小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

コロナ騒ぎで頭の病が悪化したインテリ愚民(その2)

2020年05月13日 23時31分25秒 | 経済



少しタイミングのずれたお話になります。
しかしこの話は、じつは歴史的なタイムスパンを見込む話なのです。

前回は、いわゆる「学者」を相手にしました(まだ愚民学者は山ほどいて、とてもすべては扱いきれません)。
今回は少し方向を変えて、一律10万円給付の話があった時に、国会議員、地方議員、公務員は受け取るなと真っ先に言い放った橋下徹氏をまず問題にしましょう。

https://www.excite.co.jp/news/article/Real_Live_200019157/
《橋下氏は4月21日更新のツイッターで、「給料がびた一文減らない国会議員、地方議員、公務員は受け取り禁止!となぜルール化しないのか」と疑問を呈し、「それでも受け取ったら詐欺にあたる、懲戒処分になると宣言すればいいだけなのに」と罰則規定の制定にも言及した。》

橋下氏はそれだけでなく、自分は9人家族だから、90万円ももらってしまうので受け取れないとも表明しました(その後物議をかもして受け取ることにしたそうですが)。
安倍首相もこれに影響されたか、「私は受け取らない」と表明、この「自粛」ムードが次々に地方自治体にも波及しました。
たとえば山梨県の長崎幸太郎知事は給料を1円にすると言い、続いて愛媛県の中村時広知事が全額返上を表明したほか、北海道の鈴木直道知事、福岡県の小川洋知事らも減額の意向を示しました。
https://www.mag2.com/p/news/449885

また、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた国の10万円の一律給付に合わせ、石川県志賀町は、町民1人につき2万円を上乗せする独自の給付制度を設け、町職員の給与を減額するなどして財源とする方針を固めました。減額は6月から来年3月までの10カ月間で、小泉勝町長は毎月2割、一般職員約260人と副町長、教育長が毎月1割カットだそうです。
https://www.asahi.com/articles/ASN4S6GBHN4SPISC018.html?fbclid=IwAR09H03RU9MohT8pphJO2bXgkEcSCqcoDaEti3OtcBwmgkxSf3GHCJ_yIHo

最後の例は、苦しい町財政の限界内での苦肉の策として、一概に非難できない部分を含んでいますが、いずれにしても、以上挙げた主張や措置は、すべて根本的に誤っています
言うまでもなく、火付け役である橋下氏が最も罪が深い

橋下氏のこの提案の根底には、次の2つの思惑が横たわっています。

①国会議員半減、公務員減らしという、維新の会発足当時からの政策綱領の延長上にあり、いわゆる「身を切る改革」を国民に示すことによって、政治家の「良心」のありどころを見せつける。
②高給取りや安定した給与所得者、富裕層に対する一般国民のルサンチマンを利用して、心情的な共感を誘い、危機に乗じて自分の人気を高める。

これが全体主義者・橋下氏の常套手段であることは火を見るよりも明らかです。

それに橋下氏は、マクロ経済のイロハがまったく分かっていないのです。
国会議員だろうと公務員だろうと、給付されたお金は市場で有効に使われることによって、そのぶんだけ国民経済を潤します。
消費増税によるデフレの深刻化に、コロナ自粛要請による民間企業の倒産、廃業、失業者の大量発生の危機が重なって、経済恐慌のさなかにある今日、給付金や給料は誰がもらおうと、どんどん市場で消費されるべきなのです。
橋下氏などに脅迫されて、国会議員や首長たちがもらうことにそんなに良心が咎めるなら、困っている身近な人に差し出して、これで生活の足しにしてくれと言えばいい。
政治家は、高給をもらっていることに後ろめたさなど感じる必要はありません。
それは本末転倒で、「これだけの高給をもらっているのだから、それに値するだけの立派な仕事をしなくてはならない」と考えるべきなのです。
私たち国民も、ルサンチマンなど抱かず、その政治家が立派な仕事をしているかどうかを常に監視すればよい。

橋下氏がマクロ経済に無知なのは、4月11日に放映されたTBSのニュースキャスターでの発言を聞いてもわかります。
彼はそのとき、「こういう緊急事態なんだから政府もこの際覚悟を決めて、大いに支出したらいい」と発言したのです。
大規模な財政出動をすべきなのは、覚悟の問題ではありません。
国債発行によって財政出動する金額には、インフレ率以外に制約がありません
コロナ自粛による恐慌に突入している今こそ、この事実を活用すべきなのです。

