内的自己対話-川の畔のささめごと

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『文化を交叉させる』

2015-01-27 08:54:45 | 読游摘録

 『文化を交叉させる』は、青土社から二〇一〇年五月に刊行されているが、その「あとがき」を読むと、同書の特異な出版までの経緯がわかる。
 この本に収められた論考は、当初フランスで刊行されるはずであった。あるフランスの出版社が、K先生がフランス語で書いた文章を読んで、フランス語での一論集の刊行を申し出てくれた。しかし、その後、その出版社が経営不振に陥り、その論集の出版は取りやめになってしまった。
 その幻のフランス語版のために、K先生の長年の師であり、最も親しい友人の一人でもあるレヴィ・ストロースが序文を書くことを引き受け、その序文は、二〇〇七年九月二十五日付で、出版社とK先生宛に発送された。公刊を前提とした文章としては、この序文がレヴィ・ストロースの絶筆となった。同書の巻頭には、その序文のK先生自身による邦訳が掲げられている。
 収録されている五つの論考は、いずれも既発表の論文を大幅に加筆修正したもので、それらを貫く基本的主張は、すでに他の多数の単著あるいは共著・編著の中で縦横に展開されており、その意味では、新しい論点が本書のそれらの論考の中に見いだされるわけではない。
 それにもかかわらず、本書をとても貴重な一冊にしているのは、何よりもその「あとがき」である。九頁に渡るその文章には、最初の段落で出版の事情に簡単に触れた後は、主に最晩年のレヴィ・ストロースとの想い出と夫人が話してくれたという亡くなる前後のことが、抑制された筆致でありながら、いやむしろそうであるからこそ、感動的に綴られている。一つ一つの出来事が、その正確な日時と場所とともに簡潔に記述されている。その「あとがき」の最後からニ番目の段落の一部を引用する。

 本書の軸をなしている「文化の三角測量」の考え方は、レヴィ・ストロース先生から受けた大きな風、先生からの知的養分の吸収の中で育ってきた。[中略]文化の三角測量は、対象から引き離された視点を二つ取り、対象と計測点の三点を相互に変換することで、文化の理解における主観を相対化しようとする目論見だ。[中略]「ブンカノサンカクソクリョウ」と日本語で呼んで、辛抱強く議論の相手をして下さった先生も、いまは亡い。












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