内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「生も昏し、死も暗く」― フランクルの世界観の深い底にある哀しさ

2024-05-03 23:59:59 | 読游摘録

 ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』新旧両訳(1956年の霜山徳爾訳と2002年の池田香代子訳、みすず書房)をふと思い立って読み直している。
 新版に寄せた「旧訳者のことば」が「訳者あとがき」の直前に置かれている。そのなかで霜山はウイーンに著者フランクルを日本語訳の許諾を求めるために訪問したときの想い出を語っている。ウィーン郊外の有名な旗亭アントン・カラスでの会食後、帰途、音楽の話題になる。フランクルは自分の好きな音楽の一つとして、グスタフ・マーラーの「大地の歌」(Das Lied von der Erde)を挙げる。それは霜山もきわめて好んでいる曲だった。偶然の一致を喜んだ二人は、暗い夜道で、「大地の哀愁にそそぐ酒の歌」(Das Trinklied vom Jammer der Erde)を一緒に歌う。この歌の歌詞は詩人ハンス・ベートゲ(Hans Bethge、1876-1946)が中国古典詩をその独訳・仏訳を通じて翻案した訳詩集『中国の笛』による。「大地の歌」ではこの詩の各節のリフレイン « Dunkel ist das Leben, ist der Tod »(「生も昏し、死も暗く」)が哀しくも美しい旋律で歌われる。それを二人で歌いながら帰ってきたという。霜山はこの回想の一節をこう結んでいる。
 「明るく強い彼の言葉に陰翳のようにあるもの、彼の世界観の深い底にある哀しさ、を示しているかのようであった。」