この事実をわかっていないのは、何も橋下氏ばかりではありません。
上に挙げた自治体の知事もわかっていないことになります。
もちろん政治家のほとんども、国民の大多数も、多くの学者・エコノミストも、政府の拠出するお金の財源には限度があると、いまだに信じています。
財務省が長年にわたって振りまいてきた「国の借金による財政破綻」なるデマに騙され続けているのです。

ところで、昨年MMT(現代貨幣理論)の論客たちが来日して財出にはインフレ率以外制約がないという事実を広め、またそれ以前から、少数ではあれこの事実を説いてきた日本の論客たちがいたにもかかわらず、ほとんどの人たちがこの事実に対して聞く耳を持とうとしないのはなぜでしょうか。
筆者は、財務省の詐欺だけがその理由ではないと考えています。
「詐欺に遭うのは騙される方も悪い」とはよく言われる世間知の一つです。
この巨大な詐欺が長年にわたって一国の中で堂々と通用してきたのには、国民の中に、それを受け入れる集団心理的な下地があるからです。

その集団心理的な下地とは何でしょうか。
それは、江戸時代にまでさかのぼって形成された、「倹約はよいことだ」という道徳観念であり、「身を切る」(切腹!)という言葉に象徴されるような、潔癖と誠実の美学です。
この道徳観念と美学とは、何百年もかけて根付いてきた日本人の抜きがたい国民性となっています。

いまでは周知のことですが、江戸時代に断行された財政改革(正徳の治、享保の改革、寛政の改革、天保の改革)は、すべて国民に厳しい倹約を強いるものでしたが、結果はことごとく失敗しています。
マクロ経済のからくりがよくわかっていなかった江戸時代に倹約の奨励をするのは、まだ許せるところがあります。
しかし主流派経済学の誤りが明らかとなり、MMTに代表されるようなケインズ正統派(あえてこう言いましょう)の考えが見直されつつある今日でも、日本はいまだにこの道徳観念と美学とに精神を骨の髄までやられているのです。
国民の自殺行為と言う以外に形容のしようがありません。
ちなみに、このたびのコロナ禍による経済危機に直面した主要諸国は、どこでもこれまでの慎重路線からの大きな転換を図っています。
ユーロ加盟国に緊縮を強いてきたEU、ど緊縮国家ドイツ、そしてアフターコロナの失業問題を考慮して大胆な雇用計画を構想しているアメリカ……。
必然的に襲ってくる恐慌に備えるためには、これは国家として当たり前の措置です。
日本だけが倹約道徳と潔癖の美学に拘束されて、この転換を図れないでいるのです。

この国民性あるがゆえに、財務省の詐欺、財政破綻の危機煽動がまかり通っているのだということを、私たち国民がはっきり自覚しなくてはなりません。
この詐欺は、コロナが終息すれば、間違いなく復活します(今でも喧伝しているバカ学者がいるくらいですから)。
今でこそけち臭い給付金だの助成金だのと、政府はしぶしぶ財政出動に踏み切ろうとしていますが、それはコロナという未曽有の事態に、緊縮財政の限界内でただ場当たり的に対応しているだけです。
しかも、コロナで使った金をさらなる消費増税復興税(東日本大震災の時と全く同じ!)などによって取り戻そうという考えが、確実に浮上しているのです。
バカマスコミも、この動きにすぐにでも同調するでしょう。
あたかも20年以上続いたデフレと、それに追い打ちをかけた昨年10月の増税によって、GDPが▲7.1%という恐るべき落ち込みを見せたことなど、知らぬが仏のごとくです。
政府のこの無知そのもののポスト・コロナ戦略にハマってはなりません。

三橋貴明氏が常々指摘しているように、作られた「財政破綻の危機」説は、40年前の大平内閣の時から始まっています。
そこには国民を苦しめてやろうという悪意がはたらいてきたのではありません。
ただ、愚鈍な官僚とそれを信じる政治家やマスコミが、江戸時代以来の「財政危機克服の手段」として正しいと信じてきただけなのです。
それを真に受けながら、多くの国民が自民党政権を支持してきました。
こうした愚かな政府とそれを押し頂く愚かな国民の善意の積み重なりが、今日及びこれからの日本の悲運を準備してきたわけです。
やる気もなくなった政府と、貧困や倒産や廃業や失業で疲弊しつくした日本国民。
上級公務員への嫉妬とルサンチマンがうっ積した膨大な日本国民。
ナショナリズムの崩壊による民主主義政体の解体。
その先に何があるでしょうか。
橋下氏的な全体主義の跋扈(ばっこ)と、隣国のじわじわと迫る帝国主義的な侵略と、グローバル投資家の金融支配。
すべてが同時に襲ってくる局面を私たちは前にしているのです。
「地獄への道は善意で敷き詰められている」


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