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朝寝-昼酒-夜遊

日々感じたことを思いのままに書き散らすのみ。
※毎週土曜更新を目標にしています。

執行部総辞職が民主党のため

2006年02月26日 14時33分22秒 | 政治
振込指示のメールが「ガセネタ」の可能性が高くなった。
永田は議員を辞職しようとしているようだが、
民主党の執行部がそれをさせまいと「休養」させている。

休養中も税金から歳費は払われているのか、は置いておくが、
辞職を認めた方が、民主党のマイナスは小さいのではないか。

今回の永田の質問、それを認めた前原・野田の判断は誤りだった。
そして、裏づけがとれなさそうなときに「国政調査権発動」を言い出して
裏づけが薄いことを露呈した戦術もまずかった。
これらにより、民主党には、政党としての力が不足していることが
バレてしまったと思う。
共産党や、おそらく社民党も、こういう失敗はしないからなあ。

このまま執行部がとどまっていると、
「こんな失敗した連中が何の咎めも受けずにやっていけるのか」とか、
「民主党には人材が不足しているんだなあ」とかいったことを
国民の意識・無意識にすり込んでしまう。
自民党も、今の執行部の体制が残る方が
自分たちにとって有利だと考えるからこそ
強く代表の辞任を求めていないのだと思う。
かえって小沢や菅直人が表に出てくる方が厄介だと考えているんだろう。

逆に言えば、民主党の戦略としては
今回の対応・戦術の拙さを少しでもカバーするために、
執行部の総入れ替え、永田の議員辞職をするべきだ。
党内は混乱するかも知れないが、
一番厳しい対応をとることで、
自民党に対しても強く(小泉の退陣とか)迫れるのではないか。

自党にやましいところがあると矛先も鈍るだろう。
情けなくても野党第一党である。
国民の反小泉感情を一番数の力で強く代弁してくれるのは
(残念だが)民主党だろう。
それがこの体たらくでは困る。
速やかに自らを清めて、
小泉・武部らの無責任で空虚な政治を攻めて欲しい。
それができないのならば、民主党も、国会も要らない。

神戸に空港を作るバカ

2006年02月18日 19時12分18秒 | 社会
神戸空港が開港したらしい。
バカとしか思えん。

神戸空港は震災の前後など、田中康夫が反対運動に関係していたこともあって、
そこそこホットな話題だった。
いつの間にか工事をして、いつの間にか開港している。
第1便には神戸に縁のある乗務員が乗るとか、そんなことはどうでもいい。
震災から復興している、と言っているが、そんなことはない。
長田はやはり昔の通りにはなっていないし、むろん、死んだ人は戻ってこない。

根本的な疑問。
首都圏には「羽田」と「成田」の2つ。
それより人口の少ない関西には「大阪」「関空」と「神戸」の3つ。
(但馬にもあったっけ)
それだけ多くて、経営がやっていけるのか?

結局、「計画したから着工しないと」「着工したから完成させないと」とかいう
メンツや近視眼的な「もったいない」意識で作られているだけではないのか。
まして神戸は風向きの影響などで、着陸できない場合もそこそこある、と聞く。
次は「せっかく作ったんだから滑走路を増やそう」「延長しよう」とか、
「風が吹いていても着陸できる方角に滑走路を作ろう」とか、
そんな話がでてくるに決まっている。
目の前の「景気」(それとて享受する人間は限られている)に惹かれて
借金を後世に残すだけではないのか。
神戸株式会社が倒産して、困るのはその時の住民だろう。

「せっかく作った」という目の前のムダやその背景にある保守的、現状追認的な考えや、
「やめたら非難される」といったメンツを捨てて、
「作ったけど無駄だったからやめる」ように運動しなければ、
傷口からいつまでも出血し続けることになるぞ。

プロに自由はない

2006年02月17日 22時12分58秒 | 政治
メールマガジンか何かで読んだんだが、
小泉が何かの答弁で靖国参拝について「私にも信仰の自由がある」みたいな
発言をしたらしい。

信仰は良いが、それを国家の代表者として表現するのは間違っている。
信仰の自由と表現の自由は違うだろう。
言論の自由だって、相手を傷つけるものは許されない。

だいたい、思ったこと、考えたことをそのまま言ったり行動したりすることは、
勤め人とて許されはしない。
それは、自分が給料を会社からもらっている以上、
(少なくとも仕事中は)自分の言動は会社の言動とみなされるのだから、
制約は甘受するものだろう。

小泉は日本国首相として日本国民から給料を受け取っている。
私的に参拝する分にはかまわないが、
公務である記者会見で挑発したり、
「理由がわからない」などと自分の頭の悪さを露呈し、
税金を払っている国民の利益を害するのはおかしい。税金泥棒。

そして、普通に勤めている人間よりも高い給料をもらっているんだろうが。
「高い地位に(本人が求めたかどうかは知らんが)ある人間の責任」という
感覚はないんだろうか。
(それがないから拝金主義の流行を生んでいるのか)

まあ、彼の「私には他にやりたいことがある」と言って
総裁任期延長を拒否したりする感覚には、
「首相として国家のために(これを押し付けられるのはしんどいが)責任を果たす」
プロの感覚が欠如しているのではないか。偉大なるアマチュアリズム。但し大迷惑。
金をもらえるのは凄いことだが、逆にその責任も重いんだ、ということを
体得していないように見える。(政治屋はみなそうなのか?)

