子たちすごく頭が良くて、タダ
の田舎もんで終わらせちゃいけないって、漁協の銛之助さんの配慮なんですが
ね。そして、新幹線で東京へ行って、芝居を見てきたわけですよ。あぁ、せっ
かく行くんだから、テレビとかで見られるようなミュージカル劇団とかじゃな
くて、もうちょっと違うのをってことで、ビルの地下で公演をしていた劇団の
芝居を見てきたらしいんですよ。そしたら、刺激が強くって、芝居にかぶれ
ちゃって…。
凪沙、海女たちに視線を移す。
波 無意味こそが美しい。
浜子 そう、その無意味な存在こそが、私が生きている証。
磯愛 私の血流はどくどくと流れている。
浪子 でも、生きてはいない。
波 息をしているだけで、ちっとも生きてはいないの。
海女たち 私たちは、ただ、息をしてるだけ。
凪沙、両手を広げて、肩をあげる。
凪沙 …このざまよ。私もね、2年ほど東京で暮らしてきたんだけど、こういうの
も、ありなわけですよ。賢い人たちは、分けがわからないものが面白いって思
うこともあるんですよ。私は、賢くないからさっぱりわかりませんけど…。
でもね、この面白さがちっともわからないくせに、カッコつけて面白ぶってい
る人も、中にはいるわけですよ。こんなわけがわからないものが面白いってい
うと、賢く見えそうだなって…。
磯愛、凪沙に視線を向ける。
凪沙、磯愛と目が合う。
磯愛 何よ。
凪沙 そう、無理しないで自然体で行こういよ。
波 …無意味こそが美しい。
凪沙 わかった、わかった、無香料こそが臭わない。
浜子 そうよね。あたりまえよね、だって無香料なんだかねぇ。あれっ。
凪沙 そうそう、無理しない方が良いわよ。
磯愛 無理はしていないわ。
浪子 そう、無理しないで。
凪沙 無理?
磯愛 そう、無理。
凪沙 無理は承知のうえよ。前回から、十代の子たちの中に混じって、『あれっ、
ちょっと間違ってるけど、なんか面白いぞ。』の線をねらうことにしてるんだ
から。
磯愛 それって、意味がある。
凪沙 意味は無いわよ。美しくないわよ。でも、これって面白いじゃないの。あれ?
波 逆。
凪沙 逆?
浜子 立場がさっきと逆。
凪沙 意味はあるけど、美しくないけど、面白い。あれっ…これなら納得ね。
波 意味はあるけど
浜子 美しくないけど
磯愛 面白ければ
浪子 何でも良いじゃん。
海女たち 面白ければ、何でもいいじゃん。
海女たち笑い転げる。
海女たち 面白ければ、何でもいいじゃん。
凪沙 壊れた…。
そこへ、オジョウコが現れる。
オジョウコ、桟橋から海へ飛び込む。
波 オジョウコは来たね。
浜子 来たね。
波 いや、来ないかも知れない。
浜子 来たよ。
凪沙 オジョウコは来ないよ。
浜子 だから来たって。
凪沙 だって、オジョウコは来ないんだもの。
浜子 オジョウコは来たんだ。
波 オジョウコは来たんだ。
凪沙 どうしてオジョウコは来たんだ。
波 だって、オジョウコは来てしまったんだ。
浪子 だからどうして。
波 どうしてって。
浜子 それは、どうしても
波 どうしても?
浜子 そう、どうしても。
浪子 どうして、オジョウコは来たんだ。
ザパァンと、オジョウコ海から上がる。腰の網には沢山の雲丹が入っている。
オジョウコ 雲丹を採りに来たんだよ。
オジョウコの立ち姿の後方から光がさし、シルエットとして海女たちの眼前に燦然と輝きを放つ。
波 本物の海女だ。
凪沙 海女の神様だ…。
浜子 海女照らす…。
磯愛 アマテラス…。
オジョウコは、海女たちにほほ笑みかけると、大声で話しかける。
オジョウコ 一緒に、雲丹、もっと採ろう。
オジョウコはそう言い残すと、雲丹を置いて、また海へと潜ってゆく。
その神々しさに一瞬我を忘れた海女たちだったが、ハッと気がつくと取り憑かれたように、次々に海へと飛び込んでゆく。
そして、浜には誰も居なくなった。