小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

経済音痴が日本を滅ぼす

2017年05月24日 12時21分05秒 | 政治
        



以下は、5月13日付「日刊スパ!」デジタル版に掲載された、「自衛隊を守る会」顧問・梨恵華氏の記事の一部です。
https://nikkan-spa.jp/1329422
《ここでさらに防衛大綱で潜水艦の新造艦や延命措置によって大幅に増やされることとなり、人員を増やす計画がなされないまま潜水艦だけが増やされた形となっています。
 財務省としては、防衛予算を毎年、少しでも削減することが目標ですから、潜水艦が増えた分のコスト削減目標があります。何かを増やせば何かを削減しろというのが財務省です。潜水艦が増えたら、潜水艦に必要な乗組員を大幅に増やす予算を確保しなければならないはずなのに真逆の目標があるのです。
 毎年防衛省から発行される「防衛省の我が国の防衛と予算」には「自衛隊定数等の変更」という報告があり、必ずどれくらい定数を減らしたのかという削減マークが付けられています。モノが増え、船が増え、装備が大型化しても、予算削減のためにその運用するための人員は減らすといういびつな予算が潜水艦の過酷な労働を生む大きな原因です。潜水艦を増やすが人は増やさないとなると、方法は一つです。休みなしに長時間労働で補うしかないのです。また従順な潜水艦乗組員は不満を表にあらわさずちょうどいいのでしょう。》

 自衛隊員は、有事平時に限らず、労働基準法適用外です。人員が十分確保できないため、有給休暇などとることができず、長時間苛酷な任務に耐えなくてはなりません。
 特に潜水艦乘りは秘密厳守が必要なので、おいそれと停泊できず、狭く暗い環境の中で、休日、睡眠なしの長期勤務を強いられるのが常識となっています。これは容易に想像できることですね。
 おまけに医者を乗船させるだけの予算もなく、病気になっても十分な投薬もされないとのこと、そのためここ1、2年間で自殺や事故が多発しているそうですが、これも表ざたになっていません。

 梨恵華氏は、「これを改善する道はただ一つ、人員を大量に募集して二交代制にすることだ」と書いていますが、上記の引用でわかるように、財務省の予算削減の方針がこれを頑固に阻んでいます。
 当たり前のことが当たり前に行われていない。これで日本の安全保障が守られるはずがありません

 この記事に触れたすぐ後、今度は次のような記事に触れました。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS16H5U_W7A510C1PP8000/
《自民党税制調査会の野田毅最高顧問ら有志議員が16日、財政再建に向けた勉強会を発足させた。勉強会を通じて安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」に警鐘を鳴らすのが目的。野田氏が代表発起人を務め、中谷元・前防衛相や野田聖子元総務会長が呼びかけ人となった。野田毅氏は「財政破綻の足音が聞こえてきており、このまま放置するわけにはいかない。財源の裏付けがないまま、惰性に流されるのはあまりにも無責任だ」と語った。

 臍が茶を沸かすとはこのことです。ようよう、おバカ政治家・両野田氏、財務省にペーパーなど出してもらって何をお勉強するの。
 「国の借金1000兆円」「PB黒字化目標」「積極財政は国債の暴落(金利の暴騰)を招く」「財政再建待ったなし」――耳にタコができるほど聞かされたこれらの嘘八百を真実と勘違いして、進んで再確認しようというのですから、話になりません。一体どこから財政破綻の足音が聞こえてくるのか。

 この記事についてはすでに三橋貴明氏がご自身のブログで、「野田毅氏の幻聴」といううまい表現を使ってすでに触れていましたが、「財源の裏付け」なんて、財務省教祖様の「緊縮真理教」をいち早く棄教して、財政出動に打って出るだけでいくらでも確保できるではありませんか。
 政権与党である自民党の重鎮が、このようにマクロ経済のイロハも理解していないために、財務省お墨付きの「勉強会」とやらをやってますます騙されていくという構図です。
 これが日本の政治です。情けないとしか言いようがありません。
 笑って済ませられないのは、この中に防衛問題に強いはずの中谷元氏が含まれていることです。
 中谷氏は、いったい自衛隊のボロボロの現状をどれだけ知っているのか。前防衛大臣として自衛隊が可愛くはないのか。
 さらに笑って済ませられないのは(こちらの方が重要ですが)この勉強会なるもの、明確な政治的意図のもとに組織されているという事実です。
 言うまでもなく、ここには、今のうちに、2019年に予定されている消費増税への足固めをしておこうという魂胆がありありと見え透いています。
 ふつふつと怒りが沸き起こってくるのを抑えることができません。

 安倍政権は、2020年までのPB黒字化目標という方針を見直して、政府債務の対GDP比率を重視するという方針に転換しようとしています(これにはおそらく、内閣官房参与の藤井聡氏の懸命な努力が功を奏しているのでしょう)。野田氏らの「勉強会」なるものは、これに対する露骨な対抗措置と言えます。
 ここからは想像になりますが、その底にあるのは、党内の反安倍勢力による安倍降ろしという、ただのくだらない権力争いです。
 たぶんポスト安倍と目されている石破茂氏を担ぎ出そうとでもいうのでしょう。筆者は自民党内の派閥勢力図などよく知りませんが、石破氏もまた恐るべき経済音痴であることだけは知っております。
 筆者はまた、けっして安倍首相を支持しているわけではありませんし、彼がマクロ経済をよく理解しているとも思いません。しかし、せっかく彼がデフレ脱却に結びつく少しはマシな政策を取ろうとしている時に、無知な政治家たちが財務省のデマを政争の道具に利用して足を引っ張ろうとするのを許すわけにはいかないのです。
 まことに無知ほど恐ろしいものはありません。

 まだあります。
 これも三橋氏や藤井氏がすでに触れていますが、1~3月期のGDP実質成長率が年率換算でプラス2.2%と5四半期連続で伸びているという内閣府発表にもとづく最近のニュースです。
 いかにも景気が回復しているように見えます。
 じっさい少し前に、筆者は「景気が回復したので」といった経済記事の記述を見てびっくりしたおぼえがあります。
 しかしこれもペテンに引っかかっているのです。
 実質成長率は、それ自体は計算できず、「名目成長率-物価上昇率」という式で表されます。ですから、たとえ名目成長率がマイナスでも(実際そうなのですが)、物価上昇率がそれを上回ってマイナスなら(これも実際そうなのですが)、実質成長率はプラスとして表されることになります。
 名目成長率がマイナスで、物価上昇率が大きくマイナスに落ち込んでいるということは、言うまでもなく、日本が再デフレ化に突入しつつあることを意味します。名目成長率も物価上昇率もともにプラスになるのでなければ、景気が回復したとは言えません。
 にもかかわらず政府およびマスコミは、名目成長率にも物価上昇率にも触れず、実質成長率のプラス化だけを発表・報道し、あたかもデフレから脱却しつつあるかのような悪質な印象操作を行っているわけです。
 政府はこの四年間何ら有効な財政政策を打たなかったのに、数字をごまかすことによって国民を騙し、来たるべき消費増税を正当化しようとしているのです。私たちは、このウソを見破って、断固として国民窮乏化をもたらす動きに抵抗しなくてはなりません。
 冒頭に例示した自衛隊のような悲惨なありさまは、他の社会領域でもあちこちで起きています。大げさでなく、亡国への歩みは確実に進んでいるのです。