こんな人間を首相に担がざるを得ないのも、しんどい話だなあ。
まあ、しょせんは二級国民の代表であり、政治家は国民のレベルを超えないのだから、
日本人もこの程度なんだ、という象徴として、ちょうどいいのかも知れない。

東横インをたたく偽善

2006年02月13日 22時07分19秒 | 社会
東横インが、全国のホテルで身障者向けの部屋を、設計後通常の部屋に変えたりしていたことが分かって指弾されている。まあ、東横インの安さなどを考えると、それくらいはあっても不思議ではないか。
しかし、身障者団体の動きは何かおかしい。「泊まりもしないくせに」とまでは言わないにしても、何となく、「障害者差別だ」というと何でも済むような、あるいは反論不可能な錦の御旗を掲げているように聞こえる。より大きな、法律の改悪などに比べて、分かりやすいからかも知れないが、力を入れているように見える。

駅のトイレなどで、車椅子専用のトイレを使ってもいいのかどうか迷うことがある。普通の男性用トイレがいっぱいで並んでいるのに、車椅子専用トイレが空いている状態は変だろう。車椅子の人は並ばなくてもいい、ということになれば逆差別としか思えない。

今回の議論には、何か「言うと反論されるから黙っておいて、ほとぼりが冷めるのを待とう」という感じがする。とりあえず無難に「空いている可能性大」の部屋を作っておけ。そうなれば、障害者団体は自分の功績として誇り、票や金に結びつける。そういった利権屋の面持ちを見てしまう。

それは、東横インをたたいているマスコミ連中も同じ。本当にその規制が正しいのか。意味があるのか。それをせずに「くさいものにふた」をする姿勢はないか。今はその相手が障害者団体であるが、次にはそれが政府などでない、という保証はない。「とりあえず黙っていよう」は危険。まず声を上げなければ。

「小判一両」を見て

2006年02月10日 11時18分15秒 | 歌舞伎・文楽
ようやく一段落したんで、今週は定時帰りベース。
今日は振休。(一般的には「代休」と呼ぶのかな)
寄席は明日まとめて行くことになるんだろう。

火曜は仕事後に「小判一両」を見に行った。
円生のテープを持っていたかどうか。
宇野信夫作の芝居。

場面は3場で、分かりやすくできていると思う。
まあ、場面転換の暗転を見ると、落語の強みを感じる。
どうしても流れが途切れる感じがする。

全体的には、吉右衛門も田之助も好き(菊五郎も嫌いではない)であるし、
役柄としてもまっすぐな、時代味は弱いが楽しめる内容だった。

少し、最後の場面の笊売りの転換がわざとらしく感じるところがある。
やっぱり、商人に武士の価値観、感覚は根本的には分からないのではないか。
いいこと(と笊売りが考えること)をすれば良いというものではない、
というのはけっこう理不尽に感じるところでもあるが、現実はそうだろう。
短いのは短いが、いい内容の芝居だと思う。

今さら吉朝「たちきり」を聞いた

2006年02月05日 14時58分13秒 | 落語・講談・お笑い
金曜は仕事が一段落したこともあって、少し飲みに行って、挙句帰り損ねてマンガ喫茶に泊まってしまった。

土曜朝、帰りがけに山野楽器でCD4枚(組)。
クラシック3組は当たり(メンゲルベルクのチャイコフスキー後期交響曲)と外れ(ファリャ。トスカニーニのローマ三部作は微妙)が混ざった感じ。
吉朝の文楽劇場の音はまだ出ていないようだったが、考えてみるとテープを持っていなかったので、代わりに「たちきり/つる」のCDを買ってきた。

上方人の私としては「立ち切れ」と言ってしまうところ。タイトルが下げをモロに割るネタ(「百年目」もそう)だが、そもそも「立ち切れる」状態がどんな状態か、けっこう議論した覚えがある。
私には、小糸の生涯に掛けて、線香が(燃え尽きずに)途中で消えてしまった、という感覚があるのだが、吉朝のには(おそらく米朝も?)普通に燃え尽きた感じがする。そこまで盛り込むのはやり過ぎなのかも知れない。

私は基本的に「番頭」を軸としてこのネタを見るんだが、よく分からないところがある。どこまで人の心が分かっているのか、手紙を読んだ若旦那が行くことは承知しているのだが(少なくとも吉朝はそうしている)、それで「酸いも甘いも噛み分ける」番頭か、というとそうではなくて、小糸の真心までは見ることはできていない。単純に「分かっている/分かっていない」の二分法では駄目なんだろう。

いろんな人が若旦那が仏壇の前で言う「もう女と名の付くものは雌猫1匹傍におけへん」といった台詞をわざとらしくて嫌がるんだが、私は醒めた眼でこの台詞を見ている。商家の若旦那がそんなことはできるわけがないし、実は小糸の母親であるおかみも「実際にはそんなことはできないが、そう言ってくれる気持ちが嬉しい」という位に思っているのではないか。そう考えれば、別に違和感なく捉えられると思う。

吉朝のは上手いんだが、少し台詞が多い感じがする。個人的には文枝の(ちと若旦那の作り方がツッコロバシ風でクサいんだが)くらいがバランスとしてちょうどいいと感じた。

社共共闘への期待

2006年02月04日 09時36分15秒 | 政治
社民党と共産党が、護憲の動きで共闘するらしい。
この動きを、しょうもない見栄やしがらみでつぶして欲しくない。

民主党が改憲の方向へ舵を切っている今、
誰が護憲を叫べるのか。
マスコミも(これだけ与党が滅茶苦茶でも)9.11以後、
閣僚に辞職を求める声を上げていないし、
骨抜きにされているように見える。

まずは護憲の動き、さらには小選挙区での選挙協力などを進めていくことで、
バカでない無党派層や、自民党の主張に心からは同意していない
創価学会員を吸収できる受け皿になって欲しいなあ。