第 零 景 青碧の轟き
しかし、時を置かずして、遠雷が轟く。その光と大音響も消されるほどの波しぶきと雨、そして吠えるような風の音が吹き荒れる。
ドロップの海藻が立ち並んではいないので、海の底の風景ではない。しかし、普段は穏やかなはずの浜の風景だが、荒くれるその景色は、人間を抹殺しようという悪意さえ感じられる。
遠雷が響く中、荒れ狂う風雨が周囲を包み込む状況で、浜の男たちが一心に舟をつなぎとめようとしている。係留した船が吹き飛び岩にたたきつけられることを防ぐためだ。
漁 夫 もうダメだ。
洋太郎 あきらめたらダメだ。
漁 夫 あきらめるわけではない。やれるだけのことはした。あとは、引き揚げる。
洋太郎 だけど!
銛之助 俺たちが死んでしまっては、意味は無い。船はまた作れるが、死んだ人間が
蘇ったりはしねぇ。
礁三郎 その通りだ。早く戻りましょう。
洋太郎 俺の船が。
銛之助 まだわからねぇのか。…死ぬぞ。
洋太郎 俺にとって、船は命より大切なものだ。
礁三郎 そんな…。
漁 夫 だったら、船と一緒に流されて死ね!行くぞ。
漁夫、銛之助を促して、去る。
洋太郎 やっと、やっと手に入れた舟なんだ。やっと…。
洋太郎、煮え切らない思いで体が震え、どうして良いかわからない。
銛之助 生きてりゃ舟はもう一回つくれる。死んだら…。
礁三郎 死んだら。
銛之助 もう一回はねぇ!
洋太郎 ちきしょう!
洋太郎、意を決し泣きながら、その場を走り去る。
稲光があった後、大きな雷の音がまた一つ。
そこへ、フラフラと一人の女(オジョウコ)がずぶ濡れで現れる。今までの男たちには色は有ったが、この女には色が無い。ただ一色の濃紺に包まれたシルエットとしての存在である。
そこに地響きがするほどの音と同時に雷が光り、男を閃光が包み込む。
女は、一瞬天を仰ぐような仕草をしたが、それは立ったまま意識を失った瞬間である。女は芯材を抜き取られた人形のように、その場に崩れ落ちる。
小暗転
再び、雷鳴。一人の男(磯治)のシルエットが浮かび上がる。
ほのかに明るい舞台の中、男は倒れた女に駆け寄り、抱き抱える。
三度目の雷鳴。
再 暗 転