道徳論議にだまされるな(SSKシリーズその8)
埼玉県私塾協同組合というところが出している「SSKレポート」という広報誌があります。私はあるご縁から、この雑誌に十年以上にわたって短いエッセイを寄稿してきました。このうち、2009年8月以前のものは、『子供問題』『大人問題』という二冊の本(いずれもポット出版)にだいたい収められています。それ以降のものは単行本未収録で、あまり人目に触れる機会もありませんので、折に触れてこのブログに転載することにしました。発表時期に関係なく、ランダムに載せていきます。
【2012年9月発表】
もう旧聞に属するが、漫才コンビ次長課長の一人が高額所得者にもかかわらず母親の生活保護給付をそのまま受給していて、国会で問題にされたことがあった。生活保護世帯の収入のほうが低賃金で一生懸命働いている人の収入を上回っている現状があるというのである。
この事実に対する世間の大方の反応は、バラマキ政策に慣れて恥を忘れた日本人の現状を憂えるというものであった。たしかにこういう現状が存在する事実は、不公正であり困ったことである。しかし私は、その事実を上のような精神論的な非難で済ませることは、かえってその背景にあるもっと重要な事実を見えなくさせると思った。問題は、なぜこうした所得の逆転現象が起きるのかである。
それは、打ち続くデフレ不況のために雇用が不安定となり、低賃金できつい労働に甘んじる人々が増えてしまったからである。だからこの問題を解決するには、政府がデフレ不況を克服する有効な金融政策や財政政策を打つことがぜひとも必要である。議論の焦点をそこに集中させなくてはならないのだ。
自分の生活にとって有利な制度があれば、誰でもそれを最大限利用しようとする。私も税申告の時に必要経費として落とせると考えられるものはできるだけ算入する。生活保護を受けていたことが非合法でない限り、それを非難する資格は誰にもないと思う。
こういう物の見方は大切で、たとえば先に消費税増税案が国会を通過したが、それに並行して、しきりに国会議員の定数削減とか、政党助成金の削減とか、国家公務員の強固な身分保障をなくせなどと叫ばれている。財政危機を克服するために国民に痛みを分け持ってもらう以上、為政者である自分たちがまず襟を正すべきだというわけである。
一見筋が通っていて誰も反対する理由はないように見える。ところがここには巧妙な国民だましのトリックがはたらいている。
まず、こうした一連の行財政改革で節約できる金額など、国家予算の規模に比べれば微々たるもので、財政危機を救う効果などほとんどないのである。
次に、この政策は、高給取りの官僚や天下り官僚に対する国民の日ごろのルサンチマンのガス抜き効果を狙ったもので、自分たちと同じレベルに引きずりおろせばとりあえず増税に納得するという心理を利用している。
だが議員の数が減り、政治活動のための潤沢な資金が与えられず、公務員の給料が落ちれば、当然、重責を担う人々の士気と使命感は衰え、行政サービスは行き届かず、結果的に国民の意志は政治に反映されなくなる。いまでも日本の国会議員数や公務員の数は、人口比で見れば先進国の中で図抜けて少ないのである。
さらに言えば、そもそも日本の国家財政はマスコミが騒いでいるほど危機的状況などにはなく、またデフレ不況時に増税などしても税収増は全然期待できない。私たちはいま一番大事な問題から目をそらさせられているのである。
一番大事な問題とは何か。政治家や官僚を多少優遇してもよいから、彼らに重責を自覚してもらって有効な景気対策を実行させることである。そのために責任を果たしていない無能な政治家や官僚の動向のチェックを怠らないことこそ国民のつとめである。
埼玉県私塾協同組合というところが出している「SSKレポート」という広報誌があります。私はあるご縁から、この雑誌に十年以上にわたって短いエッセイを寄稿してきました。このうち、2009年8月以前のものは、『子供問題』『大人問題』という二冊の本(いずれもポット出版)にだいたい収められています。それ以降のものは単行本未収録で、あまり人目に触れる機会もありませんので、折に触れてこのブログに転載することにしました。発表時期に関係なく、ランダムに載せていきます。
【2012年9月発表】
もう旧聞に属するが、漫才コンビ次長課長の一人が高額所得者にもかかわらず母親の生活保護給付をそのまま受給していて、国会で問題にされたことがあった。生活保護世帯の収入のほうが低賃金で一生懸命働いている人の収入を上回っている現状があるというのである。
この事実に対する世間の大方の反応は、バラマキ政策に慣れて恥を忘れた日本人の現状を憂えるというものであった。たしかにこういう現状が存在する事実は、不公正であり困ったことである。しかし私は、その事実を上のような精神論的な非難で済ませることは、かえってその背景にあるもっと重要な事実を見えなくさせると思った。問題は、なぜこうした所得の逆転現象が起きるのかである。
それは、打ち続くデフレ不況のために雇用が不安定となり、低賃金できつい労働に甘んじる人々が増えてしまったからである。だからこの問題を解決するには、政府がデフレ不況を克服する有効な金融政策や財政政策を打つことがぜひとも必要である。議論の焦点をそこに集中させなくてはならないのだ。
自分の生活にとって有利な制度があれば、誰でもそれを最大限利用しようとする。私も税申告の時に必要経費として落とせると考えられるものはできるだけ算入する。生活保護を受けていたことが非合法でない限り、それを非難する資格は誰にもないと思う。
こういう物の見方は大切で、たとえば先に消費税増税案が国会を通過したが、それに並行して、しきりに国会議員の定数削減とか、政党助成金の削減とか、国家公務員の強固な身分保障をなくせなどと叫ばれている。財政危機を克服するために国民に痛みを分け持ってもらう以上、為政者である自分たちがまず襟を正すべきだというわけである。
一見筋が通っていて誰も反対する理由はないように見える。ところがここには巧妙な国民だましのトリックがはたらいている。
まず、こうした一連の行財政改革で節約できる金額など、国家予算の規模に比べれば微々たるもので、財政危機を救う効果などほとんどないのである。
次に、この政策は、高給取りの官僚や天下り官僚に対する国民の日ごろのルサンチマンのガス抜き効果を狙ったもので、自分たちと同じレベルに引きずりおろせばとりあえず増税に納得するという心理を利用している。
だが議員の数が減り、政治活動のための潤沢な資金が与えられず、公務員の給料が落ちれば、当然、重責を担う人々の士気と使命感は衰え、行政サービスは行き届かず、結果的に国民の意志は政治に反映されなくなる。いまでも日本の国会議員数や公務員の数は、人口比で見れば先進国の中で図抜けて少ないのである。
さらに言えば、そもそも日本の国家財政はマスコミが騒いでいるほど危機的状況などにはなく、またデフレ不況時に増税などしても税収増は全然期待できない。私たちはいま一番大事な問題から目をそらさせられているのである。
一番大事な問題とは何か。政治家や官僚を多少優遇してもよいから、彼らに重責を自覚してもらって有効な景気対策を実行させることである。そのために責任を果たしていない無能な政治家や官僚の動向のチェックを怠らないことこそ国民のつとめである。